お坊ちゃまの勇者旅

静月夜

――――ランクF――――

第1話 爆誕・セレブ勇者




「—――――…という記録が、エルフーン最古の歴史書記されています」


〝エルフーン〟

それは、天から授かりし天譴てんけんに記されたこの世界の名。


詳しく説明すれば長くなるので、ここで話は区切っておくことにしよう。

俺、ネオ・妖精鈴エルフベル

エルフーンの中でもトップに至る公爵の息子、いわばお坊ちゃまだ。


その豪邸が立ち並ぶエルフーン最大の都市・嶺上リンシャンから少し外れた野外広場で、一際熱心に何かを語る女がいた。


見た目からして20代前半だろうか。

女の名は〝イデン・蜂蜜飛ハニーフライ〟である。


彼女は最近、ちょっとした有名人であった。

なぜならイデンは、自身の祖母がエルフーン英雄伝説に記される勇者と共に、魔王討伐を試みた英雄のひとり、大聖女であると名乗っているからだ。


魔王とは、正式名『胸糞むなくそそこら辺のちり同様世界で一番要らないものより遥かに価値なしの無惨で邪悪で性悪で頭イカれ野郎』である。


名前だけで魔王の特徴を全て表され、説明する箇所もないのだが、短くまとめれば

【口だけじゃ説明不能なほどヤバい】のだ。


だけれど、そんなエルフーンを滅ぼすような強靭な肉体を持つ魔王ゴミクズ討伐を試みたというのなら、それは大いなる名誉であろろう。


なぜ朝の新聞にも載らないくらい世間に知れ渡っていないのか、と聞かれれば……。


「――――――…このことから、エルフーン英雄伝説は実在していたことが確かに分かります」


………………。


彼女の議論が終わったのに対し、辺りは田舎の深夜かと思うくらいにしんとしていた。


すると、家臣ことセバスチャン・鉄鳥アイアンバードが、俺から野外ステージを隠すように真隣へ移動した。


そう、彼女がこれだけ注目を浴びない訳は、英雄伝説など、噂で広められた仮説に過ぎない、非科学的で話にならない、などと、誰もが思っていたからだ。


そう、この世界の半数以上全て未満が。


訳が分からない。


この世界には魔物が存在する。

勇者という職業も存在する。

なのに、なぜ魔王の存在が世間で公認されていないのだろう。


まるで洗脳にかかったみたいじゃないか。


隣に移動した家臣の顔をまじまじ見ると、気まずそ~うに俺から視線を外していた。


そんな彼と同じように、辺りを歩いていた人々も、気まずそ~うに野外ステージから視線を外し、距離を置いていた。


「ねえ、セバスチャン」


辺りがしんとしている中、俺は空気が読めない純粋な青年を振る舞い、一際大きな声を出す。

一瞬で、視線が俺になったのがわかった。


家臣は急に大声で自分の名を呼ばれ、少しの焦りを見せていた。

というか、俺はいつもなら〝家臣〟と呼んでいるのに、急に本名を言われて不信感を持っているようだった。


「どうしましたか、ネオ坊ちゃま」


そしてすぐさまいつもの仕事モードに入り、静かな顔で俺に向き直る。


涼しい風が俺たち二人と周りの人々の背中を押すように流れる中、俺はそこで足を止め、その風を無理矢理に断ち切った。


「俺さ………」


居場所を失った風が、俺の服を通り肌に伝わった。

その風が、仕返しをするように俺の中の何かを断ち切った。


「勇者に、なりたいんだけど」


その瞬間から、魔王復活の日が決定づけられたのだった――――――――…。




◆◇◆⚔◆◇◆




「俺の存在は時がたつにつれ薄れている………今が復讐絶好のチャンスってか」


嶺上リンシャンの遥か彼方の地方で、ひとりの男が不敵な笑みを浮かべ、そうつぶやいたのであった。




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