【劇用台本】骨を吐く

おかぴ

骨を吐く

(SE:心臓の鼓動音(ずっと鳴らしてる))


野村「ハァ……ハァ……」


(SE:「ボコッ」て感じの破裂音)


野村「!?」


(SE:肉が裂ける的な音)


佐伯「……よぉ、野村」


野村「ヒッ……」


佐伯「お前……あの女、どうしたんだ?」


野村「ッ!」


(SE:ザリザリと掻きむしる音)


野村「……! ……ッ!!(必死だけど泣きそうな呼吸音)」


(SE:足音)


野村「……?」


栄田「探したぜ。野村誠だな」


野村「……誰、だ……?」


(SE:拳銃を抜く音)

(SE:リボルバーの弾倉を回す音)


栄田「警察だ。野村誠。お前を誘拐の容疑で逮捕しに来た」


野村「誘拐……?」


栄田「ああ」


(SE:拳銃を構える音)


栄田「答えろ。吉池サチはどこだ」


(SE:「ビチビチ」て感じの触手が跳ねる的な音)

(SE:「パシン」と手で肌を押さえる音)


野村「……サチ? サチのことか?」


栄田「そうだ」


野村「俺が戦争に行っている間に他の男と結婚して俺を捨てた、サチのことか?」


栄田「そうだ。そしてお前が誘拐し、どこかに隠した吉池サチだ」


(SE:野村のすすり泣く声)


栄田「お前がさらったのは調べがついてる。どこにいるんだ。答えろ」


野村「あの女は! 俺を裏切った!! 俺の女なのに……俺を待つと言っていたのに!!!」


栄田「混乱したご時世だ。身寄りのない彼女が一人で生きていくには、苦労が多すぎたんだよ」


野村「俺だって必死に帰ってきたんだ!! サチが待っている……郷(くに)でサチが俺を待っている……ただそれだけを支えに、ただ幸だけを思って!!!」


栄田「従軍したアンタの赴任先は、確かビルマだったな」


野村「ああ……」


(SE:なんでもいいので場面転換に使える音を入れる)

(SE:蒸気機関車の稼働音(ずっと鳴ってる)もしくは駅の環境音)


サチ「誠さん、本当に行ってしまわれるのですか……?」


野村「ああ。サチを一人にしてしまって申し訳ないけれど」


サチ「心配です。誠さんはとても優しいですから」


野村「仕方ないよ。俺のもとにも召集令状が届いたんだ。行かなければ。故郷を守るためにも、サチのためにも」


サチ「必ず、必ず戻ってきてください。私は待ちます。いつまでも、あなたの帰りを待ち続けます」


野村「ありがとうサチ。俺も約束する。たとえどんなに時間がかかったとしても、必ずキミの元へと戻る。そして帰ってきたその時は……」


(SE:蒸気機関車の汽笛)


サチ「はい」


野村「俺と、一緒になってくれるか」


サチ「はい。……だから、必ず戻ってきてください。私の元へ」


野村「ああ」


(SE:環境音オーバーラップでジャングルの環境音へ(雨音でも可))

(SE:二人分の足音)


佐伯「なぁ、野村……腹、減ったなぁ……」


野村「もう3日も何も食べてないからなぁ……物資も底を尽きかけてる」


佐伯「いつまで続くんだろうな、この作戦……」


野村「インドの都市を制圧して、米英の戦力を削ぐのが目的と聞いたが……」


佐伯「この熱帯雨林に入って何日だ……まだ着かんのかその都市には……」


野村「だなぁ……中々に遠い場所にある街のようだ」


佐伯「そういえば聞いたか野村?」


野村「何をだ?」


佐伯「田口ってのがいるだろう?」


野村「ああ。この前腹が痛いと言ってたなぁ」


佐伯「そいつ、血便が止まらなくなって死んだそうだ。赤痢だったらしい」


野村「……」


佐伯「先週は志村が「寒い寒い」と言いながら散々ゲロを吐いて死んだ。マラリアって話だ。……俺たち、無事に帰れるのか……」


野村「俺は生き延びて本土に帰る。何をしてでも」


佐伯「? 本土に女でもいるのか」


(SE:ガサガサと紙を開く音)


