10店目「教会で食べるチーズ料理 後編」

「ミツルさん、ここで食事にしましょう」


モルジーが指さしたところは、おとぎ話に出てきそうな可愛い町教会のような建物だ。

クリーム色にペイントされた外壁と、小さなステンドグラスの窓、にょっきりと突き抜ける尖塔からは大きな鐘のようなものが見える。


「ここは昔の教会を改修したお店なんですよ」


この世界にはいくつもの宗教が存在する。

唯一神であるヒプノスを初めとして、豊穣の女神と呼ばれるアルテディアナ、僕を転移させたチャラ神様や数々の精霊神たち。

このウメーディは他国からの移民や難民を積極的に受け入れているので、多種多様な宗教施設も存在している。

しかしながら、宗教間でほとんど揉めることはないのは、ウメーディの領主による様々な政策によるものだろう。


『マルチ-ナショナリズム』

他国の文化を受け入れ自国に積極的に導入する柔軟さは、他の領主たちも教えを請いにくるほどだ。


もちろん、まったく宗教間のいざこざが無いわけではない。ただ、あまりにも軽微なことが多いので大きな問題として取り上げられていないようだ。


ともかくお店の外観はとてもお洒落で、ここなら間違いなく美味しいものを食べさせてくれるだろうとある種の安心感すら覚える。


「さあ、参りましょう」


モルジーが率先して僕をお店の中に案内をする。

お店は可愛い外観とは裏腹に、古典的で雰囲気のある内装だ。

天井から吊り下がっている大きなシャンデリアは1つだけで、その代り沢山の燭台が置かれている。

沢山のロウソクの明かりで照らされた店内は、明るすぎず暗すぎず、はっきりと周りを確認できる。


「モルジー様、いらっしゃいませ」


僧侶風の衣装を着た女性2人が、モルジーに深々とお辞儀をする。

恐らくモルジーはこの店の常連なのだろう。

モルジーは慣れた様子で、座席に対する注文をしていた。


5分ほど待った後、僕らは一番奥にある左右のステンドグラスに囲まれた席に案内された。

がっしりとした木製のテーブルに、真っ白なテーブルクロスがかかっている。

テーブルの中央には太めのロウソクが一本、燭台の上でオレンジの灯りを灯している。


この席はおそらくVIP席だろう。

まるで大勢の信徒たちが集まるミサの中で神父が説教(背峰)を行うかのように、僕らの席はお店全体を見渡せるのだ。

これだけで凄い贅沢を味わった気になってしまう。


料理はすべてモルジーさんが注文をした。

なんでもこのお店の名物料理があるとのことだ。


ほどなくして食前酒の白ワインが運ばれてきた。


「ギルスラーク(幸運を我らに)」


僕らはワインをその場で掲げる。

どうやら、この世界の乾杯の儀らしい。

僕はグラスを口に運ぶ。


あーうまい。

はっきりとした香りのワインで、薔薇やライチのような華やかなアロマが鼻腔をくすぐる。

続いて軽い苦みのある爽やかな味わいで、酸味はやや少なめだ。

一瞬で気分を明るくしてくれ、料理が待ち遠しくなる。


「今回も娘を助けて頂き、ありがとうございました」


ワインを楽しむ僕に深々とモルジーが頭を下げる。


「敵に襲われて意識を失ったそうで、ミツルさんが助けに駆けつけないと危ない状態だったと聞きました」


ミトラから今回のクエストの一部始終を聞いたのだろう。

それで今回、僕をご飯に誘ったのだろう。


「いえ、僕も咄嗟でしたから。実はあまりよく覚えていないんです」

「それでも助けていただいたことには代りはありません。本当にありがとうございました」

「あ、いえ、頭を上げてください」


周りの客はそんなモルジーの様子を気にすることもなく、自分たちの食事を楽しんでいる。

そこへ、先ほどの僧侶風の衣装を着た給仕が料理を運んできた。


モルジーはゆっくり頭を上げ、僕に軽くウインクをする。


「さっ、料理を楽しみましょう」


コトン。

僕の目の前に出されたのは、白いパスタ皿にどろっとしたソースがたっぷりと盛られた料理だ。

ニョッキのように丸くこねられた緑色の塊のようなものが、この料理の主役なのだろう。

ふわっと香ばしいチーズの香りが、僕の食欲を何倍にも増大させる。


「これはシェフの国の伝統料理なんですよ」


モルジーが給仕の代りに説明する。


「シェフは別の大陸から来た料理人で、数年前にこの教会を買い取ったのです」

「へぇー、シェフも思い立ったね」

「もともと彼自身もヒプノス教の司祭もしていて、布教目的もあったようですよ」

「じゃあ、その費用は教会本部が補助してくれたんだ?」

「いえ、そこは私が出資しました。彼自身野心も才能もあったので投資に値すると判断しました。予想以上に儲かりましたけどね」


