2店目「二日酔いにはエルフのスープ 前編」
・・・・・・
・・・・・・・・
痛たたたた。
目が覚めると、僕は見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。
白を基調にした小奇麗な部屋に、青々と葉を広げるいくつかの観葉植物が飾られている。
頭が痛い。視界がグラグラしている。
ああ、またやってしまった。
僕は食レポに夢中になると、大量の料理を食べ、様々なお酒を飲んでしまうのだ。
今まで何度意識を失ったことか。
その度に知人に迷惑をかけていた。
しかもスーツのまま寝てるじゃないか。
皺になっていたらどうしよう。
そういや今何時なんだ?
始業時間までに間に合うだろうか?
頭を押さえながらスマホを確認すると【7時25分】を表示している。
まだ間に合う。
急いで顔を洗わないと。
僕は手櫛で髪をかきあげようとしたが、手ごたえがない。
いつもあるはずの髪の毛がそこにはないのだ。
髪の毛の感触の代わりに、上等の毛皮のような手触りがした。
驚いて他の部分を触ってみると、ぴょこんと出っ張ったものがある。
薄い三角形の物体、触るとふにゃふにゃとしたものが僕の頭に2か所ついているのだ。
事態が呑み込めない僕は、鏡を探すも見つからない。
スマホのミラー機能を使用して、自分の顔をのぞきこんだ。
「ひぃっ」
そこに写っていたのはトラ顔のマスク姿の男性。
どうやらこれは僕のようだ。
今、全てを思い出した。
今までの出来事は夢ではない。
僕はリアルに異世界に転移してしまったのだ。
記憶を整理してみると、ちゃらい神様らしき人の陰謀で僕は確かに異世界に転移した。
僕は食レポで異世界の食堂を活性化させるという、むちゃぶりな指名を持ってしまったのだ。
食の街ウメーディに行く際にワイルドウルフに襲われていたモルジーさん達を助け、そのままギルドまで案内してもらった。
ギルドに登録した後に、ギルドの酒場で飲むことになったのだ。
その後は…?
一体僕は今どこにいるんだろう?
僕はスマホアプリの中から、チャットGOTを起動。
何があったのかを聞いてみた。
・・・・・・・・・
「虎谷ミツルは、ギルドの酒場で次々と料理とお酒を注文しました。野獣肉の盛り合わせ3皿、山ウサギのステーキ、マッドマッシュルームの山賊風サラダ、ラージフロッグの素揚げ、ウメーディ産果物の盛り合わせ、本日の煮込み料理、ギルド酒場特製お酒に合うパンなどを全てほぼ一人で食べています」
やってしまった……!
どうやら調子に乗って大量に飲んだり食べたりしたようだ。
それにしても記憶がないのはもったいない。
どれも美味しそうな者ばかりなのに。
あれっ、支払いは?
「支払いは全てモルジー氏が行いました。ミツルを手懐けておけば、今後儲けにつながるという思惑もあるようです」
やはりモルジーさんに迷惑をかけてしまったんだ……。
っていうか思惑までわかるの?
チャットGOTって凄すぎない!?
「あまりの食べっぷりに、冒険者からも驚きと賞賛の声があがっていました。皆ミツルのことを『トラ顔紳士』や『大食い男爵』と呼び合っていました」
いきなり2つ名が出来てしまった。
っていうか見たまんまじゃん。
ある程度情報を把握すると、食レポをまとめなければいけないことに気づく。
僕は日本でもブログで食レポを投稿する際には、訪問日から次の日の晩までと決めている。
それ以上時間が経てば。その時感じた気持ちが薄れてしまうからだ。
スマホのどこに食レポをまとめて、どこに送信したらいいの?
僕はチャットGOTに質問を打ち込んだ。
「食レポを投稿する手順は以下の通りです。
1.『異世界井戸端会議』のアプリをダウンロードする。
2.『新規登録』を行う。
3.アプリの中の「食レポ」のコンテンツをクリックする。
4.「新規作成」を選択する。
5.見出しを作成し、文章を入力する。
6.文字装飾や画像を挿入する。
7.「投稿」をクリックする。
投稿が完了すると、アプリポイントが加算されます」
詳しい説明をどうもありがとう!
おおまかな流れは、日本でブログを作成していた時とほとんど変わらないようだ。
アプリポイントって一体なんだろう?
「アプリポイントは異世界でスマホを持つユーザーのみが使用できるポイントです。アプリポイントを貯めることによって、新しいアプリをダウンロードすることができるようになります」
なるほど、課金した時にもらえるポイントのようなものだね。
「アプリポイントは、アプリを利用するたびに獲得されます。アプリをダウンロードするだけでなく、アプリをバージョンアップすることも可能です」
どうやらアプリポイントは、僕がこの世界で生きていくために必須なシステムらしい。
チャットGOTさん、ありがとう!またよろしくね。
「どういたしまして。またのご利用をお待ちしています」
さてと、まずは食レポから仕上げてしまおう。
僕は、スマホのダウンロード画面でアプリを探した。
【異世界井戸端会議】のアプリは無料でダウンロード出来るアプリのようだ。
手順が全く同じなので、サクサクと登録画面まで進むことが出来た。
登録情報で求められるのは、①名前 ②ペンネーム ③住所 ④連絡先 ⑤お振込み先……
。
えっ、名前とペンネーム以外書けないじゃない。
注意書きがある。どれどれ……。
「情報は最初に全て記載しなくても結構です」
それでいいの?
僕は取りあえず、名前とペンネームのみを入力することにした。
名前は【虎谷 満】で良いとして、ペンネームはどうしよう?
そうだ、この見た目を活かして【トラ顔紳士】にしよう。
インパクトのあるペンネームだよね。
「登録が完了しました。残りの情報はお振込みの前にはご入力をお願いします」
とりあえず登録は終わった。
早速食レポを投稿してみよう。
僕はサイトの案内を見ながら執筆し、無事初投稿をすることができた。
スマホの時計を見ると、【10時40分】。どうやらかなりの時間を費やしてしまったようだ。
ぐぅぅぅぅぅ。
僕のお腹が悲鳴をあげる。
そろそろ何か食べたいけど。
「うっ」
僕は立ち上がった瞬間、強い眩暈と頭痛に襲われた。
どうやら二日酔いがまだ続いているようだ。
何かお腹に優しいものを食べないと。
トントン。
その時、ドアを優しくノックする音が聞こえた。
「ミツル、もう起きてる?」
ミトラだ。
その声で理解した。僕はギルドの酒場で酔いつぶれた後、モルジーさんの家に泊めてもらったのだ。
「あっ、うん。大丈夫」
僕はズキズキする頭を押さえながら、ドアへと向かった。
ドアを開けると、心配そうな顔をしながら立っているミトラがいる。
着ているのは部屋着だろうか。
動きやすそうな淡い青色のコットン風のシャツと七分丈のロングパンツを履いている。
「具合はどう?結構食べて飲んだよね。びっくりしちゃった」
記憶がほとんどないが、どうやら本当に暴飲暴食したようだ。
異世界に転移させられたストレスもあったのだろう。
「ちょっと二日酔いかな。頭がズキズキするんだ」
「二日酔いって何?お酒がまだ残ってるの?」
どうやらこの世界には二日酔いって言葉はないらしい。
「そうなんだ。まだ、ちょっと残っているみたい。頭がフラフラするんだ」
「えっ、大丈夫?」
「しばらく休めば大丈夫。でもそろそろ何か食べないとね」
ミトラは心配そうな顔で僕を見ている。
「あっ、そうだ。飲んだ後にぴったりのお店があるわよ」
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