新しいお友達


「ジュース。オレンジ。アップル。グレープ。どれ? ぜんぶ? いっぱい?」

「ようし、落ち着こうかクロ!」

「えう」


 キッチンのテーブルにありったけのジュースを並べるクロを抱きしめて、とりあえずストップささせる。ありったけといっても、いろいろな種類のジュースを一本ずつの五本ほどだけど。ちなみにどれも二リットルのペットボトルだ。


「おねえちゃん。ジュース。ようい。いそぐ」

「うんうん。急がないとね。でもこれは出しすぎかな?」

「?」

「あっはっは。天然かー」


 本当に全部出すつもりだったんだね。さすがにそれは、ミリアちゃんも困ると思うよ。

 こういう場合はやはり無難なオレンジジュースだと思う。嫌いだって言われたら、その時に別のものを考えたらいい。


「とりあえずオレンジジュースを持っていこうか。じゃあ、クロ。コップ出して」

「こっぷ!」


 とててと走って、戸棚からコップを取り出してくれる。数は四つ。それに、平べったいお皿が三つ。多分、ウルたちの分だと思う。私はそこまで考えてなかったから、クロは偉い。


「あの子たち、ジュースは大丈夫なのかな……? まあ、持っていって聞けばいっか」


 クロが器用にジュースをコップに入れていく。ちなみにこの器用は、私には真似できない。

 うん。魔法だからね。コップとお皿がふわふわ浮いて、これもやっぱりふわふわ浮かぶペットボトルからジュースが注がれていく。

 使わなかったジュースもふわっと浮いて冷蔵庫へ。便利そうだけど、クロが運動不足にならないかお姉ちゃんは心配です。


「できた! 持っていく!」

「うんうん。行こう」


 ジュースの入ったコップがお盆に載せられて、そしてお盆がやっぱり浮いた。これ、お盆の意味はあるのかな?

 そう思ってたら、クロがお盆を持った。そのまま大広間に向かい始める。あくまで重さを軽くしただけ、なのかな。多分。

 そうしてクロが大広間に戻ると、何故かミリアちゃんが泣いていた。


「クロちゃん……!」

「ミリア、ストップ。危ない」

「は! そうだった!」


 ミリアちゃんはクロに抱きつこうとしてたけど、リオちゃんが止めてくれた。さすがにクロも驚いてジュースをこぼしたかもしれないから、とても助かる。

 クロがジュースを配っていく。ウルたちにあげるのを少し逡巡してたみたいだったけど、ミリアちゃんが大丈夫ですと頷いてくれた。大丈夫なの? いや、日本の動物とはそもそも違うのかもしれないけど。

 ウルと、床に降りたラキとフレルがジュースを飲み始める。美味しそうに飲んでるから、問題はないみたい。違和感がすごいけど。

 そうして配り終えたところで、改めてミリアちゃんがクロを抱きしめた。


「クロちゃん……すごく大変だったんだね……!」

「あう……?」

「ミリアはお父さんもお母さんも優しかったからクロちゃんの気持ちを全部はわかんない……。でも! でもクロちゃんのお友達にはなれるから!」


 リオちゃんがほとんど説明してくれたってことかな。手間が省けてよかったと思う。クロの不思議な魔法について聞いた時にどんな反応をしたのかはちょっと気になるけど。


「クロちゃん、何かしてほしいことはないかな? ミリア、なんでもやっちゃうよ!」

「おともだち。なってほしい」

「もうお友達だよ!」


 ミリアちゃんがクロをぎゅっと抱きしめてなでなでしてる。これはなかなかいいものです。ああ、これを見てるだけで浄化される気分だよ……。うえへへへ……。


「ぱけ?」

「やめてこばけちゃん。額に手を当てないで。私は正気だから」


 頭おかしいのかと聞かれてる気分だよ。安心してほしい、正気なら未成年なのに家を飛び出したりしないから。

 こばけちゃんをそっとどけて、そのまま抱え込む。こばけちゃんには最初は驚かされたものだけど、今だと我が家のちょっとしたマスコットだ。

 もふもふはしてない、というよりつるつるというか、さわさわというか、すごく不思議な感触なんだけど……。それでもこの無邪気な顔の小さなおばけがとてもかわいい。

 こばけちゃんを撫でながら視線を戻せば、ミリアちゃんがこっちを見て目を丸くしていた。そして勢いよくクロに視線を戻してる。あまりの勢いにクロがびくっとしていて、ちょっとおもしろい。


