春の雨

入江 涼子

第1話

  私は春の雨の中、傘をさして歩いていた。


 傍らには誰もいない。たった一人で家路を急ぐ。今年でもう、三十八歳になる。私には彼氏も友人もいないし。現在は父と二人暮らしだが、ペットも飼っていなかった。ちょっと、寂しくはある。けど、私も父も花粉症持ちだから飼えない。仕方ないから、私はスマホの動画サイトにて犬や猫の動画を見ては癒されていた。

 スニーカーでひたすら足を進める。とりあえず、雨脚が強くならない内に急がないと。傘を片手に雨雲が広がる空を見上げたのだった。


 何とか、自宅にたどり着いた。傘を閉じて玄関の引き戸の鍵を開ける。私は引き戸をガラガラと開けて、声を掛けた。


「ただいま!」


「……ん、帰ったのか」


 奥にある居間から父が出て、こちらへやってきた。私は引き戸を閉めると父に答える。


「うん、今帰ったよ。あ、頼まれてた缶ビールと卵は買ってきたから」


「お疲れさん、れい。冷蔵庫に入れといてくれ」


「はーい!」


 スニーカーを脱ぎながら、私は上がった。右肩にはショルダーバッグ、左手にスーパーのナイロン袋があるが。両方を持ったままで台所に行く。台所に繋がるドアを右手で開け、中に入る。テーブルの上にナイロン袋を置き、ショルダーバッグは椅子に掛けた。ナイロン袋から缶ビールを出して、冷蔵庫の扉を開ける。二番目にある棚に置いた。再び、卵を出して一番下の棚に置く。扉を閉めたら、ショルダーバッグを持って自室に向かった。


 ふくだけのコットンで薄化粧を落としてから、服を着替えた。普段着の淡い水色のパーカー付きのトレーナーに黒いジャージのズボンだが。今の季節には温かくて、動きやすいから重宝している。とりあえずは自室を出た。

 今日の夕食のメニューを考えながら、台所に向かう。


(……えっと、キャベツや豚こま肉に。もやしとかあるから、野菜炒めと。ご飯と中華風スープかな)


 台所に着くと、私は冷蔵庫の前に立つ。野菜室から、キャベツにもやし、ネギなどを出した。テーブルに置くと冷凍室から豚こま肉を出す。調味料も一通り用意する。準備ができたら、エプロンを着けた。流し台に行き、石鹸で手を洗う。

 綺麗に洗い、流水ですすぐ。タオルで拭いたら、豚こま肉を電子レンジに入れる。ピッピッと電子音を鳴らしながら、ボタンを押した。解凍ボタンを二、三回押して操作をする。

 レンジが動き、解凍が始まった。その間にキャベツなどの野菜を水で洗う。できたら、キャベツの葉を剥がしたり、もやしを開けてザルに入れたりと下ごしらえもした。

 包丁やまな板を出してキャベツなどを刻んでいく。種類ごとに、ボウルなどに入れて分けて置くのも忘れない。

 レンジが鳴り、解凍ができたようだ。一旦、野菜を刻むのは中断して様子を見に行った。豚こま肉は無事に解凍ができている。

 私は流し台に戻ったのだった。


 フライパンを出して油を引き、豚こま肉を炒める。まず、食用酒にお砂糖、ウスターソース、コショウを加えた。よく炒めたら、もやしやネギを入れる。ざざっと火を通してから、火を止めた。お皿に盛り付ける。次に刻んだハムやキャベツなどを用意した。お鍋に油を引いてハムから炒める。大根、白菜、キャベツの順で軽く火を通す。一通りできたら、水を入れた。コショウに塩、お醤油、鶏ガラスープの素、食用酒も加える。しばらく、弱火で煮込む。最後にお米を研いで、炊飯器をオンにした。待つ事にしたのだった。


 一時間近くが過ぎ、中華風スープが完成した。ご飯も炊けて夕食の支度が完了する。父を呼びに行く。


「父さん、夕飯ができたよ!」


「あ、できたか。今、行く!」


 父が居間から出て、台所に来た。私はすぐにしゃもじを取り、お碗も用意する。炊飯器の蓋を開けてお碗にご飯をよそう。中華風スープも深いお皿に、野菜炒めは軽くレンチンした。できたら、父の分と自身の分をテーブルに置く。


「おっ、今日は中華風三昧だな」


「うん、そうだよ」


「……ワシとしては和風がいいけど」


 ポツリと父が呟いた。やはり、肉じゃがとかの方がいいらしい。私は仕方ないと内心で明日は、和食にしようと決めた。意外と和食は難しいのよ。ボヤきながらもお箸を取り、椅子に座った。父も座ると、互いに食前の挨拶をする。


「「いただきます!」」


 両手を合わせたら、私はお碗を取った。まずは野菜炒めだ。うん、シャキシャキ感があるし。ウスターソースの辛味とコショウのスパイシーさが混ざり合って、なかなかなお味だ。もやしやネギ、豚こま肉の組み合わせだが。ちゃんと、夕食のおかずになっている。中華風スープもあっさりながらにピリ辛で美味しい。ご飯によく合う。父も無言で食べ進めていた。まずまず、食べる気になったらしい。私はもうちょい、父の体の事も考えねばと反省したのだった。


 夕食が終わると、皿洗いをした。父はまた居間に戻る。たぶん、缶ビール片手にテレビを見るんだろうな。そう思いつつ、お碗を取る。洗剤がついたスポンジで洗いながら、明日はどうしようかと考えた。とりあえず、和風にするなら。肉じゃがとお味噌汁かな。塩分控えめにしないと、父に悪いし。お米の残量もチェックしないとな。考えながらも手は止めなかった。


 皿洗いが終わり、軽くシャワーも浴びる。上がると、濡れた髪を拭いた。父も入浴しに行ったらしい。見て取ると、自室に戻る。

 軽くドライヤーで乾かす。一通りできたら、スイッチを切った。壁に掛けてある時計を見た。既に、夜の九時を回っている。湯冷めしても良くないからと電灯を切った。早めに就寝したのだった。


 ――終わり――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る