真面目なコンとぐーたらごん

見鳥望/greed green

「今年も寒くなってきましたね」


 今日も真面目なコンはせっせせっせとご飯のために、木の実やらあれこれをがんばって集めます。


「お前はこんな寒い日でもバカみたいに働くんだな」


 そんなコンとは正反対のぐーたらなゴンは、余裕しゃくしゃくでコンをバカにして笑います。


「これが日課のようなものですから」


 でもコンは気にしません。それが当たり前ですから。


「俺には真似できないし、したくもないね。こんな大変な事を毎日毎日」


 呆れたように言うとゴンは自分のねぐらの穴に戻っていきました。





「よーしお前ら、今日もいっぱい取ってきただろうな」


 一匹で過ごすには大きすぎるねぐらの穴の中には、リスやらモグラやらの小動物達がいつものように集められていました。


「は、はい……」


 皆はゴンにおびえながらも今日の収穫を地面に広げてみせます。


「んー? ちょっと少ないんじゃないかお前達?」


 ぬぅっとその場にいる全員の顔をゴンは睨みつけます。

 ひぃっと小さな悲鳴を漏らしながらも、一匹のリスがおそるおそる口にしました。


「冬になるとどうしても取れる量が少ないんです。これでもいつもよりずっと頑張って取ってきたんです……」


 リスの目には少し涙が浮かんでいます。


「それに、自分達の分も考えたら……」


 リスはしょんぼりと小さな声で呟きます。


「はぁー仕方ねえな。お前達に倒れられたらこっちも困るからな」


 ゴンは小さく盛られた実を口にぼりぼりと頬張ります。


「あいつはバカだなぁ。俺様みたいに誰かにやらせればいいのに」


 ゴンはこのようにして、ずっと自分は何の苦労もせずに過ごしていました。


 ーーでも、そういえば……。


 しかし、ふとゴンは思いました。

 小動物達が皆でかき集めたご飯とコンが一匹で集めたご飯とでは、コンの方がずっとずっと多くのご飯を収穫していました。


 ーーまぁ、関係ねぇか。


 でも結局ゴンは気にしませんでした。




 

 そうやって一年、二年と時は流れていきました。

 そして、数年の月日が流れました。


「ふぅ、今日はこんなところですかね」


 すっかりと老いたコンでしたが、毎日毎日ご飯を集めていたおかげか、身体は鍛えられてこの年でもまだ自分でご飯を集める事が出来ていました。


「あいたた、でも歳には勝てないですね」


 コンはいつものねぐらに帰ります。狭い穴の中ですが、一匹で過ごすコンにとってはそれでも快適なねぐらでした。


「もうそろそろ、自分でご飯を取るのも厳しいですかね」


 コンはゆっくりと唯一のぜいたくである、お気に入りのハンモックでゆらゆらと心地良く揺られます。


「おう、コン」


 そこに、年老いたゴンがやってきました。

 

「やあゴン。すっかり衰えましたね」

「うるせぇよ」


 その声には全く迫力がありません。


「なぁ、お前のご飯分けてくれねぇか?」

「どうしたんですか? あなたにはあなたの代りにご飯を取ってきてくれる仲間がいたじゃないですか」

「へっ。仲間だと? そんなの皆消えちまったよ。衰えた俺には、もうあいつらを動かせるようなおそろしさはひとつもねぇ」

「それで私のもとにですか」


 そこまで話すと、ゴンはぽろぽろと泣き始めました。

 

「今までご飯を自分で取った事もねぇ俺には、やり方なんて全くわからねぇ。それに今までぐーたらしてたから身体もろくに動かねぇ」


 コンはハンモックから下り、ゴンに近付きぽんとその肩に前足をおきました。


「そんな事だろうと思いましたよ」


 ついてきて下さいと言いながら、コンは穴の中にある小さな扉を開きました。


「これは……」


 ゴンは思わず目を見開きました。扉の先は、コンの部屋とは比べ物にならない広い空間があり、そこにはたくさんのご飯が保管されていました。


「もともとは自分のためですけどね。困ったらおたがいさまです。さ、食べてください」


 ゴンはおいおい泣きました。


「ありがとう……ほんとにありがとうよ。俺は、俺はずっと間違ってたんだ。おまえみたいに真面目に頑張ってりゃ、おまえにこうして迷惑かけることもなかったんだ」

「かまいませんよ。同じキツネじゃないですか」


 今まで別々に暮らしていたコンとゴンは、それから最後の時まで一緒に暮らしました。ゴンはこれまでの自分への反省とコンへの感謝を一時も忘れずに。コンはこれまでもくもくと自分の為だけに過ごしていたこれまでを振り返り、こうやって二匹で過ごす時間の大切さにしみじみと思いを巡らせながら、穏やかな最後を迎えました。