「クロちゃん!」

「な、なに?」

「あの子! なに!? クロちゃんのお友達!? 教えて!」

「ん……」


 クロが軽く手を叩く。するとおばけも出てきた。天井からぬるっと出てきて、ちょっと怖い。


「ばけばけ?」

「わあ……。かわいい!」


 おばけもかわいいに入るんだね……。さすがにあっちは大きすぎて反応に困る。


「おばけ。あっち。こばけ。おともだち」

「クロちゃんのお友達なんだ……! かわいいね!」

「ん」


 無表情で分かりにくいけど、クロが少し嬉しそうにしてる。おばけもこばけも、クロにとってはもう家族同然だからね。褒められるとやっぱり嬉しいみたい。


「ウルたち。かわいい」

「ミリアの自慢のお友達だよ! クロちゃんも仲良くしてあげてね?」


 ミリアちゃんがそう言うと、ウルたちがクロにすり寄っていく。クロはどことなく嬉しそうに、そのもふもふを堪能し始めた。

 かわいい動物と触れ合える貴重な機会だ。ミリアちゃんには感謝しないとね。

 ところで。


「リオちゃん。少しいい?」


 そっと立ってリオちゃんに近づくと、クロたちの様子を眺めていたリオちゃんが私に視線を向けてきた。


「どうぞ」

「ミリアちゃんだけど……。今後はこっちに来られるの? これっきりっていうのは、かわいそうなんだけど……」


 ミリアちゃんは、クロの初めての友達になってくれると思う。もちろんリオちゃんもクロと仲良くしてくれてるんだけど、リオちゃんの場合は師弟関係ができあがっちゃったみたいだから。上下関係っていうほどじゃないけど、対等とはまたちょっと違う気がする。

 でもミリアちゃんは、クロと対等な友達になってくれるはず。むしろなってほしい。


「大丈夫。一度繋がれば、門を通れば自由に行き来できる」

「門?」

「ミリアが触った光っていうのがそう。ミリアにはその光を作る魔法を教えておくから、安心してほしい」

「おー……。それはいいね。ありがとう」

「ん。ついでにこっちからも行けるようにしておく」

「え」


 こっちから行ける……。それはつまり、私たちもミリアちゃんの世界に行けるってこと……? つまり、異世界へ旅行というか、お出かけができる……!?


「なにそれ楽しそう!」

「ん。きっとクロも楽しめる。みんなでお出かけも悪くない」


 いいね! ちょっとしたピクニックだ! しかも、異世界! ミリアちゃんの世界なら、きっと優しい世界だよね! すっごく楽しみ!


「それなら是非ともお弁当を作らないとね」

「カレーライスを希望する」

「お弁当でカレーライスはちょっと……」


 だめだとは言わないけど、冷めたカレーライスは微妙だと思うよ。

 いつの間にかクロとミリアちゃんがお互いの手を繋いで手を振ってる。ミリアちゃんがあっちの世界の歌かな? それを歌って、手を振って、クロも一緒にぶんぶんと。

 クロはやっぱり表情が薄いけど、すごく楽しそう。それを見てるだけで、私は幸せだ。クロの幸せは私の幸せ、なんてね。


 異世界から友達になれそうな子を召喚する。最初聞いた時はどうなることかと思ったけど、この様子なら大丈夫そうだ。むしろ今後が楽しみ、だね。

 それじゃ、そろそろ晩ご飯の準備だ。せっかくのお客様だから、美味しい料理を作ってあげよう。

 でも、もうちょっとだけ。私は楽しそうなクロとミリアちゃんを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る