幻想の果てに

第1話

 カーラ王国の王都は多数の種族が行きかい、発展した魔法によって様々な職があり、流通も盛んで王都に来ればありとあらゆるものが買える言われるほどの大きな街だ。


 そんな王都の中心から外れた住宅街に僕たち姉弟は住んでいた。


 「ただいま、体は大丈夫?」

 「ええ。今日は発作が起きなくて最高よ!」


 家に帰るとまず行うのが姉の容態の確認だ。近年魔法が急速に発展して、色々と便利になった反面、街に充満する濃すぎる魔力によって病気にかかる人が増えていた。

 姉もそのうちの一人である。


 「そんなに心配そうな顔をしないでよ。私は元気だから」


 二ッと笑みを浮かべる姉。心配のし過ぎが良くないのはわかっているが、唯一の家族である以上そればっかりはどうしようもない。しかし、病気の話題ばかりでは姉も気が滅入ると思い話を変える。


 「そっか。元気ならいいんだ。……っと、そうだ。おばちゃんに野菜を貰ったんだ。今日はこれでシチューでも作ろうかと思ってる」


 右手に持っている野菜の入った袋を姉の見える位置まで持ち上げる。


 「シチュー?……いいね!でも、これだけはお願い。最近は味の薄いものばかりだったから、味は濃い目にしてね?ね?」

 「……はぁ~。あまり期待はしないで」


 期待の眼差しを向けてくる姉に、そう返事をして野菜の入った袋を持ってキッチンへ。キッチンで野菜を袋から出し、まずは野菜の魔力濃度の確認をする。野菜も魔法の発展によって、魔法を何重にもかければ種を植えてからわずか数時間で収穫が可能になる。しかし、そういった野菜は魔力濃度が濃く、姉のように魔力に関連する病気に罹った者が食べると病気が悪化する恐れがある。


 「これは問題ない。……これは、止めとこう」


 貰った量がそれなりにあるが、全て魔力濃度を見ていく。少しでも魔力濃度が基準を超えたらそれは姉の料理には使えない。全部見終わると、使えそうなのは十五あった野菜のうちたった四つしかない。


 「結局これだけか……」


 最近は野菜の魔法栽培が急に広まっているせいで、使えるものがどんどん減っていっている。栽培が早く魔力に一定の耐性がある人からすればメリットしかない栽培方法だが、病気を患っている家族がいるとなれば話は別だ。


 とは言え、愚痴を言っていても仕方がないので調理に取り掛かる。調味料なんかも野菜などと同じで魔力濃度が高いと使えない。使えるものは少ないが、その中でどうにか工夫して味を付けていく。


 「野菜だけじゃなくて、肉を食べさせてあげたいんだけどなぁ」


 肉は野菜と違い、高級すぎて僕の稼ぎでは到底買えない代物だ。運よく買えても一月に一つだけ。それも値下げされた粗悪品だ。一度だけでもいいから姉に良い肉を食べさせてあげたい。


 クルクルとシチューを混ぜながら、理想の話を考える。叶うことがない理想の話を……。




 コンコンと僕は戸をノックする。


 「はーい、どうぞ」


 姉の返事が聞こえてから、ドアを開ける。……よかった。顔色も変わってないし、発作の形跡もない。姉は基本的にベットから動けない。だから、こうして部屋でベットの上で食事をする。


 「本当に今日は体調が良いみたいだね」

 「そう言ったでしょ?それよりも、ん~いい匂いだね。どう?味、濃くしてくれた?」

 「僕なりに頑張ったつもり」


 キラキラとした目で聞いてくる姉に対して、曖昧な返事をして姉のベットの隣に置いてある椅子に腰を下ろす。


 「その返事……。ま、いっか。折角愛しの弟が作ってくれた料理だし、不味かろうが完食してあげますよ」


 ジト目をした後、ふふんとドヤ顔をする姉。今日は本当に表情が豊かだ。ずっとこのままの状態でいて欲しいとつい思ってしまう。


 昨日は酷かった。発作が収まらずに血を吐くところまでいってしまった。あそこまで酷いのは半年に一度あるかないかの症状のだが、その発作が昨日は一日中続いた。

 幸いにも昨日は仕事が休みだったので付きっきりで看病できたが、もし姉一人だったらと思うと背筋が凍りそうになる。


 だから、ずっとこのままの穏やかな表情をする姉でいて欲しいと願ってしまう。


 「あーん。ん~!!」


 スプーンですくったスープを姉の口に入れる。ついこの前まで自力でスプーンを持っていた姉だが、最近は指に力が入らないらしくスプーンはおろか鉛筆さえ持てないらしい。どうにかトレーニングで筋力を落とさないように、気にかけてはいるけれど話を聞く限り明らかに筋力低下の速度のほうが早い。先生にどうすべきか明日聞いておこう。


 考え事をしながら、姉にスープを与えていく。気付けばスープは今のが最後の一口だった。僕は食べ終わった食器を片付けようと、立ち上がろうとした。


 「あ、あのさ……。もし私のこと邪魔になったら捨ていいからね?」


 これは……いつもの姉の弱音だ。それを聞いて姿勢を元に戻す僕。先生はそんなことないと言っていたが、この弱音は姉が自身の容体が悪くなっていることを理解してるからこそ、言っているのだと僕は考えている。


 「私は十分気にかけてもらったから。ちゃんと自分の人生を生きないとダメだよ」

 「生きてるよ。これが僕のしたい事なんだ」


 この一月で四回ほど僕たちは、この話をしている。何度弱音を言われようと僕の気持ちが変わることは絶対にない。


 「何回言っても、その返事なの?」

 「そうだよ。だって姉さんは僕の唯一の家族だから」

 「……バカ」


 姉の軽い罵倒を聞いた後、今度こそ僕は立ち上がり食器を持って姉さんの部屋から出た。




 次の日。


 配達の仕事、魔力測定の仕事、鑑定の手伝い、荷物の運送、王都郊外の安全確認を行った後、住宅街の入り口にある診療所に僕は入った。


 時刻は夕方。診療所には若い男女が数人と老人が二人、待合室の椅子に座っていた。その人たちを横目に僕は受付に足を進める。


 「はい、どうされまし……。少々お待ちください」


 デスクで探しものをしていたであろう医師が僕の顔を見ると、そう言葉を残して奥に引っ込んでいった。言われた通りに受付の横に立って待つ。


 少しして受付の奥から、見慣れた先生が出てきた。


 「待たせて悪かった。早速行こうか」

 「お願いします」


 この人は姉のかかりつけ医だ。普通なら診療所に来て先生に診てもらうのだが、姉が動けない以上先生に来てもらうしかないのだ。


 診療所から出てコツコツと早足で進む僕と先生。道中で姉の容体を先生に説明しながら家に向かう。しかし僕が説明を重ねる程、先生の顔が険しいものに変わっていく。それを見て僕は不安になる。昨日の元気な姉の容体を話してこの顔なのだ。もしかしたら僕が思っているよりも姉の容体は悪いのだろうか?


 「先生、姉は……」

 「見て見ないことには何とも」

 「ッッ……」


 説明が終わり、コツコツと歩く音だけが響く。もうじき家に着く。僕は「姉の容体が良くなっていますように」と、いもしない神に祈りながら歩くしか出来ることがなかった。


 

 

 

 


 

週一投稿で十話くらいの完結予定です。

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