4店目「異世界風ロールキャベツ!?宿屋の食堂 後編」

僕の部屋は二階の突き当りのようだ。

ベッドに机、収納棚とごくシンプルな環境だ。

広さは十畳ほどだろうか?

日本でワンルームマンションで生活していた僕にとっては、十分広く感じる。

壁には小さい小窓がいくつもあり、動物の皮で覆っている。

一階に比べ明るく、昼間ならランプを灯さなくても十分生活できるだろう。


夕食の時間は18時らしい。

一階の食堂で用意されるとのことだ。


スマホを確認すると現在16時半、食事まで少し時間がある。

僕は2軒分の食レポを思い出しながら書くことにした。


本日一軒目は『エルフのお店』。

エルフが運営しているファンタジー要素たっぷりのお店だ。

お皿にたっぷり盛り付けられた巨大な豆が、僕の目の前でスープへと姿を変えたのだ。

アトラクションとしても最高。正直ビビった。

しかし、派手な演出に反して、料理の味は繊細そのもの。

枝豆の苦みと甘味、鶏ガラスープのコク、ミルクの甘味が見事に一体化されていた。


ビックリしたのは味だけではない。

それまで苦しんでいた二日酔いの頭痛が、きれいさっぱり消えてしまったのだ。

しかも、注文なんて取られていない。

お店に来た僕たちを見て、店員が僕たちにピッタリの料理を選んでくれた。

一体どこで判断したのだろう。

なんとも不思議なお店だった。


二軒目は『男の麺料理』。

実は転移者であったギルド長に連れられて来た小さなお店。

一体何が男の料理なんだろうと思っていた僕の前に出たのは、ラーメン風の麺料理。

スープは白っぽく濁っており、磯の濃厚な香りが漂ってきた。

スープは貝のエキスがぎゅっと濃縮されており、干しエビや発酵させた調味料でアクセントをつけている。

これだけでも十分旨いが、麺を一緒にすすることで男の麺料理が完成する。


麺の具材はなんとイソギンチャクの触手。

誰も食べることのないだろう生物を、麺として応用しているのだ。

しかもその触感と味わいが、今まで食べたラーメンの常識を覆す!

独特な触感の麺を噛み切ると、溢れんばかりのスープが麺の中から溢れてくるのだ。

その磯の味がものすごい!

スープに加え、麺から溢れる磯の風味が僕をトリップさせてくれた。


ガツーンとくるパンチの効いた味わいは、正に海の料理!

船上で食べる漁師料理を一度に大量に味わった気分だ。

確かにこれは「男の麺料理」だろう。

ぜひともこの感動を世界の人たちにも伝えたい。


僕は回想をしながら食レポをどんどん書き進めていく。

一度集中すると時間を忘れて書き続ける癖があり、いつの間にか辺りは暗くなっていった。


18時前にはなんとか書き終わり、アプリから原稿を送信した。

これで合計三軒分の食レポは終了した。

今から四軒目になるであろう、夕食を食べに一階の食堂へ向かう。




食堂ではすでに何組かのお客さんが食事をしていた。

さほど広くはないホールにテーブルが十台ほど。

各テーブルには椅子が4脚用意されているため、テーブル間の距離は狭い。

すでにテーブルの残りは後二台。

全く気付かなかったが、かなりの宿泊客がいるようだ。


「ミツルさん、こんばんは!」


さきほど部屋に案内してくれたナタリーだ。

どうやら給仕も兼任しているらしい。


「大盛況だな。いつもこうなの?」

「はい、でも全員が宿泊客って訳じゃなくて、料理だけ食べに来るお客さんもいるんですよ」


どうやら食堂は一般開放しているらしい。

それだけ料理に自信があるのだろう。


「では、料理をお持ちしますね。今日の料理は『キャベジッシュ包み』です」


ミトラがおすすめしていた料理だ。

どんな味か楽しみだ。


料理を待っている間、食堂をぐるりと見回す。

レンガ造りの建物のためか温かみを感じる。

シャンデリアも多く吊るしているので、受付カウンターよりも明るい印象だ。

テーブルには白のクロスが敷かれており、真ん中に燭台が置かれている。

ロウソクの火が静かに揺らめき、見ているだけでも癒されそうだ。


「お待たせいたしました」


ナタリーはカトラリーの入った籠と共に、お皿に乗った黒っぽいパンを僕の前に置いた。


「こちらは自家製のパンになります。実は私が焼いたのですよ」


まだ焼き立てのようで、パンからうっすらと湯気が立っている。

続いてスープが用意される。

スープには具材は入っていない。

立ち込める香りから、動物の出汁でとったスープのようだ。


「パンはそのままじゃ固いので、スープに浸して食べてくださいね」


どうやらパンを単体で食べるというより、スープとセットのようだ。

スープでパンを柔らかくふやかしてから、食べるということなのだろう。


僕はパンを手に取り、そのままちぎろうとした。


「あっ、何をしているんですか?手じゃ無理ですよ。ナイフを使ってください」


えっ、ナイフ?


「私がまずやってみるので、後からご自身でためしてくださいね」


ナタリーは左手でパンをしっかりと押さえ、右手にナイフを持った。

ナタリーがナイフをパンに入れると、スッとパンが切断された。


何このナイフの切れ味!?

日本刀のようなんですけど?