佐伯「写真? ……べっぴんじゃないか。誰だこの女」


野村「清洲サチという。将来を約束した俺の女だ。俺の帰りを待ってくれている、笑顔が美しい最高の女だ」


佐伯「ほう! スミに置けんなぁ野村!」


野村「だから絶対に生きて本土に戻る。泥水をすすってでも生き延びて、サチと添い遂げる……」


佐伯「そうだな。絶対に生き延びなきゃならんな!」


野村「ああ! 俺は必ず生きて本土に戻る!」


(SE:場面転換の音)

(SE:ドシャリ! と人が倒れる音)


野村「……どうした……さえ、き……立ち、上がらんか……」


佐伯「すまん……のむ、ら……俺はもう、ここまで、だ……」


野村「何言って……る……たった、10日、飯食って、ないだけ、だぞ……はや、く……立ち上が、れ……すすむ、ぞ……」


佐伯「のむ、ら……俺はすぐ、死ぬ……だから、俺がし、んだ、ら……肉を、食え……」


野村「……?」


佐伯「喉も乾いているだろう……俺の血を飲め……そして俺の肉を食って、生き延びろ……お前は、本土へ……」


野村「冗談言う、元気がある、なら……早く、立て……ッ!」


佐伯「冗談で、こんなこと言う……か……」


佐伯「ああ……かあちゃん……最後に、かあちゃんの味噌汁……飲み……」


佐伯「……いやだ……死にたくない……かあちゃん……助けて……かあちゃ……」


野村「おい……しっかり……」


佐伯「かあ……ちゃ……」


野村「……」


野村「……っく……うう……ひぐっ……うぐっ……」


(SE:服を剥ぎ取る音。骨を砕く音)


野村「うう……ぅうう……ッ」


(SE:ジュルジュルとすする音。肉にかじりつく音)


野村「うう……うぐっ……ヴォエッ!? ゲェエッ!?(えずく声)ゲホッ!?」


野村「うう……ぅぅう……んんぅうううッ!!!」


(SE:肉にかじりつく音)


(SE:場面転換の音)

(SE:雑踏の環境音)


野村「やっと帰れた……本土だ……」


野村「俺の家はもう取り壊されていた……サチがどこに行ったのか、知ってるやつは誰もいなかった……どこに行ったんだサチ……サチ……」


野村「……あれは……」


サチ「アハハ! もう! あなたってば!(笑いながら)」


野村「サチか……サチ! サ……!?」


 男「ひどいなぁ。美人のキミと結婚して子供も授かったことを幸せだと周囲に自慢するのが、だめなことなのかい?」


サチ「だからって、わざわざ自慢しなくてもいいではないですか!」


 男「そうかなぁ……ではキミは、ぼくと一緒になれて、幸せではないと……?」


サチ「……いいえ。幸せです。お慕いするあなたと夫婦になれて、子供もできて」


 男「ならよかった」


サチ「ふふ……」


野村「……」


(SE:場面転換の音)


野村「……なぁ佐伯。お前の肉を食って血をすすって、やっと本土に戻ってきたが……俺は……一人だった」


野村「サチは……サチは、他の男と、むす、ばれて、子供、まで……」


野村「サチ……どうして……! サチ……サチぃ……!!」


佐伯「よぉ野村」


野村「佐伯!? 幻聴か!?」


佐伯「辛いよなぁ。あの暑苦しい密林で、泥水飲みながら死にものぐるいで約束を守ったのになぁ」


野村「うるさい!」


佐伯「あの女と結ばれるために、俺の血まですすって生き延びたのに」


野村「黙れ!!」


佐伯「お前が生きるために、ゲーゲー吐きながらそれでも必死に俺の肉をこそげ取って食ってる最中、あの女は他の男に抱かれて喜んでたってわけだ。辛いよなぁ。哀れだなぁ野村」


野村「……ぅがぁぁぁあああああああ!!!」


(SE:肉を裂く音。続いてボトリと何かが床に落ちる音)


