健康

形而中學

不健康

 彼は奇形であった。先天的な枷としてではなく、ある習性からくる禄であった。可能とは何か、不可能とは何か。彼全体の半生から概算せずとも、ある一瞬間の動機、脈打つ精気を受動した心臓の導きによって痙攣せられる琴線が私たちの答え、無い筈の結果を結んだ。関節して、「不可能なしには可能もない」


 高等学徒2つ目の年、授業でゲーテを読んだ。

 「たとえばこのチョーク、これも宇宙を表象している。」と、先生。

 僕には理解し難い寓喩であった。それは文章を2、3行読んだだけで主語を忘れてしまう脳の構造であったから。それでも手の許す範囲にあったものだから、なんとか理解したかった。宇宙を手に入れたかったのだ!

 先生はそこにいるのか、皆はペンを持っているのか咥えているのか、消しゴムは消せる技能を見るのか、そもそも消すための道具なのか。僕は文具を投げつけられていた。我が肉の音を立てておちる文具達は不憫だったし、健康的では無かった。定規を積み重ねて宇宙へ逆輸入できないかと何度も考えた。

 形。五感で感じている己が存在する事が何よりの証拠である。だが主体を持つ物の巨細を比較してはならんのでは無いだろうか。ここに宇宙の縮図があるというのに、どうして概念は形而上学的思考を好むのか。

 ただ僕は、答えが知りたかった。今や生まれてこようとする赤子の様に。そして消しゴムを怠惰の作品と解釈し、飲み込んだ。わずかに震えた唇は作品に色を与え、暗い体内は色を奪った。それが腹の底に着いた瞬間世界は広がり、時間や空間を超越した誰にも知覚し得ない宇宙、鉄粉のような宇宙が誕生してしまった。


 星は「可能性は不可能に饗応し、永遠な存在となる筈であった。」名はテルス。

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健康 形而中學 @kjich

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