第30話 畏怖城の残光6-⑴
「もし教会の中をくまなく探しても見つからなかったら、やはり外を探すのかい?」
流介があたりを見回しながら尋ねると、天馬は「そうせざるを得ないでしょうね。ただし僕から離れないよう気をつけて下さい。僕は一応、拳銃を持っていますが飛田さんが万が一人質に取られたら手の出しようがなくなります」
「ああ、気をつけるよ。ええと、あと探していないのは……と、これは何だ?」
流介が目を留めたのは封鎖されている扉の一つだった。底には朽ちかけた流木が釘で打ち付けてあり、小刀で彫ったような「文字」が刻まれていた。
「これは……猿渡からの脅しですね」
天馬は流木の文字を見ると、表情を強張らせた。
『笠羽流山に告ぐ 隠れている場所から外に出て黄金の在りかを教えよ 今日の夕方までに現れなければお前の娘を殺す』
「なぜ猿渡は傘羽さんの名前を知っているんだ?」
「わかりません。僕らが考えるよりもっと深い因縁があったのかもしれません」
「この文面からすると、小梢さんは既に敵の手に堕ちている可能性が高いな」
「ただの脅しかもしれません。小梢さんも黄金も見つけられずに焦ってこのような手段に出た可能性もあります」
「いずれにせよ、小梢さんが来ていることを知っているという内容からして、どこかで姿を見かけたんだろうな。何とかうまく逃げ延びていてくれればいいけど」
「父親に会いたいけれど。猿渡に見られたことで動けなくなっている可能性もあります。
「まず、傘羽さんが言っていた洞窟を訪ねてみよう」
流介と天馬は教会を出ると、流山が描いた地図を元に奇岩が行く手を阻むように突き出ている海岸に降りた。
「ひゃっ、まともな足場がないぞ。平らなところは滑るし」
「海に落ちたら波と一緒にうち寄せられて大けがですよ。飛田さんは泳げますか?」
「港町の人間だがあいにくと泳ぎはからきしでね。風呂の水以外にはほとんど入ったことが無い」
「ではくれぐれも足元を謝らぬよう、ご注意ください」
「ご注意って言ったって……ふう、あそこにすこし開けた場所があるな」
「誰かが意図的に平らな部分をこしらえたのでしょう。つまり、真上に傘羽さんの言う「洞穴」があるということです」
「よし、もうひと頑張りするか」
「体力を残しておいた方がいいですよ。その後、崖登りが待っているはずですから」
「うへえ、勘弁してくれないかなあ」
※
「あったぞ。これが「鎖」に違いない。……ううん、一番下の方は海水に使って錆びているなあ。大丈夫なんだろうか」
わずか二畳ばかりの「平地」にたどり着いた流介たちは、二階建ての家の屋根くらいの高さの「洞穴」と、そこから垂らされた「鎖」を交互に見てしばし言葉を失った。
「なあ天馬君、本当に小梢さんはこの鎖であそこまで行ったんだろうか。普通に考えたら教会のどこかに身を潜めていた方がいいような気もするんだが」
「僕らや大十間さんがこの島にいると知っていれば、そうかもしれません。しかし一人で敵の目をかわし、父親と会うには一度でも見つかったらおしまいなのです。断崖の洞穴に隠れるくらいのことはしてもおかしくありません」
「やれやれ、離れ小島まで来てとんだ曲芸団だな」
流介がため息をつくと、天馬が「僕から先に上るので、ついて来て下さい」と言った。
「あんまり先に行き過ぎないでくれよ、高いところは苦手なんだ」
「僕も得意なわけではありません。では……行きます」
天馬は錆びついた輪に手足をかけると、じゃらじゃらと不気味な音を立てながら波の砕ける断崖絶壁を登り始めた。
「さあ、飛田さんも早く」
上から発破をかけられた流介が仕方なく上り始めると、二人の人間をぶら下げた鎖が断崖に打ち付ける海風で容赦なく揺れた。
「ひゃああ、こ、怖いっ」
「千切れなければどうということはありません。いいですか、手が冷たくても鎖を離してはいけませんよ」
「わ、わかった……」
流介がざらついた鎖を相手に悪戦苦闘していると、突然、上の方から「ぱん」「ぱん」と乾いた音が響いてきた。
――銃声?
流介は不吉な予感が背筋を駆け抜けるのを覚えた。あれは教会の方からだろうか、それとも――
「飛田さん、気になるのはわかりますがここは急ぎましょう」
天馬に促され、流介は残り僅かになった洞穴までの距離を不安を堪えながら詰めて行った。
「――ふう、やっと着いた。……思ったより大きな穴だな」
帰りも鎖を伝って行くのかとげんなりしつつ前を向くと、立って歩けるほどの大きさの洞穴がぽっかりと口を開けて待ち構えているのが見えた。
「かなり奥が深そうですね。中に誰かいるとしても小梢さんとは限りません。慎重に行きましょう」
天馬はそう言うと腰から下げていたランプを手に持ち替え、火を入れた。
洞穴は湿気を含んだ風が吹き込み、生活するには過酷な場所のように思われた。
「この辺りから傾斜になっていますね。滑らないよう、気をつけて下さい」
緩やかに下っている地面を足元に気を配りながら降りてゆくと、突然、目の前に開けた空間が現れた。
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