16店目「絶叫必至!?強烈マンゴドラ料理 後編」

「えっ、ミツルが行く店はマンゴドラ料理の店だったの!?……ごめんなさい、ちょっと用事を思い出したわ」


僕は逃げるように去ろうとするミトラの腕をむんずと掴む。


「まあまあせっかくここまで来たんだから」

「クッ」


そうこうしているうちに、僕たちはお店の前に立った。

お店の外観はこのエリアには不釣り合いなほど洗練されている。


地震がくれば倒れそうな古いレンガ造りの家々が並ぶこのエリアで、この店はまるで日本の料亭を彷彿するような木造のお洒落な造りだ。

京都の町屋を思わせる二階建ての建物で、屋根には瓦が使われている。

二階には漆喰で塗り固められた虫籠窓(むしこまど)が使われ、一階に使用されている木製の格子が美しい。


まるで場違いだ。

というより、ここまで純和風にこだわっているお店もこの世界では珍しい。


引き戸を開けて中に入ると、意外なほど明るい。

天井にはシャンデリアの代りに、木枠に和紙を貼った八間行灯(はちけんあんどん)がいくつも吊り下がっている。

壁にも行灯が掛けられており、店内をしっかりと照らしている。


お店はカウンター席が中心で、その他四人がけのテーブル席が二台。

カウンター席の奥では、和服姿の大将が和包丁で調理をしているところだ。

僕らの他にお客さんが二組の合計六人。

大声で話す者はいない。

このお店の雰囲気に合った、落ち着いた人たちばかりだ。


僕らもカウンター席に座る。


「いらっしゃいませ」


僕らが席に座ると同時に大将はおしぼりを渡してくれた。

この世界に来ておしぼりを渡されたのは初めてだ。

僕は恐縮すると共に、軽い興奮を覚えた。

おそらく彼も日本から来たのだろう。

白い調理帽から覗く黒髪は、この世界では珍しい。

この世界で日本式のサービスを行う彼は、僕には眩しく見えた。


「ねぇ、これってどう使うの?」


ミトラは僕におしぼりの使い方を聞いた。

僕らには普通のことなのだが、ミトラにとっては初めての体験だ。

僕はおしぼりの目的と使い方を説明する。


すると大将は僕も日本から来たということに気づいたようだ。

クールな大将の口元が若干緩んだのを見逃さなかった。


「お客様、お飲み物はこちらがよろしいのでは無いでしょうか?」


彼は僕が日本から来たということは口に出さず、絵付きのメニューを渡し、『神威』と書かれた日本酒を指さした。


おおっ、日本酒がある!

もちろん、それを頼むに決まっている。

でも、どうやって手に入れたのだろう?


「ああ、それを頼む。ミトラは何を飲む?」

「ミツルが選んだのってお酒よね?私、そんなの見たこと無いわ!」

「はい、こちらは東方から手に入れた貴重なお酒です。フルーティーな味わいなので飲みやすいですよ」

「わかったわ。それにするわ」


ミトラも僕と同じ日本酒を注文する。


まさか、日本酒まであるなんて。

これなら料理も期待できそうだ。


「料理はコースのみとなりますがよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」


マンゴドラ料理のコースってどんなのが出てくるんだろう。

ただ、ビジュアル的な不安要素は残る。


「まずは、こちらをどうぞ」


大将はこぼれんばかりのお酒を、おちょこ一杯に入れてくれた。

まずはグイッと一呑み。

くー、これよこれ。

この口当たりの良さがエールとは違う。


「このお酒、まろやかで美味しいね。ほっとする感じ」


ミトラも日本酒を気に入ってくれたようだ。

ただ、一体このお酒をどうやって仕入れているんだろう。


僕らがお酒について話していると、一品目が出来たようだ。


「こちらはマンゴドラと木の実の和え物です。梅肉がアクセントになっています」


出された料理はクリーム色の大根のようなものを薄く切り、砕いたクルミのようなものがまぶしてある。ところどころ見える赤いものは梅肉だろう。

この大根のようなものがマンゴドラだろう。

こうしてみると、大根にしか見えない。


「お箸にされますか、それともフォークをお出ししましょうか?」


箸まであるのはありがたい。

僕は箸を注文し、ミトラにはフォークをお願いした。


さっそく口に入れると、最初に梅の酸味の効いた優しいしょっぱさが口中に広がる。

その後にさっくりと噛み切れるマンゴドラの風味が続く。


「えっ」


大根の味を想像して僕は、その味わいの違いに驚いた。

あっさりした味を想像していたが、まるで正反対。

旨味が強く、力強い。

野菜の爽やかさと肉の旨味を足したような濃厚で複雑な味わいなのだ。


「マンゴドラ凄いでしょ?私もこの味を知ってからマンゴドラにぞっこんでして」


野菜と肉の味わいを足したような食材は今まで出会ったことがない。

この味わいはまさに衝撃的だ。


「続いてマンゴドラの薄造りになります。こちらの醤油をお使いください」


続いて出された料理は、和皿の柄が透けて見えるくらい薄く切ったマンゴドラの刺身。

真ん中に薬味が添えられている。


「ねぇ、ミツル。この黒いものにつけて食べるの?」

「ああ、これはショーユという他国のソースなんだ」


僕は早速一枚を取り、さっと一片だけ醤油をつける。

すると少しつけただけで、マンゴドラはしっかりと醤油を吸って黒く染まった。

口に入れると、先ほどの料理のシャキシャキ感は無く、代りに魚の刺身を食べているようなクニュクニュとした感触だ。

その後押し寄せてくる旨味のシャワー。

今度は肉と言うよりも高級魚を食べているような錯覚に陥ってしまう。


「面白いでしょ?調理法自体で味わいが全然変わるんです」


大将は驚いている僕を見ながら、にこやかに話す。

そして、僕は日本酒をグイッと飲み干した。

これは、日本酒とベストマッチだ!

