第41話 LIGHT LEAD RIGHT ROAD
深い暗闇、分厚くあってかつ薄くもあって先を見通すことなどまず不可能。一糸先も見えないそこで一矢の視線を向けては無駄な結果に終わってため息をつくだけ。
これまで勇人は鈴香を魔法のセカイに近付けないために戦ってきたはずだったものの、今や何も見えないところにまで来てしまっていた。このままでは鈴香と触れ合うことも出来ない、このままでは鈴香のために動くことさえ出来ない。
「俺のやってきたこと、ムダだったのかな」
言葉は闇に響くようでもあり闇に吸い込まれるようでもあり、辺りに伝わっているのかいないのか、それさえ分からない。
歩き続ける、ただ歩き続ける。進んでいるのか止まっているのか、感覚は全くなくて何も教えてはくれない。手を伸ばしてみたものの、そこに何があるのか分からない、何もないのだろうか、それすら分からない。失われた感覚が今更のように恨みを訴えて来る。彼らは必要なものだった、無くなってしまうことが如何に恐ろしいことなのか今ここで理解させにかかっていた。
止まって考える。ここに果てなどないのだろうか。果てにたどり着いても気が付いていないだけなのだろうか。何も分からない何も理解することが出来ない、それがここまで恐ろしいことなのだと今更のように理解した。ここに仲間はいるのだろうか。
「怜、黙ってないで早く言ってくれよ、この闇サイコーにダークでクールだな、なんてさ」
その声は闇しか聞いていないのだろうか、返事がなくてそこにいるのかどうか、それすら分からない。
「洋子、またデート行こうよ、今度こそふたりきりで」
デートの相手など暗闇そのものしかいないのだろうか、やはり何も返っては来ない。
「鈴香、無事かな、あの子は傍にいなかったしな」
当然のように声は本人には届いていないようだった。
全ての回答が沈黙という結末に心は欠けたような寂しさを覚える。そうした心苦しい感情を抱きながらその場にしゃがみ込み、ようやく気が付いた。そこは果てではなかったのだということ、ここは何処なのだろうか。
孤独は寂しくて苦しくて、暖かさも冷たさも、何ひとつ感じ取れない身に孤独はあまりにも苦しすぎた。
闇の中に人々の姿を描く、暗黒に吸い込まれて根付くこともない色を必死に塗って、思い出していた。そんな記憶も端の方からボロボロに砕けて行ってもはや彼らとの楽しい思い出も薄れていて思い出せなくなりつつあった。
失われるものは身体の感覚だけでなかったようだった。好きだったはずの食べ物の味、草木の生きた香り、服が肌に触れる時の軽くくすぐったくも気持ちのいい感触、人と触れ合った時に得られる温もり。元々あった感覚を失うということが、この世界との繋がる為の手段を自ら絶つということが、いかに愚かなことか、今になって思い知らされていた。
鈴香を魔法の界隈に近付けないように必死になっている時、同時に自身を世界という大きな界隈に近付けないように、遠ざけるように必死になっているも同然だったということに今更になって気が付かされた。
「寂しいよ、誰か……誰でも良いんだ。こっちに来て」
嘘を付いた。勇人は人に向けて誰でもいいなどと言えるほど粗末な想いなど持っていなかった。
仲間が大切、また会うならば仲間と共に話して笑い合い、交わり明るい時を共に過ごしたい、それが本音だった。
ここがどのような世界なのか、此の世なのか彼の世なのかどことも別の世界なのか、そもそも世界と呼ぶことの出来る代物なのだろうか、何ひとつ分からない。
ただひとつ、自身の本音だけはしっかりと分かっていた。
仲間と共に過ごしたい、そのために必要なこと、とても簡単なことだった。
「帰りたい、みんなのところへ、仲間たちがいる世界へ」
その声はただぽつりと零れるだけ。誰にも伝わることなく流れ落ちてしまうだけ。しかし、ここでは声を張り上げても同じこと、ムダという結果を貼り付けるだけのことだった。
そうして寂しさの寒気に身体を震わせて、会えない人々のことを想い、勇人は自身がなにも出来ない無力な幼子、高校だの少年だの関係ない、ただのひとりの無力で愚かで何もつかみ取ることも出来ない、成長すら出来ずに育ち続けてしまった幼子なのだと気付かされた。
――帰りたい、みんなに早く会いたい、誰か、出口を教えて、誰も……いないの?
情けない言葉が喉につっかえて、代わりの言葉のひとつも出てこない。
闇の中、心だけがさらなる闇へと堕とされて行く。帰るにはあまりにも深く思えるこの闇。闇が心にまで染み込んで行ってやがては絶望色に染め上がってしまいそう、そんな時のことだった。
目の前に突然光が現れた。
「な、なんだ」
光に注視する、光をしっかりと目の中に収める。向こう側から聞こえてくる声に耳を澄ませた。
「勇人……勇人、帰って……来て」
その声、たどたどしい声の流れと響き、全て聞き覚えのあるものだった。
「鈴香」
その名を呼んだ途端、光は姿を変える。見慣れたあの姿、見慣れない薄明りを纏った鈴香のカタチ、紛れもない、勇人の妹だった。
「やっと、届いた……嬉しい」
鈴香は言葉と共に手を差し出した。声のひとつ、それだけでもどれだけ助かったものだろう。闇に沈められて溺れていた心が声に引き上げられて行くのを身体全体で感じていた。
「会いたかったよ、鈴香」
「手を……伸ばして」
微笑みを浮かべてその手を差し伸べる鈴香の手を取って、勇人は導かれるままに歩き続ける。やがて輝きに充たされて世界と再び繋がる感覚を目で捉えたその時、懐かしい感覚に手を震わせていた。
握っている鈴香の手の柔らかな感触、ひんやりとした心地は紛れもないホンモノだった。
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