第35話

 扉を一枚隔てた向こうに彼女がいる気配を感じる。


「亀石さん、聞いてるかな」


「……」


「さっきはごめん。驚きすぎて言葉足らずだったと思う」


「……」


「ポテトサラダ見たよ」


「……」


「とっても美味しそうだった」


「……」


「亀石さんは俺の好物を作りに来てたんだね」


「……」


「亀石さんが初めて口をきいてくれた日に話した好きな食べ物の話、覚えててくれたんだ」


「……」


「あれから、もう10年も経つんだね」


「……」


「やっと思い出したんだ。遅くなってごめん」


「……」


「大きくなったね、亀石さん」


「……」


「いや、明智真鈴さん」


「……」


「ひとつ、お願いがあるんだ」


「……」


「この扉を開けてくれないかな」


「……」


「もう一度、ちゃんと話す時間が欲しい」


「……」


 ゆっくりと、少しずつ、扉が開く。

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