27. ワリブディス、最後の営業日
30日間と長かったワリブディスでの営業も今日で最終日だ。
朝だというのにコンロンの周りにはたくさんの人だかりができている。
ほとんどの人のお目当てはカレーライスらしい。
この街でカレー粉の作り方を教えたため、ほかの店でもカレーの開発は進んでいる……と思ったのだがそうもうまくいかないらしい。
水っぽいしゃばしゃばなものが出てきたり、味が極端に薄かったり、お店に行くたびに味が変わっていたりと経営が安定していないようなのだ。
もちろん、そんな中でもきちんと経営している店はあるみたいで、そこは繁盛しているらしいね。
だけど、今日はそのカレーの元祖ともいえるコンロンの営業最終日とあり、みんなが別れを惜しみ、最後の味を楽しみに来てくれているようなのだ。
普段は女性客しか買わないようなクレープも、男性客が買って時間を潰すほどだからね。
そして、時間は経ちついにお昼営業の開始だ。
営業開始と同時に、屋台にはお客様が殺到する。
グリッド君とお手伝いの冒険者が列を整理してくれたおかげで、なんとか形になったけど、それがなかったら大変なことになっていたかも。
お客様の目当てはやはりカレーがほとんどだけど、中にはハヤシライスを頼んでくるお客様もいる。
ハヤシライスはコンロンでしか食べられないため、本当に食べ納めとなるからだ。
それに気がついたお客様が次々ハヤシライスに注文を変えていくが、ハヤシライスは量を用意していても限定品、すぐさま売り切れとなってしまう。
ハヤシライスがなくなっても、カレーを買っていってくださるお客様には本当に感謝だ。
怒濤の昼食時間が終わり、まかないご飯と夜の仕込み時間……なんだけど、ここで変なお客様が現れた。
私たちのことを調べ上げ、コンロンが街の間を移動する屋台だと知り自分の街に呼び込もうとするお客様だ。
本当に変わっている。
「……以上のように、私の治める街レイテスは風光明媚であり経済的にも発展しておりますわ。いかがでしょう、私がレイテスに戻る隊列に加わり、レイテスを目指すというのは?」
ここなんだよね。
お嬢様的には一緒に来てほしいんだろうけど、正直、私たちにはメリットが少ない。
レイテスまで徒歩で14日間ほどの旅になるそうだが、それなら私たちが飛ばしていった方が断然早いのだ。
さて、どうしたものか。
「旅の途中の食事を提供してくだされば、それに見合う報酬はお約束いたしますわよ?」
「それって、どれくらいですか?」
「カレーライスというのを毎日3食提供していただくとして、私の随伴者が150名ほど。移動中ということで食材の補充も不自由でしょうし、その分の対価も上乗せして一日あたり金貨6枚でいかがでしょう?」
金貨6枚、銀貨だと600枚の計算か。
悪くはないんだけど、ちょっと怪しいよなぁ。
「すみません、一度保留にしてもらってもいいですか?」
「そうですわね。これほどのことですものいきなり決めろとはいいませんわ」
おや?
お貴族様だと思っていたんだけど、やけにあっさりと引き下がるな。
「それでは今日の夜、もう一度ここを訪れましょう。できることなら、それまでに決めておいていただけるとありがたいですわ」
「わかりました。しっかり考えておきますね」
「ええ。よろしくお願いします」
お嬢様はにっこり微笑むと、軽く会釈をしてこの場を去っていった。
名前は聞いているけど、本当に貴族なんだろうか?
実は偽物とか?
リコイルちゃんならこの辺のことにも詳しいかな?
