積怨のベルフィーユ / 僕が湖で出逢ったのは、半身が時々ドラゴンになってしまう呪われた女の子でした。

鳩谷つむぎ

序章

第1話 プロローグ ※残酷描写あり


「やめろ……! 離してくれ……! 俺が一体何をしたって言うんだ……! あれはパトリックの奴が……!」


両手を後ろに縛られ、両脇を兵士に固められている男は、真っ青な顔でガクガクと全身を震わせている。


目の前には、人間が入れる程巨大な灰色の石臼。

真新しい石材で作られた上臼と下臼の接触部分からは、ドロドロと粘り気のある赤い液体が流れている。


石臼の横に立っているのは、人形のような美しい容姿をした女。

薄紫色の長い髪に、雪のように白い肌。髪と同じ色の澄んだ瞳は、見る者全てを虜にしてしまいそうだ。


「……あら、連帯責任よ。あなた達は一人残らず無残に挽き殺される運命なの」


女は冷たい声でそう言うと、男を捉えている兵士達に目で合図をする。

彼らは頷くと、捉えている男を乱暴に引っ張っていく。


「こっちに来い!」

「嫌だ! やめろ! 離せ!」


嫌がる男を力づくで上臼の上に連れていくと、そこには体格の良い兵士達が数十人控えていた。


そして上臼の端には大きな穴が空いている。


「五人目。こいつで一区切りだな」

兵士の一人がそう言うと、男をその大きな穴に乱暴に放り込んだ。


「うわああああ」

男の悲鳴が穴の中から聞こえてくる。


落とされた男が辿り着いた先は天井が異様に低かった。


立つどころか、座ることさえ出来ない。

寝ることしかできない空間。


「くそ! ここから出せ! 出してくれよ!」

決死の表情で叫ぶ男。


この男の他にも、その空間には四人の人間が横たわっていた。

みんな男ばかりだ。


「うわあああ! 死にたくない!」

「ここから出せ!」


「誰か助けてくれ!」

「ああああ!」


耳をつんざくような叫び声がその空間内に響き渡る。


ふと上を見上げると、低い天井がさらに下がってきているようだ。


中に閉じ込められている者達は、間もなくその天井に押しつぶされるということを否応なしに自覚させられる。


「頼むよ! あんたの言うことは何でも聞く!」

「俺たちが悪かったから! 許してくれ!」

「命だけは!」

「嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない!」


必死の訴えも虚しく、ゴオオオと音を立てながら、天井はさらに下がり、ついに男達の体に触れた。


反射的にぎゅっと目を閉じる男達。


数秒後、降りてきた天井がゆっくりと回転し始め、ゴリゴリ、バキバキ……と肉と骨が砕けるような不穏な音を立てながら、石臼で粉を挽くように、男達の体をすり潰していく。


ゴキゴキ、グチャ……と体が粉砕されていく度に、声なき声が男達から漏れ出る。


「ひぎゃあああ」

「ひぎい……」

「あ……」

「……」


断末魔も聞こえなくなる頃には、男達が閉じ込められていた空間から、鉄が錆びたような強烈な悪臭が立ち込め、ドロドロと粘度の高い赤い液体が四方八方から流れ出てきた。


「上臼をお取りなさい」


女は眉一つ動かすことなく、巨大な上臼の上に立つ体格の良い男たち数十人に命令した。


中を開けると、思わず目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

赤い液体の海に転がる原型を留めていないそれらは、かつて人の姿をしていたとは到底予想できないものであった。


その凄惨な光景に一切の表情を崩すことなく、女は冷たい声と瞳で命令を下す。


「さあ、次行くわよ。さっさと片付けて」


女の言葉に、控えている男達の体がビクッと跳ね上がった。

血の気の引いた顔で全身をガタガタと震わせている。


自分達もこの後、無残に殺されてしまうという事実に、腰が抜けてその場でへたり込んでいる者も何人かいる。


「神よ……どうか」

虚な表情で呟く者もいた。


「神? そんなものいる訳ないでしょう」

女はその男に嘲笑を向ける。


そして次に控えている男達を手に掛けようと兵士に合図をしたその時……

突然女の周りが激しい光に包まれた。


「何……何が起こってるの!」


女は反射的に目を閉じる。目を閉じていても感じる眩しさに頭がくらくらする。


「目を開けなさい」

その時、女の頭の中で声が響いた。太く、威圧感のある声。


声が聞こえた後は、先程まで痛いくらいに眩しかった光が緩和され、女はゆっくり目を開ける。そして大きく見開いた。


そこにいたのは、大きな白い翼を持った天使のような姿をした者で、顔は真っ白で光沢のある分厚い仮面で隠されているため、表情は見えない。


が、仮面で隠していても伝わってくる程の怒りを感じる。


まるで獲物を矢で突き刺すかの如く鋭い眼差しを女に向けているような感覚。


「汝の犯した罪は地獄でも償いきれない程大きい。このままでは地獄に落ちるだけでは済まないぞ。気を失いそうになる程永き間、想像を絶する苦痛と苦しみを味わうことになる」


天使は険しい表情で女に告げる。


「……」

女は無表情のまま何も言葉を発しない。


「その後も魂は長きに渡り、『無』の世界で彷徨い続けることになる。視覚や聴覚などの感覚は全て失われ、深淵の中を意識だけが取り残されるのだ」


しかし女は悲嘆に暮れたり、怒ったりすることなく淡々と答える。


「……そう。別に構わないわ。あいつらが存在していることの方が私には地獄だもの」


女がそう言うと、その天使は一瞬、ほんの一瞬だけ悲しさが滲み出たように感じた。


だがすぐにまた元の調子に戻った。


「大罪を犯した汝には今から試練と呪いを与える」


それを聞いた女は初めて眉を動かし、訝しけに天使の言葉を繰り返す。

「……は? 試練? 呪い?」


「そうだ。……その前に、お前の傷跡と記憶は全て消し去る」


天使は力強く頷いた。


次の瞬間、女の体は強い光に包まれていく。


「!?」


そして天使はさらに続ける。


「汝、人の愛を知り、己の真相にたどり着け。心の声に耳を傾けたその時、最後の審判が下される」


天使がそう告げると、辺りは再び眩しい光に包まれた。


その後、女がどうなったのか、知る者は誰もいない……。








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