第15話 畏怖城の残光2-⑹
天馬の先輩だという人物の家は、海からほど近い和洋折衷の住宅だった。
「こんにちは、ご主人はいらっしゃいますか」
「はい。……どういった御用件でしょうか」
玄関口に現れた人物を見た途端、流介は思わず「あっ」と声をあげそうになった。背が高く顔立ちの整ったその男性に、流介は見覚えがあったのだ。
――この人は『白藤』の前で小梢さんを馬車に乗せていた人ではないか?
「はじめまして。私は『匣館新聞』の記者、飛田と申します。伝馬船の船頭をしている水守天馬という人に用があって探したところ、こちらにいるとうかがったもので」
「やあ、そうだったのですか。天馬君なら確かに来ていますよ。……遅れましたが私は
「はい、ではお邪魔いたします」
うねった髪に褐色の肌、外国人のような顔に羽織りという巌のただならぬ雰囲気に、流介は「これは天馬以上の豪傑かもしれない」と思い始めていた。
「さあどうぞ、お入りください」
流介が通された部屋は、近頃増えたとはいえまだまだ珍しい洋風の居間だった。
「やあ飛田さん。ここを直接、訪ねてきたということは何か火急の用件ですね?」
椅子でお茶を飲んでいた天馬は流介の姿を認めると、さして驚くでもなくそう言った。
「その通りだよ天馬君。曲芸団の団員で動物使いをしている人が亡くなったんだが、謎の紙きれを握ったまま桶に入って死んでいたんだ」
「ほほう、それは奇怪な事件ですね」
「しかも紙きれには暗号めいた言葉があって、僕の頭では解けそうもない。よそのお宅を訪問中にお邪魔するなど無礼極まりないが、気がせくあまりつい参上してしまったのだ」
「なるほど、それは大変でしたね。暗号も気になりますが、まずはここの主である大十間さんのことを紹介しましょう。大十間さんは匣館税関のお役人さんで、昔は僕と同じ船頭をされていた、いわばあこがれの大先輩です」
流介は天馬が先輩らしき人物を前にかしこまっているのを見て、新鮮な気分になった。
「いや、先輩と言っても私が船頭をしていたのは四年ほどですから、有能な船頭である天馬君に先輩などと言われるのは何とも面はゆい」
「飛田さん、大十間さんは船乗りの間で『伯爵』とよばれているんですよ」
「伯爵?華族なのですか?」
「いいえ、とんでもない。あだ名ですよ。生まれが寺なので『
「伯爵、天馬君の力を借りたいがためにいきなり失礼をしてしまいました。お許しください」
「とんでもない。それよりよかったら私にもその事件について聞かせてもらえないでしょうか」
「そうですね、ご迷惑でなければ……」
流介は思わぬ成り行きに面喰いつつ、熊使いの死と古地図について順を追って話し始めた。
「待ってください。その綱渡りの男と古書店に来た人物というのは、同じ男なのですね?」
「それは……古書店のご主人が覚えていた内容がどの程度確かか、はっきりしないので」
「なるほど、わかりました。それにしても確かに意味はわからないが面白い暗号ですね」
巌は少しだけ険しい表情になりながら、流介の話を噛みしめるようにしばし瞑目した。
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