企画用

成瀬イサ

第1話

 あんなに仲が良かった僕たちが、今となってはこんな風に距離を置いて生活してしまったのは、いつからだろうか。

 いや、本当は分かっている。きっとあの日だ。あの日から、僕たちの溝は深まってしまった。


 彼女は、母から貰った『東京タワーの模型』を大切にしていた。

 母が亡くなったあとも、まるで心の拠り所であるかのように、彼女は模型を大切にしていた。

 それは本当に、宝物のそれだったのだろう。


 そしてあの日。

 つまずいたはずみで、僕がそれを壊してしまった。


 ――本当にごめん。

 ――いいよ、わざとじゃないんだし。

 ――ご、ごめん……。

 ――ううん。でも……もう、なくなっちゃったんだね。


 ******


「あ、明日デートしない!?」

「え……?」


 朝、僕は電話をかけた。

 

「ほ、ほら。明日はお互い仕事休みだし!」

「いいけど……どこ行くの?」

「東京タワー! ……とか、どう?」

「わかった」

「……! ありがとう!」


 その日、僕は仕事を頑張った。いつもの3倍くらい、量をこなした。


 彼女を元気にしてあげたい。

 彼女ともう一度笑い合いたい。

 彼女を、もう一度――。


 そんな感じだったから、自分が無理をしていることに気が付かなかった。


「さいあくだ……」

 

 その日の夜、僕は熱を出した。


 ****** 


「本当に、ごめん……」

「ううん、いいの。今回も、わざとじゃないんでしょ?」

「……うん」


 今回『も』。その言葉が僕の心をえぐった。

 電話を切って、ベッドに突っ伏す。


 もう、終わりなのだろう。

 僕は終わりを悟った。

 彼女と過ごしてきた日々が、走馬灯のように脳を駆け巡る。

 

 悲しかったこと。

 嬉しかったこと。

 辛かったこと。

 楽しかったこと。

 楽しかったこと。

 

 ――楽しかったこと。


「――ッ!!」


 そうだ、僕は何も分かっていなかった。

 彼女の拠り所がなくなったのならば、僕が拠り所になってあげればよかったじゃないか。

 今更気づいたところで、もう遅いかもしれない。

 けど――。


 僕は、ハサミを取り出した。

 

 ******


「はーい、どなたです――え、どうしたの? 熱……」

「こ、これっ!!」

「……?」


 雪が降り積もる都内。

 かじかむ手で、その小包を彼女に手渡した。


「東京タワー……?」

「僕は……」


 彼女の目を見つめて、僕は言葉を紡ぐ。


「僕は、全然頼りない人間だと思う」

「……」

「いつだってドジだし、どうしようもなく要領は悪いし」

「……」

「でも……でも……」

「……うん」

「キミの、拠り所に、なってみせる!」 

「……」

「これからは、このタワーと僕が、キミを支えてみせるから!!」

「……」

「だから、ええと……その……これからも、一緒に、居てくれると嬉しい……」


 勢いに任せて無茶苦茶に喋ってしまった。

 彼女はどんな顔をしているだろうか。

 さっきまでその目を見つめていたはずなのに、今はなかなかどうして、その綺麗な瞳を直視できない。

 

「……こっち、向いて」


 そんな僕の心を見透かしたように。彼女はそう言った。

 恐る恐る、顔を上げる。


 そこには――。


「ありがとうっ!」


 久しぶりに見る、彼女の笑みが、確かにあった。

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企画用 成瀬イサ @naruseisa

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