第2話 強くてハローニューワールド
「……」
例の光の粒をもう一度見る為に私が最初に始めた事、それは坐禅である。
坐禅、それは自分を見つめ直し、向き合う事を目的とする行為のこと。仏教に伝わる修行の一種。
漫画の中だと坐禅を組んで内に秘めし力を見つけろー……なんて言う師匠キャラも居たりする。
私が坐禅をする理由だが、なにもそんな漫画の話を鵜呑みにした訳じゃ無いんだけど、まあ多少は影響してるかな? ……いや、うん、してるね。
まあそれは置いといて、一番の理由は坐禅する事で自分の心と向き合えるという点にある。
私はあの光の粒を見た要因を、私の中にあると考えた。時間経過とか自然現象とか、そんな理由だったらとっくの昔に見た事ある筈だ。伊達に何年もこの世界で過ごしちゃいない。
で、私の何が原因となったか考えた時、心が何か作用してると私は睨んだ。
肉体面の方は違うだろう。恐らくこの世界に居る限り、私の体は一切変化しないからだ。
これは前々から思っていた事であり、何年も掛けて自分を傷付けようとしてダメだった経緯を考えるとほぼ確定だろう。なによりトイレも食事も必要無いしね。
それを考えると、この世界で本当の意味で絶えず変化しているものとは何か、その答えが心。私の精神だ。
あの時、光の粒が見えた時、私は極限状態にあった。
発狂はしていない(というか出来ない)。発狂するギリギリを常に彷徨いていたような感じだった。
それが暫く続いていくと……私の中で何かが芽生え始めた。
無意識の内に私は思考を回していて、そして何かの結論に至ろうとした時……光の粒が見えるようになったのだ。
あの時私の中で芽生え始めていた何かが完全に開花していたら、あの光の粒をはっきりと視認する事が出来ていたんだろうか?
「……はぁ」
やっぱりダメだ。多分このままやっても上手くいかない。
曖昧な考えを持ったまま坐禅を続けても無意味。そう結論付けた私は坐禅をやめ、どうすれば効果的なのかを考え始めた。
時間があると言っても、全く意味のない事をしたくは無いからね。
▽▽▽
「……」
坐禅を取り組み始めて多分三年。なんとなくだけどコツを掴んだような気がした。
当初は完全な無心になる事を目標としていたがそれではダメ。時間を浪費するのには丁度いいけど、これではあの光の粒を見る事は出来ない。
意識する必要がある。あの時、光の粒が出現した時に無意識下で何をしていたのか。
無意識を意識する。一見矛盾したこの行為、だけどアレをもう一度再現するならそれを実現させないといけない。
その為には何をすれば良いか、何を意識すれば良いか。考え、考え、考え、そして───
「───」
もうすぐだ。私は心の内側へと潜りながらそれを確信した。
坐禅の究極とも言える理論へ辿り着くまでに千年、心の所在を見つけるまでに三百年、心の内側へ潜るという技術を身に付けるまでに三千年、そうして心に潜り続けて数万年。
長い長い、果てしない道のり。心の深層にあるもの、それこそ私が求めたものだと信じながら潜り続ける日々。
ただ心の内側へ潜るだけではダメだと感じた私は、遥か昔に会得した並列思考を完全にマスターするよう鍛錬を重ねた。今となってはもう一人の私として会話を楽しむ事が出来るレベルに至っている。思わぬ収獲を得て思わず五十年ぐらいはお喋りに没頭してしまった。
心の内側に潜る私と、それを観測する私。これこそが無意識を意識するという矛盾を実行させる方法なのだと私は理論付けた。
「───」
(もうすぐだよ私! 奥に何かの気配を感じた!)
(ちょっ……黙ってて……! ヤバい、これ本当にキッツい……!)
(ファイト! もうすぐ! 本当にもうすぐだから! あ、ちょっと角度調整、右に十九度ほど!)
(うっさい! 右に十九度ね、了解!)
観測する私が潜る私に指示を出す。偶然の産物で手にした並列思考だけど、お喋り相手が出来たのは本当に運が良かった。
(行ける……行ける……行ける……!)
慌てるな私、焦るな私、ここで失敗したら十年は立ち直れない。時間は腐るほどあるだろうけど、こっちはいい加減次のステップに移りたいのよ!
この深層部に至るまでに三十年は使った。つまりまた此処に来るまで最低三十年は掛かることになる。それは嫌だ!
(不味いかも私! 急に壁が固くなってきた!)
(うん! 気合いで乗り切って!)
(いやふざけんな!?)
潜っている私には悪いけど、本当にもうすぐなんだ。あと少し、あと少しで……。
───そして、その時は来た。
(うわっ! なになに!? 急に壁が消えて───)
(……ぁ)
潜る私は気付いてない様子。やはり観測する担当を作っておいて正解だった。
観測する私には見えていた。潜る私が心の壁を突き破り、その先にあった物を。
(……きれい)
それは極彩色に彩られた球体だった。少しの歪さも無く、完全な丸みを帯びたそれは、自然物とも人工物とも思えなかった。
(そっか)
言うなれば、そう、神が作った一品。これが何かと問われるなら私は、
(これは、魂なんだ)
魂、そう自信を持って言えるだろう。
▽▽▽
「わぁ……!」
魂の観測に成功した私は意識を外に浮上させると、目の前に光景に圧倒されて感嘆の息を漏らした。
大昔に見た光の粒、それが視界いっぱいに存在していたのだ。
(……綺麗)
(うん、本当にね)
そこら中に見える光の粒、私以外に存在しない筈の世界で、確かにある私以外の物質。
「……触れはしない、か」
手を伸ばし、手と重なり合った光の粒は私の手をすり抜けて現れた。
(うーん)
(どうしたの私?)
