ベイビィバード

万年一次落ち太郎

第1話

遥か昔。ずっと昔にイカロスはとりどりの羽で作った翼で大空へと飛び立った。

過信と傲慢から翼は燃え立ち彼は地に落ちることになる。

慙愧の念。そしてほんのわずかの勇気が散りゆく羽根に飛び立つ奇跡を宿す。

純白の魂を孕んだ翼よ未来へ。その身を焦がす太陽へ羽ばたけ。


『大型台風特別警報発令中。大型台風特別警報発令中』

けたたましいサイレンと共にスピーカーからアナウンスが流れる。

強く打ち付ける雨の前では目を開けることすらかなわない。

そんな中でも海埜空(うみのそら)は叫ぶ。

「逃げ遅れた方はいませんか!取り残された方はいませんか!」

叩きつける雨に吹きすさぶ風に掻き消されようと何度も叫んでは辺りを見渡す。

足元では氾濫した川の水が濁流となり街を駆け巡っている。

空は吹き飛ばされそうになりながらどうにか隣の家の屋根へと飛び移り羽を休めた。

「――いったん雅弓ちゃんと合流しよう」

空はそういうと首にかけている木彫りに手をかけた。

「空さん!要救助者発見したわ!」

「雅弓ちゃん。わかった、今行くね」

空は改めて胸元の木彫りを強く握り深呼吸した。

「――バードコール」

胸元の木彫りを回しささやかれる声に合わせて空もささやく。

音と音が重なり合った瞬間、空の背中に翼が生え雨粒を吹き飛ばす。

「雅弓ちゃん案内して」

「こっちですわ」

空は助走をつけ飛び立つと雅弓の後を追った。

雨風が一段と強さを増した空を二羽の鳥が飛ぶ。

「大丈夫?ついてこれてる?」

「――うん、平気だよ」

空は横風を受け体勢を崩しながら必死に雅弓に喰らついてゆく。

「みえてきました。あの二階建ての赤い家ですわ」

雅弓が急降下してゆく。

「雅弓ちゃん待って。うわぁ――」

突然の突風にあおられ空が吹き飛ばされる。

すぐさま旋回し立て直すと今度は一気に急降下してゆく。

赤い家に近づいてゆくと声が歌声が聞こえてきた。

その歌声を頼りに空はベランダに降り立とうとするが地盤が崩れ家が傾いてしまう。

「雅弓ちゃん小夜ちゃん大丈夫?」

「はいぃ、なんとかぁ」

止んだ歌声とは別にヘロヘロな返事が返ってくる。

「わたくしたちは平気。ただ本棚が倒れてうまく飛べませんの、だから空さんお願いしますわ」

「うん、わかった――」

空はそういうと背中の羽を一枚抜き呼吸を整え正眼の構えをとる。

おもむろに目を開き血振りをすると羽根は一振りの日本刀へと変化した。

「いきます!」

空が滑空から一瞬二振りの斬撃を壁に浴びせる。

亀裂ができた壁を破壊し雅弓が顔を覗かせた。

「要救助者一名」

「要救助者一名。確かに」

空が子供を抱きかかえる。

「よぉし、後は安全に病院へ送るだけ」

「さ、いきますわよ」

雅弓と小夜が飛び立つ。

「空さんどうかしました?」

「――猫。小夜ちゃんごめん。この子をお願い」

空はそういうと家へと引き返した。

「あ、コラ空さん――」

雅弓が引きとめるより先に空が高度を下げてゆく。

「いた。もう大丈夫だからね」

空がベランダにいた小猫を手繰り寄せ抱きかかえる。瞬間空たちを押しつぶさんと家が倒壊した。


『――テスト終了します』

そうアナウンスが流れ空たちがいた街は白い殺風景な部屋へと変わってゆく。

「ちょっと空さん」

「あ、あはは」

空はダミーと書かれた招き猫を抱いて笑った。

「これきっと、絶対にあれだよね」

小夜が冷汗をかいているところに一人の女性が寄ってくる。

鋭い目つきで空たちをみると軽く溜め息を吐いた。

