第35話 人類亜点第二種 天使

 駆ける、駆け抜ける、駆け通して目的地へと真っ直ぐ向かう風となって。横薙ぎの風も向かい風に変えて進み続ける。向かう先は怜のお気に入りの小学生男子の自宅。呼び鈴を押してはドアを叩きその名を叫び続ける。

 ドアはゆっくりと開き始め、出て来たのは薄水色の髪と目をした男の子。彼の姿を認めると共に怜は言葉に想いを織り込んで贈って行く。

「時が来た、鈴香のこと、ちゃんと守ってやってくれ」

「鈴香が無事にたどり着けるよう、安全な道へ導くよ」

 そうして外へ出た瞬間、茶色混じりの金髪が特徴的な幼い女の子が出てきた。髪の色はかけ離れていたものの、子どものまま変わらなそうな顔、赤みがかった茶色の瞳、それは紛れもなく勇人の妹の顔をしていた。

「鈴香、俺たちが絶対安全な道を作るから」

 少年の肩に乗っている小さな犬のような生き物が立ち上がり、少年の身体を離れて宙をかけ始めた。

 そこまでの流れを目にして怜の身体は再び突き動かされた。目指すべきはどこだろう。菜穂はきっと名前の無い在籍者と行動を共にしているだろう、真昼や刹菜は鈴香に戦う術を与えた者、既にこの戦いに加わっているだろう。人類亜点第二種 天使 それは明確な人類の敵。この世界を輝きの元素、エーテルで埋め尽くして自らが感情を想い思いに振るうことの出来るセカイを、ありのままの姿で生きることの出来る場所を、つまりは住所を広げよう、ただそれだけの目的で動く天の意思と感情の残滓を本能にねじり込み動くだけの者だった。

「会うべきは……誰だ」

 既に会うことの出来る人物、その全てに話しを通した、そう確信を建てようとしたその時、ある日ある時ある朝に名前の無い在籍者があの金髪と灰色の目を向けてこぼしていた言葉を思い出した。


 ――そうか、彼に任せるとしよう


 その視線の先にはいったい誰がいただろう。思い出すことも叶わない。

「今はひとつでも多くの能力が欲しいってのに」

 この状況の打破に何が役に立つのか分からない。そこで知っている魔法使いや能力者は出来る限り欲しかった。

 分からない今、学校へと向かうのみ。向かう途中の道、そこでビニール傘を振い、羽根を追い払う少年の姿が目に映った。

「一真」

「怜なのか」

 羽根を払い終えた今、ふたりは立ち尽くして会話を繰り広げていた。

「一真は好きな子諦め付いたか? どうにもあまり良くない方向へ向かってるって占い師が言ってた」

「悪いが悪い方へ行ったとしてもやめられねえ。それが騎士だとか王子さまってことだろ」

「はっ、おもしれえこと抜かすなあ、蛮族」

「はっ倒す」

 それからもまた言葉を交わしながら、怜は足を一歩、また一歩、進め始める。その時のこと、洋子が追いついて姿を変貌させた。白と黒に彩られたドレスに飴玉の袋を思わせるリボン。その姿は今、人を食らうためなどで無く、脅威を食らい尽くすためにあった。

 人々の平和を脅かす脅威の破片は彼らに任せて怜は再び駆け出した。

 通り過ぎる景色の中に、日常の中に潜む非日常を目で追いながら理解を脳裏に読み込ませる。羽根がまき散らされている、人を殺す羽根、その元凶を止めるために戦う三人の大人の姿を、残像で焼き消えそうな姿を辛うじて捉えて目に焼き付け進み続けていた。

――やっぱ戦ってたな、真昼さん

 先へ先へ向こう側へと素早く足を踏み出し続ける。勇人の姿はきっと学校にあるはず、名前の無い在籍者が最もよく立ち寄る場所、世界を破滅へと導く魔法使いの親友がすぐにでも分かるであろうその場所を選んだに違いない。理由は直感で把握していた。

「うわさ話の渦中になりやすい場所、生徒があそこまで持ってくる理由、だいたい学校が発信源だ」

 怜は気が付いていた。名前の無い在籍者の行動範囲を。何故か姿を見かけるのは殆ど学校だということを。

「魔力の流れか人のたまり場、霊脈、何か都合がいいんだろうな」

 風を操り学校へと飛び込んで、その宙で親友がセカイに蔓延る闇を遠くの片隅へと追いやっている姿を目にして立ち尽くした。

「これ、どうすりゃいいんだ」

 分からない、解決策が見つからない。グラウンドに立つ男、灰色の瞳を持ったそれは勇人を見上げて野望の達成をただ待っていた。

「達成は近い、全ての闇を隅へ追いやって、輝きの元素と破滅を呼び込む」

 人類はそれだけで滅亡してしまうだろう。それでも構わない、そうした様子が見受けられた。

「あの野郎」

 怜の中に蔓延りし闇、滾って暴れて感情を彩り続けるものの、それまでもが勇人に没収されてセカイの何処かへと飛ばされゆく。怒りと闇を同居させる怜に戦う気力さえ残させない、恐ろしい程に相性が悪かった。

「血の気の多い者はかかってくることもないというわけだ」

 名前の無い声は、ただ事実だけを淡々と述べていた。

 鈴香は間に合ってくれるだろうか、魔に会って、人を取り戻してくれるだろうか。もはや祈りを捧げて全てを終わらせてくれることを祈るしかなかった。


 そんな時だった。怜の目の前にさんにんの少年少女の姿が映されたのは。戦いに加わっている人物の全てを把握していないのだと知ったのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る