お題2 「心霊スーツ」

 走るのも限界だ。逃げ切れたのか……。

 茂みに体をできるだけ小さく丸めて、乱れに乱れた呼吸は決して押し殺せない、せめて額から流れる汗を手のひらで拭うことが精いっぱいのできることだった。

 今、追われている。心霊スーツに。

    *

 

 バイトで知り合ったふたつ上の男の先輩に呼び出されて、先輩の車で幽霊がでると噂の廃墟に連れてこられた。この先輩は見た目通りの不良で僕はからかわれ、嫌な思いをしてけど怖くて誘いを断れない。

 それに、カードゲームが好きな僕はお金のためにやめられない。

 

 廃墟に到着すると、すぐに僕に命令が下る。

「おい、お前いってこい」

 先輩は車のヘッドライトに照らされた廃墟へ続くまるでの獣道のような草が茂小さい道を指さして笑いながらいう。

「え?」

「え? じゃねえよ。お化けがいるかどうか見てこいよ」

 逆らうことが出来ない僕は廃墟に向かう。少し進むとヘッドライトの明かりが消えて真っ暗になり、慌ててズボンのポケットからスマホを取り出し、明かりをつけて足元を照らしながら進む。

 ここは警察の巡回もあるので通報を嫌ってエンジンを切ると運転中に先輩が言っていた。

 半年前ここでは僕と同じ年くらいの学生がて亡くなっている。その数か月後スーツ姿の男性の首つり遺体が見つかった。立て続けに起きたことにより警察や近隣住民の巡回が行われているらしい。


 道を抜けると、そこには雑草に覆われた廃墟が見える。赤いスプレーの落書き、空き缶、お菓子の袋などが散乱する日本家屋だった。玄関の辺りには僕がプレイするカードゲームのカードたちが散らばる。雨や泥で変わり果てた姿になってはいるけど。

「え、こんなレアカード、こっちは、限定……この地域に……虹影ステーキ君くらい……なんで……」

 虹影ステーキ君は僕のSNSでの友人。半年ごろアカウントが消され連絡は途絶えた。近所に住むのは知っていたけど会うことは叶わずに。

「待ってたよ」

 突然、横から声がした。

 このほうを向くとスーツ姿の男性がいる。姿はすけていた。

 僕は叫びながら走り出す。

「待って、待つんだ、そっちは……」

 どんな人ならお化けがいう言葉通りに待つのだろう。そんなことを一瞬頭で考える。僅かに走っただけで運動不足がたたりすぐに僕の足が疲れてよろめき出し、藪へ突き刺さるように入った。スマホの明かりを手で塞ぎ明かりを消す。

「どうか……今すぐ朝になってくれよ。帰りたい……来たくなかったんだよ……」

 身を隠しながら小さく祈るようにつぶやく。

「そうなのか……こんなとこ……来たくないよな」

 横から再び声がした。

「あ……あああ」

 反射的に大声は出せたが足は硬直して動くという動作が頭から消えていた。いや、もう、逃げても無駄だと肉体が諦めたのか。動かない。

「もう逃げなくていいのかい……なら、少し話そう。それに近くが崖になっているから危険なんだ」

「やだ、死にたくない……!あっああ!」

 ため息が聞こえた。

「私が君を殺す? それが本当ならどうして私は今、君のことを殺さないんだ?」

「怯えさせるのを楽しんでるんだああ、あああ」

「すまないけど、ここはテーマパークにあるお化け屋敷じゃない」

「ごめんなさい。帰ります、帰ります」

「いや、君にはしてもらいたいことがある。お願いを聞いてほしい」

「無理です。死にたくないです」

「だから……。まあ、そうだな……とりあえず話を聞いてくれ。いいかい?」

 僕は目をつぶりながら頷く。帰りたい一心で。

「ここで半年前に首をつって亡くなったのは僕の息子だ。離婚してから、年に数回会うだけだったけど……そして、もうわかるだろう。数か月前にここで亡くなったのは私……後追いってことになるのかな……」

 「あ、あの……息子さんは……カードゲームを……やってましたか……虹影ステーキ君」

 スーツの男性は瞳を大きくした。

「ああ、確かにカードを買いに行ったこともあるよ。その名前でやっていた。けど、どうしてそれを? それも広まっている噂話なのかい?」

「友人だったから……SNSの……心配していたんです。連絡が取れなくて……」

「そうか、俺が悪いんだ。気づてやれなかった。いじめられていたそうだ。学校の上級生に」

「そう……だったんですか」

「イジメたやつは、君をここに連れてきた人だ」

 僕は心の真ん中が熱を帯びるのを感じた。

「あいつをここに連れてきてほしい。」


 

      *

「おい、てえええめえええ、俺の名前をデカい声でいいやがってええ、どうなってもいいんだよな? くそが近所の連中が聞いたらどうするんだ? このボケ!」


「どうなってもいいよ。こっちだよ。こっち、こっちだよ」

 そういいながら自分でも不思議と笑みがこぼれる。

「どうなってもいいんだな? いったよな?」

 先輩はがに股で肩を大きく揺らしながら少し速足で、顔は鬼の形相。

 でも、もう、怖さは感じない。僕は復讐をする。

「いったよ。そういったんだ。どうなってもいいよ」

 お前なんか。

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