「これで大丈夫です。どうか手で食べずフォークで刺してから食べるようにしてくださいね」


どうやら日本とマナーが違うらしい。

パンをナイフとフォークで食べるなんて考えたことも無かった。


フォークでパンを刺すと、まるで嘘みたいにすっと刺さる。

ナイフもフォークも武器並みに鍛えられているようだ。

それってかなり危ないんじゃ……。


ともあれ、パンをスープに浸してみる。

吸水性の良いパンで、あっという間にパンにスープが蓄積される。


どれ、一体どんな味なんだろう。

僕はパンを一口かじってみた。


あっ、旨い。

正直ファンタジー世界のパンを侮っていた。

白パンのように柔らかくもなく、味も大したことがないと思っていた。


しかし、このパンはどうだ。

小麦の力強さをダイレクトに感じる深い味わい。

噛めば噛むほど、小麦の味と香りが鼻腔を突き抜けるのだ。

苦み・酸味・甘味のバランスがベストマッチで、どこか懐かしさすら感じる。

おそらくそう感じるのは、完全無添加なのかもしれない。

舌にピリつく異物感は一切無いのだ。


それにこのスープが素晴らしい!

牛と豚を掛け合わせたような独特の風味。

両者のいいとこ取りをしているのだろう。

おそらく丁寧なあく抜きもしているに違いない。

雑味が全く無く、スープも透明に澄んでいる。


しかもパンと組み合わせるとその相乗効果は計り知れない。

パンの濃厚な味わいをスープがしっかりと受け止め、さらに味わいを足している。

このスープはパンを食べるためにふやかすだけの目的ではない。

パンの旨味をさらに極限まで足しているのだ。


「あのー、お味はどうでしょうか?」


パンを食べながら一喜一憂している僕を見て、心配そうに声をかけるナタリー。

ごめんなさい。けっしてまずいわけじゃないんです。

あまりに美味しすぎて、興奮しているだけなんです。


「いやぁ、素晴らしい!僕はこんな美味しいパンを初めて食べた。スープもとても美味しい」


ナタリーはそれを聞いて安心したのか、笑顔を見せる。


「それは良かったです。美味しくなかったのかなって気になったんです」

「いや、それは無い。どちらも素晴らしい。ちなみにスープの出汁は何を使っているの?」

「えっ、ダシって何ですか?」

そうだここは異世界だ。

出汁って言葉は無いようだ。

じゃあ、スープの材料?ベースになっている食材って聞けばいいのかな?


「あ、このスープの材料ですか?これはオークタウロスの肉を使っているんです」

「オークタウラス?」

「入手方法は秘密なんですが、独自に仕入れた食材なんです」


名前から想像するとオークとミノタウロスを掛け合わせたものかもしれない。

まんまだけど、実際に掛け合わせるのは難しそうだ。


「じゃあ次の料理も持ってきますね。ワインが合うと思いますが、お持ちしましょうか?」

「それじゃお願いするよ」


そうだ。まだこれは前菜なんだ。

次に来るのが恐らくメイン料理だろう。


僕はどんな料理が来るか想像しつつ、パンを頬張った。



「はい、おまちどうさまです」


ナタリーが大きめの皿に入った料理と、グラス一杯の赤ワインを僕の前に置いた。


「当店の自慢料理、自家製キャベジッシュ包みとブドンの葉巻きです」


お皿には、キャベツの葉とブドンの葉?で包まれた詰め物料理。

そのサイドには赤と黄色の野菜が付け合わせとして乗っていた。

それぞれ色彩が異なり、見るも楽しい料理だ。


「こちらのキャベジッシュは肉が、ブドンの葉の方は豆や野菜を巻いています。

お好みでお皿の端に用意されたオリジナルソースを付け加えてください」


ロールキャベツというより、トルコ料理のドルマやサルマに似ている。

一体どういう味がするのか楽しみだ。


まずはキャベジッシュの方からだ。

ナイフを入れるとスッとキャベジッシュが切れ、部屋中に充満するほどの香りが立ち込めた。

そしてキャベジッシュの中から出てきたのは、厚切りの肉だ。


ドルマにしてもロールキャベツにしても、中に入っているのはミンチであることが多い。

様々な具材を混ぜ合わせることで、味わいが増すのだ。

塊肉が入っていては意味の無いように思うのだが、どうだろうか。

早速一口食べてみる。


これも旨い!

塊肉と思っていたが、これは質の高い角煮の肉だ。

長時間キャベツに包んで蒸してから煮たのだろう。

口に入れると溶けるように柔らかく、噛む必要もないくらいにあっという間に溶けてしまう。

スパイスも盛り沢山入っており、様々な味わいが口中に広がっていく。

キャベジッシュの葉を裏返してみると、葉全体にスパイスが塗りこまれているのだ。

ただの塊肉なんてとんでもない!

これはキャベジッシュに包んで調理することで、より洗練された味わいになるのだろう。


これならもう一つの料理も楽しみだ。

今度はブドンの葉で包まれた料理にもナイフを入れてみた。


ドロッ。

こちらはペースト状に具材を潰してブドンの葉で巻いているようだ。

口に入れると濃厚なキャベッジッシュ包みと比べ優しい味わい。

豆と野菜の甘味と、ブドンの葉の苦み。

十分酸味の効いたソースに絡められているので、サラダ感覚に食べられる。

少量、ピリリとする香辛料も使われており、食べる度に食欲が増すようだ。


どちらも甲乙つけがたいほど旨い。


周りのお客さんを見ても、全員笑顔で食事をしている。

さすが一般開放をするだけある。

他にもどんな料理が出てくるか非常に楽しみなお店だ。



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