 最後に大切な事に気付いた二匹のキツネ達。

 

 ーーでも、本当にこれでよかったのか。


 ーーでも、本当にこれでよかったのでしょうか。


 心の内では二匹とも大切な事に気付けたからこそ、残った想いがありました。

 しかし、それを口にすることはありませんでした。


 その代わり。

 

 その想いは最後を終えて空に昇る最中、軌道を変えました。

 

 そして想いは、再び地上に戻ったのです。

 

 戻ったのは、想いだけではありませんでした。




 








「おお?」


 ゴンは自分の穴ぐらで寝ころびながら首を傾げました。


「おや?」


 コンはいつものようにご飯を集めながら首を傾げました。


 ーーなんだか。


 ーー変な感じですね。


 二匹はその正体に気付けません。でも何かがいつもと違う事だけは分かりました。


 ゴンは穴ぐらから外へ出ました。

 雪がしんしんと降り、眩しい太陽の光が森に降り注いでいます。


「おれは……」


 頭の中がなんだかぐるぐるします。その答えを見つけようとしましたが、やっぱり分かりません。


「ゴンさん」


 そんなふうに頭を悩ましていると、いつも威張って言う事を聞かせてきた小動物達が集まってきました。


「おう、どうした?」


 すると、みんな暗い顔をして顔を伏せます。


「す、すみません。全然食べ物が見つけられなくて……」


 小動物達はみな、すっかりゴンに怒られると思ってもうおびえています。

 

「ああ……そうか。かまわねえよ。いつもありがとう」


 おびえていた皆が一斉に顔を上げ、おどろいた顔でゴンを見ます。

 しかし何より、ゴン自身が一番おどろいていました。


 ーーおれは今何て言った?


 ありがとう。

 そんな言葉、今まで一度も言った事はなかった。

 

 やっぱり、おかしい。いつもだったら怒鳴り散らしていたはずだ。なのに今、そんな気持ちはかけらもなかった。

 かわりにあったのは、自分の為にご飯を探してくれていたみんなへの感謝と申し訳なさだった。


“ありがとう。ほんとにありがとうよ。俺は、俺はずっと間違ってたんだ。おまえみたいに真面目に頑張ってりゃ、おまえにこうして迷惑かけることもなかったんだ”


 その記憶はいつのものか分かりません。今まで生きてきた自分の時間の中では出会っていない言葉です。なぜだか頭の中にふとその言葉が浮かんできました。

 でもそこでゴンはようやく、この何だかわからない気持ちの答えが見えてきたような気がしました。

 

 ”ーーでも、そういえば……”


 ゴンは少し前の事を思い出しました。

 みんなが集めたご飯。コンが一匹で集めたご飯。


「おまえら、ついてこい!」


 ゴンは勢いよく走りだしました。 






 一方コンも同じくいつもと違う気持ちに頭をひねりっぱなしでした。一匹でもくもくとご飯を集める前足も、今日はなんだかはかどりません。


 何かが違う。

 その何かがはっきりとは分かりませんが、ただ漠然と今までの自分、そして今の自分が間違っているという気がしてならない、そんな気持ちでした。

 そしてとうとう、コンの足は止まってしまいました。

 

“もともとは自分のためですけどね。困ったらおたがいさまです。さ、食べましょう”


 不思議な感じでした。それは間違いなく自分の言葉でした。でもそんな言葉、今まで口にした記憶はどこにもありません。今ではなくどこかずっと先で言ったような、ありえない記憶でした。