野村「ハァ……ハァ……鼓膜、破って、耳、引きちぎれば、もう聞こえないだろ……」


サチ「誠さん」


野村「!? サチの声が、まだ……!」


サチ「誠さん、私は待ちます。愛するあなたをいつまでも待ち続けます」


野村「やめろ! やめてくれ!! 声を聞かせないでくれ!!」


サチ「ですから、必ず戻ってきてください。たとえ亡くなった佐伯さんの血をすすって、肉を骨からこそげ取って食べてでも……」


野村「ぁぁあああああああ!」


サチ「でもだからといって、本当に佐伯さんの血を吸って帰ってくるなんてバカみたい。私のため? 私を信じたんですか? 友人の肉を食べたあなたなんかを私が受け入れるはずないのに」


サチ「あーあ気持ち悪い。私は他の人のところに行って、その人に抱かれます。人食いと夫婦になるだなんて、考えただけでもあーイヤだイヤだ」


野村「あああぁぁああぁぁああぁあああああ!!!」


(SE:場面転換の音。心臓の鼓動音)


栄田「聞いたよ。あんたとあんたが所属した部隊の話は」


栄田「ジャングルの中で食うものもなく、赤痢とマラリアでどんどん仲間が倒れていく中で、あんたはよくやってくれたよ。ありがとう。お国をよく守ってくれた。よく戻ってきてくれた」


野村「……」


栄田「だが、だからと行って吉池サチを誘拐しても許されると思うな」


野村「吉池サチじゃない!!! 清州だ!! あいつは!!! 清州サチだ!!!」


栄田「いいや吉池幸だ。彼女は結婚したんだ。あんたとは別の男と結婚して、幸せになったんだよ」


野村「違う!!! あいつは俺の女だ!!! 吉池なんかじゃない!!! 野村幸になる女なんだ!!!」


(SE:「ボコッ」て盛り上がる音3つ)

(SE:「ぶしゃ」て肉が裂ける音)

(SE:『サチ』『愛してる』『笑ってくれ』『欲しい』てセリフをランダムに繰り返す)


野村「……見たか? 聞いたか?」


栄田「ああ」


野村「この口は、俺の体中にできる。どれだけ引きちぎっても、すぐに元に戻るんだ」


栄田「……そしてお前の本心をしゃべるのか」


野村「たとえそれが幻聴であっても、もう声を聞きたくない……そう思って耳を潰しても、次の日には別の場所に耳が生えてる……目に包丁を刺したら、次の日には、腹にデカい目が出来た……もう俺は、人間じゃないんだろう……」


栄田「……」


(SE:肉を引きちぎる音)

(SE:「ズルっ」と何かが生える音)

(SE:なんか魔物の呼吸音的な音を環境音に)


野村「見ろ。こんなふうに腕を引きちぎっても、すぐに新しい腕が生えるんだ。目と耳と口がびっしり生えた腕がな」


栄田「お前の本心が、吉池サチの笑顔を見て、声を聞いて言葉をかわしたいからなんだろうさ」


野村「なら! なぜサチは俺を待たなかった!!! なぜサチは俺と結ばれなかったんだ!!」


栄田「誰も吉池サチを責められない。吉池サチが生き伸びるためには、お前とは別の男に嫁ぐしかなかったんだ。あんたが生きて帰るために戦友の肉を食ったように、吉池サチも、生きるためにはあんたを裏切らなければならなかったんだ」


野村「あ、ああ、あああぁぁあああああ!!!」


(SE:「ボコッ」て盛り上がる音)

(SE:「ぶしゃ」て肉が裂ける音)


栄田「もう、人間には戻れないのか」


(SE:肉を引きちぎる音)

(SE:「ズルっ」と何かが生える音)


野村「戻りタい……!」


(SE:「ボコッ」て盛り上がる音)

(SE:「ぶしゃ」て肉が裂ける音)

(SE:肉を引きちぎる音)

(SE:「ズルっ」と何かが生える音)


野村「戻って……もう一度、幸の笑顔が見たイ……!! そシて、幸を抱イテ……感触が残るまで、抱きしメテ!!」


栄田「そうか」


野村「幸……さチ……ッ!! アイシて……!!!」


栄田「辛いだろ。いま殺してやる。人の形がまだ残っている今のうちに」


(SE:発砲音)

(SE:『ゴン』て感じの重い金属音)


