11店目「異世界でもバーはお洒落 後編」

「ミツルさん、あなたはこの世界の人じゃないでしょ?」

「えっ?」


モルジーの突然の発言に驚きを隠せない。

マスターのヘラルドがちらっと僕の方を見た。


「いえ、ミツルさんと接しているとそうとしか思えなくて。ミツルさんの服装や言動が私たちのものと大きくかけ離れていますしね」


まぁ、確かに。

僕もこの世界に来てまだ半月も経ってないしね。


「この世界には異世界から訪れる人も多いんです。冒険者ギルド長もそうですしね。どうやら神様に召還されるのだとか」


確かに僕もこの短い期間で、日本から来た人たち数人と出会った。

そういやどのくらいいるんだろう?

結構いるような気がする。


異世界(日本)から来たことを隠す必要はあるのだろうか?

面倒なことになりそうだから、黙っておく方が得策だけど。

ただ、モルジーさんには伝えておいた方が良い気がする。


「お察しの通り、僕はこの世界の人間ではない」

「おお、やはり」


モルジーの表情からは僕を差別しようとか、非難しようといったものは感じられない。

子供のように好奇心に満ちた目で、僕を真っすぐに見ている。


「そうじゃないかと思っていました。どうも異世界から来た人は、何らかのマジックアイテムを授けられるようですしね」


あっ、そうなんだ。

確かにかなり便利ではあるけれど。

僕はチビリとお酒を口にする。


「ミツルさんは、神様にお会いになったのですか?どのようなお姿でした?何か使命を授けられたのですか?」

「あっ、いや……」


モルジーは矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

どうやらとても興味があるらしい。

ただ、どこまで言ってもいいものか。


「モルジーさん、バーで神様のことを聞くのはよくねぇなぁ。みんなそれぞれに信仰があるからよ」


ここでヘラルドが助け舟を入れてくれる。

確かに他のお客さんがいる前で、チャラ神のことは語るべきではないだろう。


「あっ、そうでした。そうでした。すいませんミツルさん、ヘラルド」


モルジーはふと我に返り、頭を下げる。


「それよりも何か注文してくれないかな。2人もグラスがもう空いているみたいだしな」


ヘラルドは僕たちのグラスを指さす。

美味しいお酒だったので、あっという間に飲んでしまった。


「ああ、そうですね。ミツルさん、次はどうします?私は少し軽いものを飲もうかと思うのですが」

「じゃあ僕にも同じものを」

「分かりました。それでは『ニポンシュ』にしましょう。ヘラルド、ニポンシュを2つよろしく」


えっ、日本酒?

まさかね。


ヘラルドはカウンターの下から陶器で作られた小型のカメを取り出し、新たに用意した2つのグラスになみなみとつぎはじめた。


透明の液体がグラスを満たす。

グラスから香る匂いも、日本酒そのものだ。


ヘラルドは僕たちにグラスを差し出す。


「これは最近この街にも出回るようになった新しい酒だ。何の色もついてないって変わってるだろ?」


グラスを持ち上げると、ふくよかでつきたてのお持ちのような香りが広がる。

間違いなくこれは日本酒だ。

この世界で日本酒を作っている者がいるのだ。


口に含むとコクのあるまろやかな甘味と、ほどよい苦みを感じる。

これは純米酒だな。

味わいがしっかりしていてバランスも良いので、どんな料理にも合うだろう。


このお酒を作ったのは間違いなく転移した日本人だろう。

もしかして、異世界で日本のものを作っている人たちって、儲けるためじゃなく祖国の味を懐かしがっているだけなんじゃ?


僕は『この世界の料理店を食レポで盛り上げてほしい』という使命を、チャラ神様から受けている。

そのため、異世界人が出しているお店は敬遠してきた。

でも、それは間違いかもしれない。

お互いの良い所を見つけていくことが、本当は必要なんじゃないだろうか?


「ミツルさん、このお酒はそのままで飲むより、これを食べながら飲むといいですよ」


モルジーは僕にお皿に乗ったおつまみのような物を差し出した。

たっぷり塩が振られた、黒っぽい小さな物体。

どうやら手で食べるようだ。


クニュ。

ナッツかと思った矢先、食感が違う。

独特の噛み応えと、燻製の香り。

強めの塩味の後に、口の中に広がる磯の香。

これは貝だ。燻製にされた貝なんだ。


しっかりと旨味の詰まった貝の燻製は、日本酒にはピッタリだ。

その見事な一体感に、僕の手は止まらない。


「ちょ、ちょっとミツルさん。私の分も残して置いてくださいよ」


モルジーも日本酒を口にしながら、貝の燻製に手を伸ばす。


僕たちは談笑しながら、夜遅くまで飲み明かしたのだった。

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