第3話 五億年ぶりの外は
「待って待って待って!? え? なに? どゆこと?」
いきなり森の中に飛ばされた私はプチパニック状態となっていた。
(おおお落ち着きなさい私! まままず、まずっ、まずは素数を数えるのよ!)
(いや素数を数える場面では無いでしょ!?)
ダメだ、もう一人の私も使い物にならない。当たり前だけど! どうしようアワアワアワ!!
(というかこんな時こそ深淵魔法の出番でしょ!)
(あ、そっか)
この動揺も所詮は精神の乱れによるもの。深淵魔法にかかればその乱れを安定させる事なんて造作もない。
「……ふぅ」
なんとか深淵魔法による精神安定に成功した私は、改めて周囲を見渡す。
(……これって外の世界、なのよね?)
(ええ多分……マナで構築されては無さそう)
肌に伝わるそよ風、草木の匂い、暖かな光、緑溢れる自然の風景、そして……
「───すごい」
マナを使っても再現不可能な生命の波動。私以外に、確かに存在している無数の魂。
「……ぁ」
およそ五億年ぶりの現実に、私は思わず涙を流した。
「〜っ!! かえって、きたんだねっ……!」
一体いつから忘れていたんだろう。こんなにも世界は美しいというのに、私はいつからか自分の心の世界だけで満足してしまっていた。
魂を研究する日々、目的は現実に戻る為だったけど、それも単なる目的としか見ていなかった。
(帰ろうか、私)
(うんっ……! 帰ろう、私の家に)
家族や友達、人との営みを尊いものと思っていたからこそ私はそれらの記憶を綿密に魂に記録した。だというのに、今に至るまでそれらを単なる記憶としか見ていなかった。
「帰ったらみんなに謝らなきゃね」
みんなを蔑ろにしていた事。きっとみんなはなんのこっちゃと困惑するだろうけど、それでも謝らなきゃ気が済まない。
「そうと決まれば!」
私は家に帰る為に一歩、大地を踏み締めた。
▽▽▽
「……」
歩き始めて数分、薄々感じていた嫌な予感が現実となり始めていた。
「……スゥー」
空気をいっぱいに吸い込む。それだけでもう空気が美味いと感動しちゃったが、今はそれどころじゃない。
「───ここどこなの〜!!?」
私は大声で一言、天に向かってそう告げた。
(おおお落ち着きなさい私! まずは素数を数えて)
(そのくだりさっきもやったよ私!?)
お、思わず叫んじゃったけど、とりあえず深淵魔法を使って落ち着こう。……よし落ち着いた。
(えーこれより緊急脳内会議を始めます。議題は此処は何処かという事について)
(はい!)
(はい、もう一人の私)
(そっちが調子乗って能天気になりながら歩いてたので、私の方で出来る限り周辺調査をしておきました!)
(一言多いぞ〜私。それで、何か分かったことは?)
(まず分かった事は、私以外の魂でも観測、干渉は可能っぽいという事)
(まあそれは前々から予想してた事だしね)
(それで私が現実に居た頃に見た事のある生物の魂と、こっちに存在する魂を見比べた所、似たような魂が一つもありませんでした)
(まあそりゃ、魂と言っても個々で異なるからね)
魂というのは指紋やDNAと同じだ。似たようなものがあっても、全く一致するものなんて一つとして存在しない。
(いや、私が言いたいのはそういう事じゃなくて)
(うん?)
(こっちの魂は根本から違っていて、今まで見た生物に似た魂が一つとして無いの)
(……そんな事ある?)