「点呼をとる。姫川雅弓(ひめかわまゆみ)」

はい。と雅弓が背を伸ばし返事をする。

「音渕小夜(おとぶちさよ)」

はい。と小夜が裏声交じりで返事を返す。

「そして、海埜空」

「はい!」

「返事はいいな。さて今回の実技の点数は――」

空たち三人が緊張した面持ちで女性をみる。

「十点だ」

な――と雅弓が一瞬声を上げたが直ぐに背を正した。

「小夜どうしてこの点数だと思う?」

えぇと。とどこか申し訳なさそう小夜が空をみた。

「勝手な行動をしたから。でしょうか?」

「雅弓付け加えるなら?」

「はい。身勝手な判断で建物の下敷きになった上に要救助者を病院へと搬送するのが遅れたこと、それらがこの点数を示しているかと思います」

「だそうだ」

女性が空をみた。

「身勝手な行動をしたのは謝ります。だけど鳴いていたんです。怖い助けてって、だから――」

「だから任された要救助者の命をほっぽって今にも倒れそうな場所へと飛び込んだのか?これが仮想でなければお前たちは全滅だったろうな」

空はうつむいたきりでなにも言わなかった。

「追試については後々伝達する。今日の授業及び実習は以上だ」

ありがとうございました。と雅弓と小夜が一礼する。


「空さん、あまり気にしないことですわ」

災害仮想ルームに備え付けられたシャワールームで水を浴びながら雅弓が言った。

「あのタイミングであそこに子猫をプログラミングしたの絶対幻中(げんなか)先生だよね」

「二人ともごめんね。私が余計なことをしたから」

「ですから」

雅弓がそういってシャワーを止め先程より強く言った。

「気にしないこと。私たちにくよくよしてる時間はないのですから。十点がなんですの、明日には百点満点の花丸にしてみせればいいだけのこと」

「でも幻中先生は『救助に百点はない』て言ってたよ。ん?ということは今回もしかして――」

「て、点数のことはどうでもいいんですの。ほら、いつまでも浴びていますと風邪ひきますわよ」

雅弓が先に上がり小夜が続き最後に空が上がった。

相も変わらず沈み切っている空に雅弓が話しかける。

「空さんあなたがこの大空女子学校災害科を志望したのはなぜかしら?」

「それは――」

空は顔をあげるが声が出ない。

「わたくしは姫川家として恥じぬ翼を持つ者になること。小夜さんは?」

「え?私?私は、うーん『せっかく翼があるんだから』ていうのが理由、なのかな。深く考えたことないも」

「それも一つの理由ですわ。それで空さんあなたは?」

「私は――私は苦しんでる人を助けたい、一秒でも早くこの翼で」

空が顔を上げた、かと思えば赤面した。

「あはは、お腹なっちゃった」

「まったく、締まらないこと。でもようやくいつもの空さんが戻って来たみたいですわね」

「よーしそれじゃあご飯行こう!ごはん、ごはん、ほかほかごはん」

上機嫌な小夜を先頭に空たちは食堂へと向かう。

晩、宿舎の消灯時間を過ぎても空は一人机に向かっていた。

「空ちゃん寝ないの?」

「あ、ごめん。灯り眩しいよね」

「ううん、それは掛布団バサーてすればいいから」

うつ伏せだった小夜が起き上がり掛布団に包まりながら空をみた。

「空ちゃんやっぱりテストのこと引きずってる?」

「引きずってない、と言えば嘘になるけど姫ちゃんが言っていたように私たちにくよくよしてる時間なんてないから。今このときだって助けを待ってる人がいるかもしれない。だから――」

空はそっと日記帳を閉じた。

「また明日から頑張るよ」

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