第37話 畏怖城の残光7-⑵
「あっ飛田さん、間に合ったんですね」
「やっと仕事に区切りがついたのでね。……おや?」
ひと足先に取材に行った後輩を追って匣館公園に赴いた流介は、弥右の隣で舞台を見つめている人影に眉をひそめた。
「瑠々田君、取材に社員じゃない人物を同行させちゃだめじゃないか」
「同行なんてしてませんよ。勝手にやってきて隣に居座っちゃったんです」
弥右の隣には三つ編みを顔の両側で結った少女――石水若葉が座っていた。
「私、れっきとした助手なんですけど」
「嘘を言ってはいけないよ、若葉君。……まあ、取材の邪魔をせず曲芸に集中するのならとやかくは言わないが」
「曲芸を見るのも取材ですっ。飛田さんも早くその辺に座って。一緒に観ましょう」
――やれやれ、ああ言えばこう言う……この年頃の娘と来たら。
流介は宗吉のげんなりした顔を思い浮かべつつ、すでに始まっている出し物――ハリ―たちの脱出芸に目をやった。
「今、どのあたりだい瑠々田君」
「ハリ―さんが鎖で縛られて、木箱に入ったところです」
「ふうん……今回はこの前より大がかりだな」
流介は舞台上に置かれた二つの物体を見て思わず唸った。物体は木箱と水瓶で、三間ほどの距離を挟んで左右に一つづつ置かれていた。
「左の木箱に、ハリーさんが入っているんだね?」
「そうです。木箱が燃える前に、木箱と水瓶を繋いでいる虹の形をした通路を通って向こう側に移動するんだそうです」
「ははあ、あの橋ごと燃やそうというわけか。ずいぶん思いきった芸だな」
流介は大掛かりな舞台装置に、興奮と恐怖を同時に覚えた。木箱と水瓶を弧を描いて繋いでいる「橋」は、近くで見るまでもなくいかにも燃えそうな白木でできていた。
「さあ、いよいよ脱出王の入った木箱の下に地獄の火がくべられようとしています」
花夢が芝居がかった口調で言うと、松明を手に踊っていた男たちが火を箱の下のかまどにくべた。
油でも入っているのか火はごおっと音を立てて木箱を包み、観客席のあちこちから悲鳴が上がった。だが箱が半分ほど焦げた時、いきなり蓋が開いて鎖の一部が縁から姿を覗かせた。そして箱が真っ黒になった直後、「地獄の橋」の一部と共に残った鎖と手錠が落下した。
「――おお!」
観客席から一斉にどよめきが発せられた次の瞬間、残った橋が全て焼け落ち水瓶から縛めを解かれたハリ―が水飛沫と共に姿を現した。
「すごい……」
鬼気迫る脱出芸に心を奪われていた流介は、ふと舞台の袖から焼け落ちる橋を眺めている人影に目が吸い寄せられた。
――小梢さん!
踊りの出番を待っているのか、小梢の装いは赤と白の巫女を思わせる神秘的な物だった。
「不死身の脱出王、ハリ―と風寺に盛大な拍手を!」
花夢団長の呼びかけに割れんばかりの拍手が起こり、客席を何気なく見回した流介は後ろの方で舞台を見つめている細身の人影にはっとした。
――笠羽さん……
観客席から舞台の袖にいる踊り子を愛おしむように見つめていたのは、傘羽流山だった。
「さあ、それでは陽気な音楽と優雅な舞で、今回の興業を締めくくりたいと思います!」
花夢が口上を述べると
――これでようやく黄金をめぐる欲望の光が消え、惨劇に幕が下りたというわけか。
流介は暗い穴の中で救いを待ち続けた「小熊」と、長く過酷な「刑期」を終え愛する者の元へ戻ってきた「親熊」とを交互に見遣り、新しい物語の幕が開いたことを悟った。
〈了〉
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