第64話 百色眼鏡の散光2-⑷


「わあ、綺麗」


 美鈴は腕を上げると、窓の方に『百色眼鏡』のお尻を向けくるくると回し始めた。


「――あっ」


 流介はふと目に入った光景に思わず声を上げた。『百色眼鏡』を覗くことで露わになった美鈴の二の腕に、美しい腕輪が見えたのだった。


「森井さん、それは……」


「あ、これですか?お恥ずかしい。これは『腕守り』という飾りで、香料などが中にしまえる腕輪型の御守りです」


「随分と洒落た物をつけておられるのですね。さすが外国人の所で働くだけのことはある」


「うふふ、それは関係ありませんわ。……ああ、でも綺麗な物を見られてよかった」


 美鈴がうっとりと目を細めた所へ、ウメが暖かい蕎麦の乗った盆を手に姿を現した。


「お待たせいたしました。当店の新しいお品『鰊のお蕎麦』でございます」


「やあ、これはうまそうだ」


 流介は「いただきましょう」と言うと、甘く煮た身欠き鰊をほぐしつつ蕎麦を啜った。


「うん、変わった味だがこれはこれでなかなかうまい」


「おいしいですね」


 湯気を吹きつつ蕎麦を平らげた流介は、器を脇にどけると再び『百色眼鏡』を手に取った。


「こいつは一体、どういう仕組みになっているのでしょうね」


「この筒の中に鏡が入っていて、色のついた紙などが動く様子を映すのです」


「おくわしいんですね」


 流介が感心しつつ小さな筒をためすすがめつしていると、ふいに美鈴の目線が店の奥に投げられた。


「……森井さん?」


 美鈴は大きく瞳を見き、ある一点を見遣ったままその場に固まった。美鈴の視線を追った流介は、これといって驚くような風景がないことに首を傾げた。


 ――いったい何に驚いているのだろう。


 見えたのは二十代くらいの職人から、ウメが空の器が乗った盆を受け取っている様子だけだった。特段変わった眺めではない。ここは蕎麦屋なのだ。


 職人の目がふとこちらを見た瞬間、美鈴が身じろぎするのがわかった。知り合いなのかもしれない。


「飛田さん私、家にやりかけの仕事があるのでこれで失礼していいですか?」


 遠慮がちに切り出した美鈴に流介は「あ、そうですか。わかりました」と返した。


 ――職人と目が合いそうになった途端、様子が変わった。やはり知っている人物なのだろうか。


 流介は美鈴の先ほどの挙動に不穏な物を感じつつ、勘定を払うべく支度を始めた。


                  ※


「……この街で妓楼に通じている人と言うと、子頭研作ねとうけんさくさんかしら」


 流介の弱り切った表情を楽しむかのように、安奈は聞いたことのない名を口にした。


 山の手をあちこち歩きながら知恵を絞ったものの『ゴメダユウ』を探す手がかりを見いだせなかった流介は、再び安奈の酒屋へと足を向けたのだった。


「一体何者だい、その人は」


「ここ宝来町の外れで『奇異話堂きいわどう』という古本屋をされている方です」


「その人の店、どこにあるかわかるかい?」


「絢のお父さんなら、知っているんじゃないかな」


「絢君の?……ということは『言の葉堂』のご主人か」


 流介は以前、訪ねたことのある古本屋を思い出してはっとした。『言の葉堂』とは、安奈の友人の父親が営む店であった。そして絢と言う看板娘もまた、亜蘭や安奈と同じ様に好奇心の塊なのであった。

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