第5話 宣伝

「あ、ありがとうございます……」


 ナルミはスマホをポケットにしまい、俺に感謝を告げてきた。何故か言葉とは異なり、引いている印象があるが……気のせいだろう。


 しかし、彼女は……本当にナルミなのだろうか。何度も配信を見てきた俺が見間違うハズもないのだが、それでもこんな上層にいるので疑ってしまう。


「えっと……ナルミさん、ですよね?」

「え、どうして私の名前を知っているんですか!?」

「まぁ……有名ですから」


 彼女はチャンネル登録者が数百万人もいるのだから、知らない人の方が少ないだろう。


「そうなんですね……。えっと、色々と聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「えぇ、構いませんよ」


 なんだろう、かしこまって。


「あのフェンリルを……どうやって倒したんですか? 何か特別な魔法でも、使えるんですか?」

「フェンリル? それって、伝説の魔物ですよね?」

「え、えぇ、そうですね」

「そんなフェンリルが、一体どこにいたんですか?」

「……え?」


 困惑している。

 いや、伝説のフェンリルが出現したなんて話、俺の方が困惑したいくらいなのだが。


「え、今……倒しましたよね?」

「え? 俺が倒したのは、ただのオオカミですよ?」

「え……?」


 彼女の困惑具合がひどい。


「え、え……? な、何を言っているんですか?」

「こんな上層に、フェンリルが出現するわけないじゃないですか。仮にフェンリルが出現したとしても、F級の俺が倒せるわけがないですよ」

「え、F級なんですか!?」

「は、はい」


 なんだろう、何故こんなに驚かれているのだろうか。


「私が手も足も出なかったフェンリルを素手で倒しておいて、なおかつF級!? それにフェンリルのことをただのオオカミだなんて、規格外すぎますよ!?」

「え、え……?」


 A級の彼女が手も足も出なかった?

 ……何かの冗談だろ?


「いやいや、あんなの普通のオオカミ型の魔物ですよ.あの程度の魔物、週に2、3回は遭遇しますし」

「SS級のフェンリルと同格の魔物に、2、3回も遭遇するんですか!? どうなっているんですか!?」

「むしろ、あのオオカミは弱いくらいですよ。こないだ戦ったデカいトカゲの魔物や、デカい巨人の魔物の方が、ずっと強かったですし」

「確かレッドドラゴンやギガンテスが上層に出現した、という噂は一時期ありましたが……まさか、それらを倒したんですか!?」

「え、あ、はい」


 彼女は大きく口を開けている。

 あんぐりと、という表現が似合うほどに。


「ほ、本当に……F級なんですよね?」

「まぁ、はい。この通り」


 そう言って、俺は魔法師証を提示した。

 運転免許証のように名前と住所、顔写真に自信のランクが記載されている。そこにはデカデカと恥じらいもなく、『F』と記載されていた。


 ……今さらだが、ここで提示して良かったのだろうか。別に隠すことではないが、思い切り個人情報だ。いくら配信を見ていて彼女のことは知っているとはいえ、初対面の人に個人情報を晒すのは……いささか軽率だったかもしれないな。


「ほ、本当に……F級!?」

「ね、言ったでしょ?」

「で、でも……。だ、だったら、本当に特別な魔法も何も使えない、ってことですか?」

「まぁ、そうですね。身体強化系の魔法しか、使えませんよ」

「つまり《闘気》だけで、あのフェンリルを倒したってことですよね?」

「そうですね。オオカミを倒しましたね」

「あはは……そんなことができる人なんて、この世に存在しませんよ。《闘気》だけを武器にしている魔法師は多々いますけれど、それでもソロで倒せる人なんて……聞いたことありませんよ!!」


 彼女は何故か、乾いた笑いをした。


「えっと……霜野さん、ですよね?」

「あ、はい」

「連絡先、交換しませんか?」


 あまりにも唐突に、彼女はスマホを差し出してきた。


「え、連絡先……?」

「はい。フェンリルを討伐するほどの実力者であるあなたが、F級だなんて絶対にあり得ません。きっと何かの間違いですから、協会に連絡して、あなたの再測定を希望します」

「でも……俺、二度も測定しているんですよ? それで2回ともF級だから、きっと何回やっても無駄ですよ」

「大丈夫です、一般の魔法師には使われない高性能の魔法水晶の使用を申請しますので」

「え、そんなことできるんですか……?」

「はい、私A級ですから!!」


 そういって、彼女は大きく胸を張った。

 ……大きいな。って、そうじゃない。


 先ほどからフェンリルを倒しただのなんだのと言われているが、正直何とも実感は乏しい。俺にとってあの程度のオオカミは雑魚に過ぎないし、あれがフェンリルであり、俺が実はF級ではないなどと言われても……実感がない。


「わかりました、ありがとうございます」

「いえ、助けられたお礼です」


 だがそれでも、大人として感謝を述べておいた。


「では、後ほど連絡しますね」


 そう言って、彼女は姿を消した。

 おそらく、期間石を使用したのだろう。


「……あ、宣伝でもしておいたら良かったな」


 今さらだが、後悔だ。

 彼女の配信中に、自分のチャンネルの宣伝でも挟んでおけば、もしかしたらバズれたかもしれないのに。はぁ……もったいないことをした気分だ。


「まぁいいか。彼女と連絡先を交換できたし、悪いことばかりじゃないな」


 上がる口角を抑えながら、俺はダンジョンを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る