何やら私(心の内側に潜っていた方)が何かを思案していた。どうしたのかと聞いてみると。
(なんかさあ、漫画ではこういう光の粒みたいな物を表す言葉がなかった?)
(うん? ……うーんと)
言われてみれば確かにと思い、私も考えてみた。なにぶん現実世界の事なんて何十何千万年と前の事だから、記憶がもうあやふやだ。
それでも記憶を掘り起こした末に、私は一つ思い当たる言葉を見つけた。
「あ、魔力だ」
(そうそれ!)
魔力、魔素、マナ、漫画だと総じて魔法のエネルギーとされるものだ。
(あー確かに、もしかしたらこれを使えば似たような事が?)
(分からないけど……試す価値はありそうよね?)
(ふふ……うん、決まりだね)
第一目標は達成した。だったら次の目標を作らなきゃね。
「この光の粒に干渉する事、それを使って魔法みたいな力を使えるようにする事」
(まあ後者のは実現出来るか分からないけどね)
(夢の無い事を言うなぁ私は)
まっ、気長にやってくとしますか。
▽▽▽
そこからは色褪せない日々が続いた。光の粒……今後はマナと呼称しよう。マナの干渉は思いの外上手くいった。心に干渉するのと似たようなやり方をすれば上手くいった。
あっさりとマナに触れる事の出来た私だったが、マナに干渉可能になった事で一気にやれる事が増えた。
マナを物理的に移動するのは勿論のこと、マナを使って何かしらの事象を発生させる事が出来たのだ。
いやぁ、まさか本当に魔法みたいな事が出来るとは……正直めちゃくちゃ驚いた。
火を出したり水を出したり、空を飛んだり家を生み出したり、思いつく限りの事を実現出来た。
もしかしたら現実世界に戻れたり? なんて期待したけど出来なかった。これには大分ショックを受けた。
そしてやれる限りの事象を発生させてみたんだけど、どうにもこの力の真髄は事象を発生させる事では無いらしい。この先に真理は無い、三十年経ってそれに気付いた。
気付いた私は方針を変え、魂についての研究に注力した。
マナの知覚は魂を観測した過程で得たものに過ぎない。真に見るべきは魂の方なのだ。
そうして魂について調べ続けた結果、私はある仮説に思い至った。
この世界は私の精神そのものではという、そんな仮説を。
マナを使った事象の発生も、謂わば明晰夢で夢の中をコントロールしてるようなもの。つまるところ私がやっていたマナの行使は、夢だから何でも出来て当たり前、というレベルの事だったのだ。
これには私もガックリ。もう一人の私に慰めて貰う毎日が続いた。
とまあ紆余曲折ありながら、私は魂についての理解を深めていった。
魂とはその人が持つ情報であり記録、知識・感情・記憶・経験・思考、様々な概念を収めたものが魂と呼ばれるものなのだ。
サンプルが私しかいないから情報不足も拭えないけど、多分一度魂を観測した私なら他人の魂も見る事が出来ると思う。
そうして色々な気付きを得ていった私はいつしか……魂を干渉する事が出来るようになった。
魂の干渉とは即ち、知識・感情・記憶・経験・思考などなど、その人に関する情報や記録を改竄し、支配出来るという事。
今はまだ不完全な状態だけど、このまま極めていけば魂の完全掌握も夢じゃない。
我ながらなんとも恐ろしい魔法を生み出したものだけど、これをマスターすれば現実に戻る事も夢じゃない!
そういえば、私はどれくらいこの世界に過ごしてるんだろう?
うーん……まあいっか!
あれから途方もない程に時は流れて、私は魂に干渉する魔法……深淵魔法を高度なレベルに昇華させた。
私は自分の魂を弄っても問題ないレベルにまで扱えるようになると、現実に居た頃の思い出を全て掘り起こした。
他愛のない日常会話から家族、友人についての記憶、これらの記憶は決して失ってはいけないと魂に強く打ち付けた。
それと、どうやら私の魂に細工されていたらしく、一定時間が経つとこの世界での記憶を失うように設定されていた。
おそらく五億年経つと記憶が失うんだろうけど、折角手にした力を失いたくない。そんな思いで仕掛けられた設定を解除しようとしたが、物凄く高度な細工だった事もあり解除出来なかった。
なので一旦解除するのは諦め……解除出来るレベルに達するまで深淵魔法を極める事にした。で、数万年掛かったけどなんとか解除に成功した。人間の底力舐めんな。
(やったの私だけどね)
(う、うるさいうるさい! どっちみち私なんだからいいでしょ!)
さて、一向に此処から脱出する術は思い付かないわけだけど……まあ、その時はその時。今は深淵魔法の研究に集中しよっと。
「……」
マナを使って一軒家を創造し、そこで私は深淵魔法の研究をしていた。
「……こうすれば……いやこれは……うん、確かに」
カチ、カチ、カチ、時計の音と私の呟きだけが辺りに響く。
現在のテーマは『魂を通じた神との交信』、魂を作ったのが神様なら、その魂を使えば神様に声を届けるんじゃないかという考えの下に出た発想である。
「……ふふ」
楽しい。研究に没頭するなんて学者気質な面、この世界に来る前の私なら知らなかっただろうな。
そういう事ではまあ、
(……この世界に来て良かった数少ない事、かな?)
とは言っても他の面で最低過ぎるんだけど。
……どんな事にも終わりはある。この時の私はそれを完全に失念していた。
「……」
カチ、カチ、カチ、時計の音が鳴り響く。
カチ、カチ、カチ、
───カチッ
時計の長針と短針がテッペンに重なった。その瞬間、
「………………え?」
私は森の中に居た。
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