もう一人の私が言ってる事はつまり、周囲の生物が全て未確認の存在、つまり宇宙人やUMAだと言うのと同じ事だ。
(……じゃあちょっと見てみなさいよ。私より深淵魔法が下手だとしても、それぐらい出来るでしょ)
(一言多いなー)
深淵魔法の扱いなのだが、もう一人の私の方が上手いのだ。これは恐らく、心の内側に潜らせたり、深淵魔法の実験を全部もう一人の私に丸投げしていたからなんだろう。
……仕方ないじゃん。だって研究する方が楽しいんだもん。
「……ほんとだ。なにこの魂、こんなの見た事ない」
私は精神世界に居た頃、自分の記憶を通じて他の生命の魂を観測し続けた時期がある。
その経験から考えると、確かに此処の魂達は異質だった。
「ふむ」
試しに適当な魂の中を覗いてみようか。
「『
その言葉と共に、私はそこら辺に居た生物の魂の観測を開始した。
「……う〜ん」
調べた私は難しい顔をして唸らざるを得なかった。
対象にした生物の知能レベルが低く、まともに言語化されてないから解析が難しくフィーリングでやるしか無かったけど、なんとか把握出来た。そして結論から言えば此処は、
「異世界……っぽいよね」
異世界、私が元居た世界とは全く異なる世界。それが今私が居る場所。
「はぁ〜……」
もう嫌だと蹲りたい気分だ。
ほんともうどういう事よ? 五億年ボタンって五億年別世界に閉じ込められる代わりに大金貰えるって話じゃなかった? なんで精神世界の次は異世界に飛ばされるのよぉ。
(慰めてよもう一人の私ぃ)
(……ごめん、私も結構堪えてる。というか逆に慰めて欲しいぐらいよ)
(そんなぁ)
深淵魔法を使えば精神安定出来るでしょうけど……ちょっと落ち込んでいたい気分。
(はぁ〜〜〜)
(はぁ〜〜〜)
そうして私ともう一人の私が深い深いため息を吐き出していた時だった。そいつが現れたのは。
「───GRRRR」
「うん?」
周りが全く見えなくなるほど落ち込んでしまっていたのか、私はそいつに鼻息を打たれるまで存在に気付けなかった。
「……わぁぉ」
バカでかい、それこそ十メートルは優に超えてるだろう四足歩行の恐竜みたいなのが、至近距離で私を睨んでいた。
「……」
「GRRR」
側から見れば恐竜相手に勇敢に睨み返している少女に見えるだろう。けど実際はこう。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい)
当然だけど、私に戦いの心得は無い。実際には精神世界で暇つぶしの一貫で修行っぽい事はしてたんだけど、壊滅的に才能が無かったのか結局マスター出来ずにいた。正拳突きを一日一万回してたんだけどなー。
それで、だ。そんな現代人のか弱い女子高生が恐竜を目の前にしてまとも動けると思う? 答えはノー。五億年生きて深淵魔法なんて使えちゃいるが、中身は今も昔もずっと女の子のままなのだ。
「GRR…RAAA!!」
恐竜は怯える私に対し、剥き出しの牙を向けてやってくる。
(食べられる!?)
それは咄嗟の行動だった。
「『
手のひらを恐竜に向け、私は深淵魔法を使用する。
「───GRRA!?」
それだけで恐竜の動きは完全に停止され、指の先一つもまともに動かせなくなった。
「GRRR……!!」
「はぁ、はぁ……無駄、よ! 腕力でその拘束は解けないわ」
この拘束は魂を通じて行なっているので、どんな力自慢でも無理矢理破るなんて真似は出来ない。出来る存在がいたら私は卒倒する、それぐらいパワーでの突破は不可能なのだ。
「……ふぅ、冷や汗かいちゃった」
(ほ、ほんと気を付けなさいよね。私の補助が無かったら発動する前に食べられてたわよ?)
(ヒェッ)
深淵魔法でなんとか精神を安定させた私は、もう一人の私の言葉に再び嫌な汗をかいてしまった。
(ところでこの恐竜、どうするの?)
(あー……)
この恐竜にも
「うーん」
正直言って私は弱い。深淵魔法という自分から見ても反則級な力の使い手だけど、それでも私本体の戦闘能力は壊滅的だ。
この危険地帯を逃れるには、何かしら戦う力を持ってないといけない。これは憶測ではなく、
(……アレ、使えそうじゃない?)
(アレ? ……ああ、アレね。確かに使えそうね)
(決まりね。なら早速やりますか)
(実際にやるのは私だけどね)
方針が定まった私は意識を恐竜に向ける。恐竜は硬直してもなおこちらを睨み付けている。
「他者の魂を弄ぶのは気が引けるけど、私を襲ったのが運の尽きだと思ってちょうだい」
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