「『エリンシア = コーラル』と名乗っていたならおそらく本物。レイテスの街を治めているのも事実」
帰ってきたリコイルちゃんに事情を聞いたら一発で帰ってきた。
さすがは金の冒険者、情報量が違う。
「ただ、この時期に150人もの部隊を引き連れ、ワリブディスを訪れているという事実が気になる。なにか裏があるかも」
「やっぱり、そこ?」
「うん。商売としては悪くないと思うけど、危険な話かもしれない」
やっぱりかぁ。
話がどうにもうますぎるんだよなぁ。
そこも含めてエリンシア様が来たときに聞いてみよう。
教えてくれるかはわからないけど。
やがて夜の営業が始まり、ここでもハヤシライスとカレーが飛ぶように売れた。
お昼の倍は仕込んでいたのにどちらも売り切れになるほどだ。
ハヤシライスとカレーを食べ損ねたお客様は、オーク肉のさっぱり焼きと生姜焼きで我慢してくれた。
この味も街ではなかなか再現できていないらしく、この機会でしか食べられないらしい。
……生姜焼きはともかく、なぜさっぱり焼きが再現できないのかは謎だ。
その後、夜の営業が終わる頃、複数の騎士に囲まれるようにしてエリンシア様がやってきた。
ただ、その恰好は冒険者風のローブに身を包んだ姿だ。
あれ、この姿、どこかで見覚えが……ああ、そうだ!
「ワリブディスで初めてコンロンのお客様になってくれた人!」
「正解です。あの時のクレープ、本当に美味しかったですよ」
そんな前からロックオンされていたのか。
と、思ったら違うらしい。
私がこの街を去る予定日の広告を出して初めてこの計画を思いついたのだとか。
怪しいけど、疑いだしたらきりがないし信じよう。
「それで、私たちと一緒に来てくださいますか?」
「あの、そのことなんですけど、途中で危険なことがあったりしませんか?」
「あら? 気付きました?」
やっぱりか。
なんだか裏がありそうだったんだよなぁ。
ごめんなさい、と一言謝ってからエリンシア様が続けるには、エリンシア様の家系であるコーラル伯爵家ではいま家督相続についてもめごとが起こっているらしい。
本来であれば嫡男である長男が相続するはずだったのだが、その長男がモンスターの討伐に失敗して死亡、遺体も回収できたことから家督相続者がいなくなったことを示す。
本来であれば次男が継ぐべきだったのだが、次男はおらず、長女と次女が残されているだけだった。
その次女がエリンシア様である。
さらに問題を複雑化させたのは、現当主が後継者指名にエリンシア様を指名したことだ。
本来であれば家督を相続できると浮かれていた姉にとってこれほどの屈辱はないだろう。
そのため、本当に領地運営の才があるのかを試すため、エリンシア様をレイテスの代官に指名し、統治させることとなった。
これが2年前の話である。
だが、長女の目論見とは真逆にエリンシア様はレイテスをしっかりと治め、より発展した都市へと開発したのだ。
対して、長女もエリンシア様より条件のいい別の街を治めたのだが、こちらは景気を悪化させ、街の活力を失わせることになった。
これが決め手となり、コーラル伯爵家のほとんどの家臣はエリンシア様側に付くこととなる。
自分の元になびいていた家臣までエリンシア様にとられた長女はどうしたかというと、悪い噂を立てようとしてことごとく失敗していたそうだ。
それが原因で自分の立場がさらに悪くなることともなった。
すると、今度は実力行使、暗殺などを狙い始めたのだ。
その状況を報告するため、エリンシア様はレイテスを一度離れていたらしい。
それで、帰りの食事を用意する食事番として私に目を付けた、と。
うーん、私の立場、相当危なくないかな?
「もちろん、危険手当もお支払いします。食事を受け取る際は私が直接受け取り、毒見係以外の供のものには手を触れさせません。どうでしょう、引き受けてはもらえませんか?」
難しい判断だなぁ。
ちょっとリコイルちゃんに相談してみよう。
「……私にもなんとも言えない。貴族のゴタゴタにはあまり関わらないべき。ズルズルと引き込まれるから」
だよね。
これは断るべきだろうか?
『ミリア、少しいいか?』
ここでコンロンから念話を使った連絡がきた。
どうしたんだろう?
『我の食材を使ったデザートも一緒に出せば毒物を無効化できる。食べた本人だけではなく、周囲にある毒物すべてが無効化なので取り扱いには難しいのだが、今回のようなケースでは役立つだろう』
ふむ、毒物は大丈夫なわけか。
それなら、この依頼……引き受けてもいい?
「私はまだお勧めしない。ただ、そういう事情があるなら、ある程度問題は緩和できる」
リコイルちゃんは渋々といった答えだが、まあ、大丈夫だろうということだ。
よし、依頼を受けることにするか!
お金もたくさん手に入るし!
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