 でもそのおかげでだんだんぼんやりと、もやもやの答えが分かったような気がしてきました。


 気付けばコンはご飯を探すのをやめ、ゴンの元へ駆け出していました。 

 今日はずっと不思議な感覚です。なんだか自分は前に一度、間違った選択をしてしまったという気がしてならない。

 でもそんなはずはありません。この先なんてまだ経験してるはずもないのに、未来を過去として何故かすでに知っているような感覚なのです。


 その未来では、コンは自分の事ばかり考えていました。

 コンはコン。ゴンはゴン。自分が豊かに穏やかに生きていければそれでいいと思っていました。

 

 その結果待っていた未来は、決して悪いものでもなく、穏やかで心地の良い終わりでした。


 でも、本当にそれで良かったのか。

 終わりの間際、そんなふうに思った記憶がある。

 そんな未来を、繰り返してはいけない。 


「おや」


 コンは足を止めました。何やらぞろぞろとこちらに向かって走ってくるものが見えました。


「ゴン?」

 

 先頭にゴンの姿が見えました。その後ろには、いつもゴンが従えている小動物達の姿がありました。

 ゴン達はコンの前で立ち止まりました。


「ここにいたか」

「どうしたんですか、皆せいぞろいで」


 ゴンは真っすぐコンを見ました。今まで見た事のない真剣な目をしていました。


「なんだか、よく分からねぇんだけどよ……」

「はい」

「今日はとても不思議な感じがするんだ。ずっと」

「同じくです。未来で私はあなたと一度終わりを迎えたようなのです」

「なんのイタズラなんだろうなこれは」


 二匹は自然と笑っていました。あまりにわけのわからない唐突な感覚とありえない記憶に突き動かされて、今二匹は再びここにいます。


「コン、お前に頼みがあるんだ」

「何ですか?」

「俺とこいつらに、お前の生き方を教えてやってほしいんだ」

「生き方を?」

「そうだ。お前は毎日毎日、サボる事なく真面目にご飯を集め蓄えている。こいつらに全てを任せて自分だけふんぞりかえってる俺とは大違いだ。それに、これだけの数で集めたご飯より、お前が一人で集めたご飯の方が多い。お前のやり方を皆が覚えたら、もっと皆の腹を満たしてやれるかもしれねぇ」


 コンは驚きました。今までのゴンでは絶対に考えられない言葉でした。

 自分だけではなく、皆を想っての言葉と行動。きっとそれは、コンと同じものを見たからこそ、ゴンも何か大切な事に気付けたのだろうと、コンは思いました。


「変わりましたねゴン。でも私も同じです」

「お前も?」

「私は、あなたが思うような立派なキツネではありません。一匹でたくさんご飯を集めるようになったのは、全て自分の為です。他の事なんて考えていませんでした。だから、どうやったらうまくたくさん集められるか、自分の為だけを考えた結果なんです」

「それでもたいしたもんだよ。お前は一匹だけで、自分だけじゃなくて動けなくなった俺の分まで含めて、最後まで困ることなく過ごせるほどの量を集めて分け与えてくれた」

「私だけではあんなにもいらなかったですからね」


 言いながらコンの心のもやはどんどん晴れていきました。

 自分の愚かさを言葉にしても、ゴンは全くバカにしませんでした。


「それを言うなら、あなただって大したものですよ」

「俺が?」

「私はずっと一匹でした。自分が動くという方法しか思いつかなかった。でもあなたは違う。やり方はどうあれ、自分ではなく周りを動かした。私には考えもしなかった事です」

「それこそ褒められた事じゃねぇよ」

「でも今あなたは変わった。皆の為にあなたは行動している」

「こいつらにはずいぶんと助けられたからな」


 ゴンは振り返り皆の方を見ます。

 今までゴンに怯えちぢこまっていた小動物達は、照れくさそうに、でも誇らしげにゴンを見ていました。


「私に出来ることなら、いくらでもしましょう」


 みんなが喜びとやる気にあふれた声を上げました。

 コンの胸には今まで感じたことのない温かさと高鳴りであふれていました。

 

 ーーこのために、きっと戻ってきたんだ。


「行きましょう!」


 コンは大きな声で叫びました。それにこたえて皆も叫びました。


 

 それからコンとゴン達は皆で過ごせる村をつくりました。

 そこでは助け合い、支え合うのが当たり前の世界。

 自分ではなく、皆のために。

 

「コン、ありがとうな」

「こちらこそ、ありがとうございます。ゴン」


 そして幸せな村の中で、二匹は今度こそ穏やかに最後の時を過ごしました。

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