マンゴドラが日本酒の味を何倍にも高めてくれる。


ミトラを見ると、すっかり気に入ったようだ。

ニコニコと笑みを浮かべながら、無言で食べ続けている。


「続いては椀物ですね。マンゴドラ真薯(シンジョ)のお吸い物です。」


店主は綺麗な漆塗りの椀を僕たちの前に置いた。

蓋を開けると、和風の出汁の優しい香りが僕の鼻を優しく刺激する。


丸く形どられたクリーム色の真薯が、漆椀内側の赤色と対比して非常に美しく見える。

椀に添えられた緑色の木の芽と、黄色の果物の皮がさらに美しさを引き立てる。


「綺麗……」


思わずミトラも食べずに見とれている。

この見た目の美しさも、椀物には重要な要素だ。


もちろん見ているだけではもったいない。

まずはその出汁をすすってみる。


旨い。

この世界では珍しい魚介系の出汁。

京料理を思わせる薄い味わいの醤油の風味がなんとも心地よい。

今度は真薯を食べてみよう。


真薯は箸でほろりと崩れ、口に入れるとふんわりとした食感だ。

薄造りほど濃厚な味わいではなく、むしろ出汁の味を引き立てている。

今回はマンゴドラは主役というよりも、椀種の一つとしてその主張を抑えているようだ。


「今度は焼き物になりますが、表面と裏面のどちらを希望しますか?」


敢えて聞くということは、見た目的に問題があるのだろう。


「どちらの方がおすすめなんだ?」

「そうですね、どちらも良さがありますが、マンゴドラ料理を堪能したい人には表面をおすすめしています」


表面は顔が見えると言うことなんだろう。

確かに見た目的には難がありそうだ。


「僕は表面を頼む。ミトラは?」

「私は裏面をお願い。顔なんて見たら夢に見そうだわ」

「承知しました。それでは焼きに入ります」


大将が準備をしている間、今後のスケジュールについて話す。

僕らのパーティ『虎の牙』はDランクながらも依頼が多い。

ソロでも活動することが多いので、メンバー全員が集まることは以前よりは減っていた。


「またみんなで一緒に冒険したいわね」

「来週くらいみんなでギルドに集まらないか?」

「そうね。一度集まって今後について話をするのがいいわ」

「お待たせしました。焼き物ができました」


香ばしい香りがして僕らの前に、長皿に乗ったマンゴドラが出された。


「マンゴドラの西京焼きです」


うっ。

見た目がヤバい。

僕の前に出てきたのは、マンゴドラの真正面の切り身。

目は閉じられているが、鼻と口はかなりリアルでグロテスクだ。

ミトラの皿を見ると、どうやらマンゴドラの後ろ姿だ。

おしりの部分がぷりんと盛り上がっている。

どちらの皿にも黒く細長い物が添えられている。


「見た目はアレですが、顔の部分が一番美味しいんです」


そうは言うけど、やっぱり気持ちが悪い。

僕はマンゴドラの胴の部分から食べ始めた。


あっ美味しい。

西京焼きの味噌風味とマンゴドラ自体の力強い旨味がしっかりとマッチしている。

しかも食べる部位によって甘味が強くなったり、辛みが出たりとその多様性に驚いてしまう。


魚にも顔がついているじゃないか。

食べられないはずがない。

僕は意を決してマンゴドラの顔の部分に箸を伸ばす。

箸を入れるとスッと身がほぐれ、僕が取ったところの顔はいびつな形となる。

当たり前のことであるも、なかなか僕にはレベルが高い。


これは旨い。

見た目のグロテスクさとは裏腹に、マンゴドラの顔の味は格別だった。

甘味と旨味が凝縮しており、一口だけでも満足してしまうような濃厚な味わいだ。

他の部位よりもクニュクニュとした食感はやや気になるが、確かに一度食べるとクセになりそうな味わいだ。


「大将、この黒いものは何だ?」


僕は焼き物の隣に添えられている黒く細長い物について聞いてみた。


「それはマンゴドラの声帯です。お酒に合う珍味なんです」


声帯!?

そういや抜かれた時に叫び声をあげるって聞くな。

ここからその声を出しているんだ。


僕は声帯を口にする。

クニュクニュとした食感と、しょっぱいくらいの塩味だ。

塩辛のようにたっぷりの潮とお酒で漬けこんでいるらしい。

確かに面白い味わいだ。

これはお酒が欲しくなる。


「こちらはマンゴドラの天ぷらになります」


まだまだマンゴドラ料理は続く。

僕はミトラと共にこの不思議な料理を心行くまで満喫した。


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