21店目【クラーケンはゲソまで規格外 前編】

ロストワールドに流れついてから、二か月が過ぎた。

午前中にカシムと剣の稽古を行い、午後に街から離れ魔獣討伐を行う。

持ち帰った魔獣肉を食堂に提供し、街の人たちと共に飲んで食べる。


この生活も悪くない。

この街では住むところにも、食べる者にも困らないのだ。

時間はゆっくりと流れ、同じような会話をし、同じような生活を繰り返す。

ペリュトンにさえ近づかなければ、街の近くにはそれほど強い魔獣もおらず、命を危険にさらされることはない。


ただ一週間に一度、一時的な脱力感に襲われる。

それはほぼ毎週、決まった時間に現れる。

上手く伝えることができないが、力が奪われるような感覚だ。

カシムにこの現象のことを聞くと、どうやらダンジョンが僕らの力を吸い取っているというのだ。


それは、ここに住む全ての者に同様に行われる。

もちろん、カシムにもだ。

奪われるのはどうやら魔力らしい。

奪われる量は、個体によって違うとのことだ。

魔力が強い者は多く奪われ、少ない者は少量で済む。

いずれにしても、致命傷になる量は奪われない。

一日~数日で回復する量らしい。


どうやらここに住む人は、ダンジョンに飼われているようだ。

ここからは逃げることも出来ず、決まった時間に一定の魔力をダンジョンに提供する。

魔力はしばらくすると回復するので、一定期間を置いた後に再度ダンジョンに奪われてしまう。


上手いシステムを作ったものだ。

このままここにいると、一生飼い殺しにされる。

程よく住みやすいこの世界からは、ペリュトンの影響はあり逃げ出そうとする者はいない。

街の人たちもこのままではいけないと思っているようだが、危険を冒すより安楽な生活を選んだらしい。


もちろん、僕は彼らは否定できない。

僕自身もここの生活は悪くはないと思う。

ただ、僕には仲間がいる。

チャラ神様との使命がある。

どんなことをしてでも、元の世界に帰ってやる。


僕はいつものように訓練を終え、魔獣を討伐してきた。

カシムのくれた片刃剣は今ではすっかり僕に馴染んできた。

明日だ。明日僕はペリュトンと戦いに行く。

僕の胸はドキドキと高らかに加速する。

その音の激しさに、周りの人も聞こえないかと心配してしまう。

おそらく僕が戦った中でも最強の魔獣だろう。


練習相手としてコカトリス相手に特訓を重ねてきたが、その何倍も強いことが想像できる。

この時間が止まったロストワールドでも、命を失えば死んでしまう。

仲間に会えずに死んでしまうのは嫌だ。

なんとしても、ペリュトンを倒してしまわないと。


明日は僕の他に、カシムを始めとする数名がパーティとなる。

魔族の剣士カシム、獣人族の戦士ハーティ、人族の僧侶スザンヌ、エルフ族の魔導士ミレイヤだ。

彼らもロストワールドから抜け出すチャンスを伺っていたようだが、なかなかその機会がなかったらしい。誰もがペリュトンの強さを恐れ、ロストワールドの快適さに慣れてしまったからだ。


今回偶然とはいえ、ロストワールド最強の剣士であったカシムに勝った僕に期待しているらしい。

そのプレッシャーをひしひしと感じている。


「ミツル、眠れないのか?」


カシムが部屋に入ってきた。

どうやら眠れないのはカシムも同じようだ。

カシムの手には、ハーブティーの入ったカップが2つ用意されている。


「ああ、どうやらペリュトンのことを考えると、悪いイメージしか抱けなくてね」

「俺もさ。前回俺たちが戦った時は明らかに準備不足だった。だが今回は違う。ミツルやみんながいる。前回と同じようにはいかんさ」


カシムは僕にカップを手渡す。

優しいハーブの香りが、スーッと僕の気持ちを落ち着かせてくれる。


「ああ、カシムたちとならなんとかなりそうだ。でも、本当にいいのかい?カシムはこの世界の人々にとっては、リーダーみたいなものじゃないか」

「俺も迷宮レストランの主をしているというヘブンズに会いたいのさ。あいつが叶えた夢は、一体どんなものなのか見てみたい。ミツルが来るまではすっかり忘れていたがね」


カシムはハーブティを音もたてず、静かにすする。


「さあ、そろそろ寝よう。ミツル、明日は期待してるぜ」

「ああ、カシムもな」


カシムは僕に拳を合わせると、そのまま僕の部屋を後にした。



次の日、僕はカシムと簡単に朝食を食べた後、みんなの待ち合わせ場所へと向かった。

すでに全員揃っている。


「そろったな。さあ行こうぜ」


第一声は獣人のハーティだ。熊の獣人の彼は二メートルを軽く超す大男。

この世界ではカシムに次ぐ実力の持ち主で、前回もカシムと共にペリュトンと戦ったらしい。

帯剣をしてはいるが、剣を使うより素手での攻撃の方が得意らしい。戦士と言うより闘士と呼ぶ方がふさわしいだろう。


「ミツル、今日は期待してるわよ」


僧侶のスザンヌは僕と同じ人族だ。

なんでもチャラ神を信仰しているとのことで、彼女の彼の声を聞いたことがあるらしい。

チャラ神つながりで仲良くなった僕らは、お互いの連携技まで編み出している。


「ミツル、カシム、ハーティ、しっかりペリュトンを引きつけてね」


エルフのミレイユは、かつてA級の冒険者だったらしい。

三属性を操る凄腕魔導士で、それぞれの属性の上位魔法まで使用できるらしい。


「ああ、この剣に懸けて!」


僕は腰に下げた自分の剣を抜く真似をする。

僕の剣はこの街に住むドワーフの特注だ。

剣自体の丈夫さを追求する両刃剣とは違い、切れ味だけをとことん追求した。

極限まで軽く作られているため、丈夫さは両刃剣には劣るが、一発の攻撃力は両刃剣を遥かに凌駕する。


僕らはお互いに拳を合わせ、ペリュトンのいる扉の前へと向かった。




扉に近づくに連れ、魔素が濃くなっていくのを感じる。

魔素とは魔力の素になるエネルギー。

魔素の濃度が濃いエリアには、必ずと言ってもいいほど強い魔獣が存在する。

この魔素は、僕が今まで感じた中でも別格。

ラスボス級の敵が存在していることを意味している。


「ミツル、奴がペリュトンだ」


カシムが指さす方向に、巨大な鹿の化け物の姿が。

鹿と鷲の体を持つ魔獣が、扉の前で待ち構えているのだ。

その禍々しい姿は想像以上。恐ろしい反面、どこか神々しさすらも感じてしまう。


「ペリュトンは、攻撃もしくは扉に向かおうとしなければ襲ってはこない。しかし、俺らはお見合いに来たのではない」


カシムはそう言うと、剣を抜き両手でしっかりと構える。

それが合図に、僕らはそれぞれの武器を構えたのだ。


ペリュトンは僕らをギロッと睨むも、自分からは動こうとしない。

ただ、その凍りのように冷たい目で、僕らの動きをじっと見ている。


「行くぞ!」


カシムが剣を振り上げた瞬間に、閃光の如くブレスがカシムに向かって放出された。


ドーン!

カシムがいた場所に大爆発が起こり、少し遅れて地響きが生じる。


「カシム!」


僕が爆発のあった場所を振り返ると、そこにはすでにカシムの姿は無かった。

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