高らかかに笑うモルジー。

こういうところが彼の魅力かもしれない。


「ささ、料理を食べましょう。冷めてしまいますよ」


そうだった。

僕は料理に向き直り、さっそくスプーンでまずはソースの部分をすくう。

粘りのあるドロっとしたソースは、チーズの部分に焦げ目がついている。

チーズの焦げた香りと青カビ特有の深い香りが、香ばしさと共にソースの濃厚さと奥深さを物語っているようだ。


初めの一口は、しっかりとした塩味と共にピリッとした辛味を感じる。

その後にクリームソースの甘さとコク、チーズの旨味が口中に広がった。

このチーズは僕が今まで食べたチーズの味わいではない。

一体何の乳から作っているんだろう?


「ふふ、さすがミツルさん。早速このチーズに惹かれましたね」

「このチーズの原料は何なのだ?」

「これはフォレストブルの初乳で作られたチーズなんです。もともと旨味の濃いチーズなんですが、初乳はさらに雑味が一切ありません。純粋なチーズの味わいを楽しむなら一番かもしれません」


確かにうまい。

チーズ本来の旨味というか、純粋さすら感じてしまう。


「具材も楽しんでください。こちら小麦粉を丸めただけなのですが、このソースに合いますよ」


この料理に具材は小さく丸められたパスタのようなものだけ。

イタリア家庭料理のニョッキにも似ているが。


プニプニと柔らかい。

まるで作りたてのパン生地のように柔らかいが、弾力もしっかりとある。

確かに小麦粉を丸めただけという表現は正しいのかもしれない。

早速たっぷりとソースを絡めて口に運んだ。


プシュッ!じゅわぁぁ

「あ、熱っ!」


ニョッキのようなものを噛み切ると、中から少量のスープが飛び出した。

肉汁をしっかり含んだスープが、まるで小籠包のように飛び出してきたのだ。

意表を疲れた僕は、その熱さに思わず声をあげてしまった。


そんな僕を見て、ニヤッと笑うモルジー。

これは確信犯だろう。


スープが飛び出たことには驚いたが、このチーズたっぷりのソースとニョッキ風の小籠包?小籠包風のニョッキ?の組み合わせは面白い。

まさか、こんな味わいになるとは思わなかった。


「モルジーさん、この料理は?」

「これはロマンチカという料理です。

小麦粉で練った生地の中にフォレストブルを煮込んで取ったスープを詰込み、チーズを絡めたソースをかけて食べるというヨーポピア大陸南部の伝統料理ですね」

「意表を突かれたが旨い」

「初めて食べる人はみんなミツルさんのようにビックリされますよ」


意外にもスープとチーズのソースがよく合う。

どちらも同じフォレストブルからとったものだからか、この一体感は感動的だ。

また、食前酒のワインともよく合う。

確かにこの料理なら、赤よりも白ワインだろう。


僕のスプーンは止まらない、ハフハフと言いながら夢中で食べ続ける。


「ミツルさん、食べながらで結構です。さっきの話ですがミトラの件ありがとうございました。あの子は5人兄弟の末っ子で甘やかして育ててきたもので、ご迷惑ばかりをおかけしているんじゃ無いでしょうか?」

「ハフハフ(そんなことはない)。モグモグ(ミトラがうまくまとめてくれるので、僕らは助かっているんだ)」

「そうですか。それなら親としては嬉しいのですが」


よく僕が話していることが分かったな……。


「ミトラは小さい頃から商売よりも、剣術や魔法の方に興味があったので心配はしてたんです。まさか本当に冒険者になるとは思ってもいませんでした」

「ミトラは商売の方は向いていなかったのか?」

「いえ、あの子は商売の方にも才能がありました。いずれは私の支店の一つを任せたいと思っていたんですがね」


モルジーはロマンチカを頬張りながら、ハァーと大きなため息をついた。

確かに親として危険な冒険者になることは心配なのだろう。

でも、ミトラも苦労してようやく冒険者になれたのだ。

その道を諦めさせてしまうことなんて出来ない。

僕は急に責任を感じてしまう。


「モルジーさん、ミトラは僕が必ず守ります!」

「はい、ミツルさんなら安心です。ミトラをよろしくお願いいたします」


僕らは再度ワインを注文し、ミトラを肴に大いに盛り上がったのだった。



「ミツルさん、もう一軒お付き合い願えますか?」


食事を終えた僕に、モルジーは2軒目の提案をしてきた。

もちろん、断る理由なんてない。

僕が頷くと、モルジーはぱぁっと笑顔になる。


「ありがとうございます。あっ、ここは私がお支払いしますね」


モルジーは会計を済ませた後、別の店へ向かって歩き出した。

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