第3話 自由
リンリンと可愛らしい音を立てて金色のユニコーンが現れる。
美しく光り輝くそのユニコーンはいつも私を見つめると歩き出す。
試しに歩みを止めてみればユニコーンも足を止めこちらを見てくる。
そしてどうして付いてこないの?というように首を傾げるとまた歩き出すのだ。
いつも私の夢に現れては突然消える君は一体誰なの?
無駄だと分かっていても、心の中でそう問いかけてはユニコーンを見つめた。
やがてユニコーンはある坂を登り始めた。
暗闇の中にまさかこうした坂があるなんて知らなかった。
足元に注意しながらユニコーンの光の粒をしっかりと踏んでいく。
そうして長い間登った坂の上で、ユニコーンは姿を消した。
今度は何を見せるつもり?
ついこの間炎に包まれて消えた青年を見たせいで私はやたらと構えてしまった。
ユニコーンは幸せな夢も見せるし、絶望的な夢も見せてくる。
理由は分からないけれど、あくまでこれは夢の中なのだ。
そう分かっていても、この自分の足の震えは止まらなかった。
やがて、更に上の方に誰か人影が現れた。
その人影は前に見た炎の中の青年と同じように、顔は見えない。
崖の上で何かを眺めるその青年は、私が坂を登りたどり着く頃、突然飛ぶように踊り出した。
自由にくるくると回っては、まるで誰かと舞踏会で踊るように軽やかに飛び跳ねる。
そしてそんな中、一人の少女が現れた。
彼女も彼と同じく顔は分からない。
ただ、現れた少女は酷く泣いていた。
そしてその泣いている少女に、青年はその手を差し伸べた。
やがて少女は彼の手を取ると、一緒に踊り出した。
あまりに平和な時間が流れ、私はその二人をただ見つめていた。
しかし突然、少女は青年の手を振り払いどこかへ消えてしまったのだ。
また一人残された少年は、暫くそこに佇んだままやがてまた一人で踊り出した。
けれどどこか様子がおかしい。
彼は頭を抱えずっとその場で回り続けた。
違和感を感じ私がその青年に近づいた時。
青年はいきなり両手を広げて、動きを止めた。
そうして私が手を伸ばす間もなく…
彼はそこから飛び降りた。
『っ!!!はぁ、はぁ、はぁッ』
まるで自分が落ちたように、私の身体は跳ねた。
荒くなった呼吸を整え、胸を抑えて涙を流す。
そうして夢を見ていたことに気づくと、私は片手で髪を握りつぶした。
『…ッ、何を、見せたいの、私に一体、何をっ』
苦しくて悲しくて辛くて、夢だというのに呼吸が上手く出来ない。
私は未だにドクドクと音を立てる心臓を落ち着かせるためにずっと胸を抑えていた。
部屋にはルキアもいない。
何だか急に一人ぼっちになった気がして私はベッドから起きた。
何をしても何をしようとしてもあの夢を思い出してしまって汗が出る。
そうして部屋を徘徊しては暖炉の前に座り込んで、私は呼吸を整えた。
『…夢なのよ、そう、ただの、夢…』
自分と話すことでしか私は私を救えない。
だからそう呟いては、自分の心を沈めた。
そんな時。
『…?』
突然、私の目の前に蝶々がやってきた。
しかもそれはただの蝶々ではなく、金に輝く蝶々なのだ。
まさか私はまだ夢の中にいたの?
