私はウイルス
シジョウケイ
私はウイルス
私は特定危険生物として周りから隔離される存在だ。
私の身体から常時発せられるウイルスは毒性を持ち、感染した人間を体調不良にさせてしまうらしい。また厄介なことに感染した人間も私と同様に周囲にウイルスを撒き散らしてしまうのだとか。
先日、私から発せられるウイルスに感染した女性が死亡した。食欲不振、不眠、嘔吐といった症状が見られ、神経にまで影響を及ぼしたのか、朦朧とした意識の中、高層マンションのベランダから飛び降りたと。
悪意がないとはいえ、事実、人を殺めてしまった私のウイルス。隔離した方が賢明だろう。ゆえに今こうして狭い部屋の中で一人うずくまっている。
私も皆と仲良く遊びたかった。気兼ねなくふれあい、からかい合い、笑い合える関係を築きたかった。しかし、このウイルスを撒き散らす体質がそれを叶えなかった。親を恨んだこともあった。だがすぐにそれは不毛なことだと悟った。もう泣き飽きた。
私は立ち上がり、部屋の隅に置かれている姿鏡を見る。
体型は普通、だと思う。大きすぎず小さ過ぎず。顔は可愛くない。腫れぼったい目は常に不機嫌な印象を与える。歯並びが悪くすきっ歯で色は黄ばんでいる。下の中といったところか。
私は拳を握る。
顔が格段に良ければ、ここまで大胆な隔離を迫られなかったことは確信できた。
私のウイルスに科学的名称はない。ただクラスの皆は「田中菌」と呼び、私をけなした。私が触れた机を避け、私が座っていた椅子にはジャージの上着を敷いて座る。男子は友人の背中に菌をなすりつけるために追いかけ回し、女子は裏で必死に手を洗っていた。
いつから私がウイルスを発し始めたのかは覚えていない。ただ奥手で友人を作ることができず、クラスで孤立し始めた頃、一人の人気者な男子が私に菌を与えた。
学校という小さな社会において、一部の有力者が流す噂は真実を作り出し、通念として浸透する。誰がなんと言おうと、3年1組の中で私は「田中菌」を撒き散らす危険人物であり、皆が自分の身を守るために私を迫害する。
そんな私を憂い、近づいてきた花澤優子は、田中菌の感染者と見なされ、私と同じような迫害を受けた挙句、先日自ら命を絶った。
私は一つ大きな息を吐く。両手で握った銀色のナイフを首元に当てた。
これは皆のためなんだ。私のこのウイルスは周りを不幸にする。私が命を絶てば、世界には平和が訪れるだろう。私は良いことをして死ねるのだ。
自然と口角が上がる。
「笑顔で最期を迎える」という誰しも一度は望む人生を歩めたことに感謝と怨みを表し、私は腕を振り下ろした。
私はウイルス シジョウケイ @bug-u
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