栄田「頭はふっとばしたが……」


野村「サチ……サチィィイ……愛シテ……」


栄田「体中の口がまだ叫ぶか……安心しろ野村誠。全部削り切ってやる。全部だ」


(SE:発砲音と『ゴン』て金属音を5回)

(SE:『ゴン』て感じの重い金属音)

(SE:ビシャって感じの肉片が壁にへばりつく音)


栄田「口は全部削ったが……肉片はまだ動いてるな……」


(SE:シリンダーに弾丸を込める音)

(SE:なんか魔術の発動音(なんでもいい))


栄田「な……? 肉片が、浮かんだ……?」


(SE:なんか魔術の発動音(なんでもいい))


沙雪「馳走になった」


栄田「なんだ沙雪かよ……肉片が俺の背後めがけて吹っ飛んでったかと思えば……お前が食ったのか。まだ生きてただろうが」


沙雪「まだ息があるうちにと思うてな。おかげで不味くはなかった」


栄田「ったく……いつもいつも食いやがって……」


沙雪「お前も常に飯を食っておるであろう」


栄田「俺は化け物を生きたまま食った覚えはねぇ」


沙雪「魚を生きたまま切り刻んで食うは美味と聞いたぞ。それだと思えばよかろう? 活造りと申したか」


栄田「うるせぇよ……ったく、早く吉池サチを探さねーと……」


沙雪「そのことだが栄田。その女、歳はいかほどだ」


栄田「23て話だな。お前よか若いのは確かだ」


沙雪「背の高さは?」


栄田「お前よりちょい高いぐらいだな」


沙雪「乳飲み子が一人おったはずだな」


栄田「それがどうした」


沙雪「……ぷっ(種を口から吹く感じ)」


(SE:ゴロンて床に何かが転がる音)


栄田「なんだこりゃ……腰骨……?」


沙雪「そうだな」


栄田「お前が吐いたのか」


沙雪「先程の化け物の体の中に残っておった」


栄田「まさか……」


沙雪「子供を産んだ形跡があるから、これは女の骨であろう。歳は二十歳すぎで背格好は私より少し高い」


沙雪「ぷっ(種を口から吹く感じ)」


(SE:ゴロンて床に何かが転がる音)


沙雪「アバラだ。やはり女だな」


栄田「つーことは……」


沙雪「その吉池サチと申す女、この化け物に食われたと見てよかろう」


栄田「吉池幸を抱きしめたかったんじゃねーのかよ……自分が何をしてるのか分からなくなってたのか……」


沙雪「ぷっ(種を口から吹く感じ)」


(SE:ゴロンて床に何かが転がる音)


栄田「やめろ」


沙雪「お前たちも魚の小骨が口に残ったときはこうやって出しておるであろう」


栄田「うるせぇやめろ」


沙雪「私も骨は口に残る。下品な所作だが許せ」


栄田「……ッ!!」


(SE:壁に叩きつける音と、壁ドンの音)


栄田「そういう問題じゃねーんだ! いいからやめろ! もう吉池幸を口から吐き出すな……!!」


沙雪「……フッ」


栄田「?」


沙雪「案ずるな。乳飲み子の骨はない。死んだのが女一人でよかったな」


栄田「……ッ!!」


沙雪「……」


栄田「……ったく……ガキが食えなくて不満か? 妖怪赤子喰らいさんよぉ」


沙雪「不満など無いし、私は乳飲み子を喰ろうたことはあの日の一度しか無いと、何度も申しておる」


栄田「うるせぇよクソッタレが。結局今回も行方不明者見つからずかよ……」


沙雪「骨があるではないか。行方知らずなどではない」


栄田「自分が裏切った男が化け物になって、そいつに食われてしまいました、なんて報告書に書けるわけねぇだろうが」


沙雪「ありのままを書き記すのがその報告書とやらではないのか」


栄田「うるせぇ。真実味のある話と真実っつーのは別物なんだよ」


沙雪「真実は信じられず、嘘の方が真実味があるか。……人の世は、いつの間にか生き辛いものになったものだな」


栄田「お前が人だった頃とは時代が違うんだよ時代が」


栄田「……じゃあな。野村誠」


栄田「次は、惚れた女と結ばれてくれよ」


終わり





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