そう思ったけれど、声が出せるから、これは夢ではない。
あのユニコーンのように光輝く蝶々は、私の周りを何度も回ってまるで慰めてくれているかのように静かに飛んでいた。
『…あれ、でも、蝶々なんてどこから?』
そこでふと疑問が頭をよぎった。
この密封された小屋に蝶々が入って来られる場所などない。
あの頑丈な扉にも、この大きさの蝶々が通れるほどの隙間はないはずだ。
『…あなた、どこから来たの?』
そうして輝く蝶々に問い掛ければ、その子はやがて私の横を通り過ぎてあの扉の方へ向かった。
美しい蝶々はそのまま扉の前でくるくると回る。
私はその蝶々に導かれるかのようにその場から立ち上がると、その扉の前まで向かった。
相変わらずギシギシと音を立てる床と、ドキドキと早まる鼓動。
何だか、いつもと違う。
そんな気がして一歩二歩、早足で扉へ向かうと、蝶々はやがて私の目の前でひらひらと舞った。
未だにドキドキと音を立てる鼓動がうるさいくらいに鳴る。
やがて私はそっと片手を扉に伸ばした。
何度も何度も脱出を試みた、この扉。
頑丈すぎて絶対に開かないその扉。
その扉に、今指が触れた。
ガチャ…
『っ!!!』
いつもベッドの中でしか聞かなかったその音が、やけに耳に大きく響いた。
その茶色の扉はたった二本の指が触れただけで開いたのだ。
ずっとずっと夢に見た、この瞬間。
あまりに突然の出来事に、やっぱり夢なのではないかと感じる。
これが夢ならば覚めてほしくない。
ずっと、夢の中にいたい。
そう思う程、目の前の扉が開いたことに驚きを隠さないでいた。
そうして音を立てて開いた扉を今度は両手で押すと、ゆっくりと、外の景色が見えてきた。
外は真っ暗でよく見えない。
それでも暖炉の火が少しだけ入り口を照らしていた。
『…雪だ』
足を踏み入れる。
酷く冷たい雪は、裸足の私には少し痛かった。
『わっ』
あまりの冷たさに、足を戻し部屋に後ずさる。
くっきりと雪に刻まれた足跡と、この冷たい感触が現実だということを教えてくれる。
何故扉は開いたんだろう。
もしかして、ルキアがからかうためにわざと?
そんなことを思ったけど、すぐにその考えは消した。
だってあんなに頑なに部屋から出さなかった彼がこんなことするはずないから。
『…歩きたいけど、暗すぎる…』
今は何とか部屋からの暖炉の明かりで入り口は見えているものの、その先は真っ暗闇だった。
外に出たことがなかった私には流石にハードルが高い。
踏み出したいのに踏み出せない、そんな恐怖の中で、突然蝶々が空へ舞い上がった。
『っ!!』
その瞬間、私の目に入ったのは大きな美しい月だった。
何度も夢で見たあの美しい月だ。
夜空には無数の星が瞬き、思わず見上げて言葉を失った。
こんなに、綺麗なんだ。
そうして再び前に視線を戻せば、何故かさっきより少し道が見えた気がした。
佇んでいるのはたくさんの木々。
雪が積もって、銀世界が広がっていた。
『凄い、どうしてこんな見えるようになったんだろう…』
さっきまで真っ暗だと思っていたその場所には、たくさんの木々、そして雪が積もっていた。
すると、光る蝶々が私の先へ行きまるで付いてきてというように羽ばたいた。
怖くて踏み出せなかったけど、私はそれでも好奇心には勝てなかった。
裸足だろうと一歩を踏み出した瞬間、私は弾けるようにその森の中へ走って行った。
『冷た!でも、綺麗!!!』
蝶々に続いて走っていく。
こんな薄着で白いワンピースだけで裸足で、寒くて堪らないのにそれよりも嬉しさと喜びが私の中にはあった。
『ねぇ蝶々さん!どこへ連れていくの?私、海も見たいな』
言葉なんて分かるはずもないのに前を羽ばたく蝶々にそんなことを言ってみる。
口から白い息が出てきて私はただはしゃぎながら森の中を走った。
いつの間にか小屋が見えなくなっていることも気づかずに走っていく。
そうして雪を走り、雪を手で持って頭の上に降らせ、雪と戯れていたら、段々と手足が麻痺してきた。
きっとこんな薄着で雪の中を走り回っているからだ。
『…はぁ…幸せ…もしこのまま死んじゃっても、こんな美しい景色を見れたんだから、最高、よね』
そう言って、ふと気づくと私は倒れていた。
手足は思うように動かなくなる。
冷たい雪の中で寝っ転がり、それでもゆっくりと手を伸ばした。
夢で見た月には、手を伸ばすことが出来なかったから。
だけど今は、こうして月に手が伸ばせる。
『…ははっ…届かないや…』
例え現実で手を伸ばせても、月は遠くて遠くて、とても手が届かなかった。
段々と、瞼が重くなる。
そうして伸ばしていた手もついに力を無くすとそのまま雪の上に降りた。
そういえば、光る蝶々を、追わなきゃいけないんだった。
どこ?
あの蝶々は、どこへ行ったの?
そうして意識が途切れそうな中、私は誰かが近くに寄ってくる音を聞いて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます