9店目「高級料理店で食べるウサギ料理 後編」

僕たち四人はギルド長に言われるまま、『ビースト』と呼ばれるお店へと向かった。

お店はギルドからほど近い、大通り沿いにあるようだ。

実はかなりの有名店で、わざわざこの店で食事をするために他国から貴族たちも訪れるらしい。


今回の報酬の一部として、ギルド長よりお店に連絡を入れてくれたようだ。

どうやら常連の客からの推薦が無いと、お店に入ることすらできないらしい。


お店は街の観光名所となるくらいの独特の風貌。

三角屋根のゴシック様式風の建物で、まるでタウンホールを思わせる重厚な造りだ。


お店の中は意外にも明るい。

それもそのはず、三階まで続くような吹き抜け式の高い天井からは無数のシャンデリアが吊り下がっている。

二十台以上あるテーブル席ごとに、ローソクが供えられ幻想的な明かりを灯している。

この世界では珍しいガラス製の大窓が設置され、高級そうな赤いカーテンが吊るされている。


おそらく客も貴族や商人ばかりなのだろう。

着ているものもみな高級そうだ。


「ミツル様でよろしかったでしょうか?ギルド長からお聞きした通りのお召しものですね」


僕に一人の男性スタッフが声をかけてきた。

歳は四十歳くらいだろうか?

その上品な佇まいは、ウエイターというより執事のように見える。


「本日お席を担当させていただく、セバスと申します。本日はよろしくお願いいたします。それではお席までご案内いたしますので、こちらにお越しください」


セバスと名乗る者は、僕たちを螺旋階段を登り2階へと案内した。

二階席は全て個室のみとなっており、服装の場違い感もここでは目立つことはないだろう。

個室には四人掛けのテーブル席一1台。

テーブルの真ん中には銀の燭台が配置され、三本のロウソクの火が揺らめいている。

調度品もどれもが高級感にあふれ、ついついかしこまってしまう。


「ミツル様、角ウサギをお出しください。本日は角ウサギの料理を仰せつかっております」


えっ、今から作るの?

僕は言われるがままカバンから4体の角ウサギを取り出し、セバスに手渡した。


「確かにお受け取りいたしました。それではしばしご歓談をお楽しみくださいませ」


セバスは深々と一礼し、個室を後にした。


「なぁ、俺たち浮いてねぇか?」


セリナが動揺した面持ちで話す。


「そのための個室なんだろう。お店側の配慮ってやつさ」


冷静を装うアインツだったが、落ち着きなく何度も足を組み替える。

僕も彼らと同様だ。

意味もなく手遊びを行ってしまう。


一方ミトラだけが冷静だ。

しっかりと腰を起こして座り、緊張している様子すら感じない。


「食前酒でございます」


緊張を隠せない僕たちの前に、セバスがすっと部屋に入ってきた。

彼は僕らの前にガラス製のグラスを置き、なみなみと透明のお酒を注いだ。


「こちらは甘さを控えめにした、ハニービーというお酒でございます、白ワインによく似たすっきりとした味わいが特徴です」


グラスから柔らかく甘い香りが漂ってくる。

匂いは蜂蜜のお酒、ミードに似ている。


僕は早速グラスに口を付ける。

確かにすっきりとして飲みやすい。

鼻に抜ける薔薇のような香りは、加えたハーブなのだろう。


「おっ、うめぇ」

「これは上品な味だな」

「うん、美味しいね」


次々とメンバーの感想が飛び出す。

どうやらお酒を飲んで、少し緊張感が溶けたようだ。

ようやくメンバーの顔に笑顔が見られるようになった。


「なぁトラ顔の旦那、俺たち考えたことがあってよ」


お酒をくいっと飲み干しながら、セリナが話し始める。


「俺たち、このままパーティを組まないか?今回の件で自分の未熟さを痛感したんだ。それに旦那と一緒にもっと冒険がしたいんだ」


アインツもこくんと頷く。


「僕は別に構わないが、セリナたちの方がランクも経験が上だろう?僕たちの方が足手まといになるんじゃないか?」

「いや、今回旦那がいなかったら、クエストすら達成出来なかった。こうしていられるのも旦那のおかげだ」


うーん。

僕のおかげというよりも、マジックアイテムのおかげなんだけどな。

僕自身は何も出来ていない。


「ミトラはどう思う?」

「私?私もセリナやアインツと旅が出来れば楽しいとは思うけど……でも問題は私の方かな。」

「えっ、それはどういう……」


僕が質問しようとする前に、セバスが新しい料理を持って部屋に入ってきた。


「こちらは角ウサギの冷製ぺ―ストでございます。こちらのパンに薄くのばしてお召し上がりください」


えっ、冷製ペーストってリエットのことでしょ?

リエットとは半日ほど下味を漬けた具材を鍋で炒めた後、ワインで煮込み、具材をペースト状にまでつぶした後にしっかり冷やすという料理である。

この店に来てからわずか30分足らずで完成できる料理ではない。


パンはオートミールと一緒に焼いたハード系のパンのようだ。

確かにこのパンにつけて食べると美味しそうだ。


「うめぇ、これほんとに角ウサギか?」


初めて食べるであろう料理に物怖じなく手を伸ばすセリナは、この思いきりの良さが魅力だろう。

すごい早さでセリナの皿から料理が無くなっていく。


僕も食べてみる。

日本にいる時は豚のリエットは食べたことがあったが、この深い味わいは豚の味わいを軽く凌駕している。

ジビエ特有の野生の力強さだろうか。

とにかく肉自体の味が濃く、甘味が強い。

確かにこの味わいは普通の白パンでは太刀打ちできないだろう。

黒パンの酸味が味わいにアクセントをつけているようだ。

一度食べ始めると止まらない。

僕たちはあっという間に前菜を食べてしまった。


「でね、ミツル。私はこのままじゃダメだって思うの」


ミトラが先ほど言いかけたことに、話を戻す。


「私のスキルや能力って、索敵や鑑定っていった戦いの補助をするものばかりでしょ。しかもその能力もミツルの方がずっとすごいの」


どうやらミトラは先の戦いで、役に立たなかったのだと思っているらしい。

一度命を失いそうになったことが、ミトラの自信を喪失させたようだ。


「私にはセリナのような戦える力も、アインツのような守る力もない。私に出来ることはこのパーティでは何もないのよ」


ミトラの瞳から涙がこぼれる。

僕はどう声をかけたらいいか分からず、言葉もうまくまとまらない。


「ミトラ、僕は……」


そう言いかけた途端に、セバスが料理を持って現れた。


「マドモアゼル、涙なんてこの料理を食べるとたちどころに吹き飛びますよ」


セバスはミトラへ先に料理を運び、続いて僕たちの元へと配膳した。

その後に、グラスにレンガ色に熟成されたの赤ワインを注いでくれる。


「本日のメインディッシュの、角ウサギのワイン煮込みでございます。お皿が大変お熱くなっていますのでご注意くださいませ」


またしても調理時間の必要な料理が提供された。

ワイン煮込みを一から作るとなると、いくら頑張っても半日以上はかかる。

しかし、料理を見ると明らかにしっかりと煮込まれている。

中途半端に煮込まれたものではないと、ウサギ肉の照り具合がそれを物語っている。


「これはすでに作り置きしていたものなのか?この料理がこれほど早く作れるとは思えないのだが?」


僕はたまらずセバスに質問する。


「これはお客様、お目が高い。確かかに通常通りであればこれほど早く作ることは敵わないでしょう」

「じゃあどうやって?」

「魔法でございます。具体的な方法はお教えすることは出来かねますが、当店の料理人が用いているのは料理に特化した魔法にございます」

「魔法……」

「さようでございます。魔法を用いることで、通常では考えられないような料理に生まれ変わることができるのです」

「なるほど……」


そういやスライム料理専門店の店主も魔法を用いると言っていた。

おそらくここの料理人は、圧力鍋のように調理する鍋の気圧を変化させる魔法を使用しているのかもしれない。


「それでは後ほどデザートをお持ちいたします」


セバスは僕たちに一礼をして、部屋を後にした。


僕はシチューをスプーンですくってみる。

赤ワイン煮特有の深いコクのある色合い。

プルーンに似た紫っぽい色の乾燥果物も、ウサギ肉と一緒に煮込まれているようだ。

香りは上品、赤ワインの複雑なアロマが僕の鼻腔を刺激する。


それではソースを一口。

これは旨い。このソースだけでも料理として成立しそうな複雑な味わいだ。

野菜がしっかりと溶け込んでいるようで、ワインの深い国の中にも優しい甘味を感じる。

そこへ香辛料とハーブの多重攻撃。

様々な種類のハーブが見事なハーモニーとなって、口中に様々なアクセントを与えてくれる。

初めて食べる味わいだが、どこか懐かしいような気持ちにさせてくれるのには驚きだ。


そして角ウサギ肉との相性だ。

ややあっさりめの角ウサギの肉が、このソースと一体になることでさらなる表情を見せてくれる。

角ウサギ肉は柔らかく、口の中で溶けるように消えていく。

口の中に残るのは、その旨味。

角ウサギの料理を色々と食べてきたが、このような上品な味わいは初めてだ。

ワインを一口飲むと、こちらも見事なマリアージュ。

まるで全てが計算されたアートのように、付け入る隙がないくらいに完璧な味わいなのだ。


無言で食べ続ける僕たち。

すでに僕たちには、この料理のことしか見えていないかのようだ。


完食。

僕らはしばらくの間、料理の余韻を楽しんでいた。

旨かった。

それくらいしか感想が出ない。

この料理について、あれこれ語る舌を僕は持ち合わせていないだろう。


ミトラの方を見ると、ミトラも満足そうな表情だ。

ミトラも僕の方を見て、ニコッと微笑む。


「ミツル、私も頑張ってみる。足手まといになるかもだけど、何ができるか分からないけど、私に出来そうなこと見つけてみるね」


ミトラは僕にウインクをして見せる。

どうやらミトラの悩みも自分の中で解決できたようだ。

これからもよろしく、ミトラ。

そして、セリナ、アインツ。


「デザートをお持ちしました」


ベストなタイミングでセバスが部屋に入ってくる。

どうやら彼もただものではないようだ。

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