第3話 畏怖城の残光1-⑶


「お次は馬の曲乗りです。客席に馬が近づきましても飛び込むことはございませんので、ご安心ください」


 団長が冗談交じりの説明を終えると、いくぶん小さめの馬に乗った男が脱いだ帽子を手に広場を駆けまわり始めた。


「よく次から次へと出し物が出てくるなあ。これからはこういう大掛かりな見世物舞台が流行るのかもしれないな」


 流介は何気にそう漏らすと、身体を傾けつつ器用に手綱を捌く曲芸師をぼんやり眺めた。


「やあ、飛田さんじゃありませんか。まさかこんなところでお会いするとは」


 曲乗りが終わり曲芸師が馬上でお辞儀をしたところで、突然男性の太い声が響いた。


「あれっ、宗吉君。……しかも善吉さんたちまで。お店の方はいいのかい?」


「今日はお休みです。飛田さんたちも曲芸を見にいらしたのですか?さすが新聞記者、新しい物に目ざといですね」


「いや、そういうわけじゃないんだ。誘われてなんとなく……」


 流介が適当にぼかした返事をすると、宗介の後ろから父の善吉とふくよかな年配女性が顔を出した。


「おお、飛田君も来ておったのか。こっちは家内の寿枝ひさえだ。店の方で見かけたことぐらいはあるだろう」


 外出用と思われる洒落た羽織りに身を包んだ善吉がそう挨拶すると、隣の女性が「時々、お店の方でもお見かけしますわね。いつも夫と宗吉がお世話になっております」と言った。


 宗吉の母親が丁寧な言葉と共に頭を下げると、さらにその後ろから小柄な人影がひょいと姿を現した。


「あのう、お兄さん、新聞記者さんなんですか?」


 三つ編みを頭の両側で輪になるように結った、少女と言ってもよさそうな女性はいきなり流介に尋ねると大きな丸い目をくりくりと動かした。


「え、ええまあ……」


「ああ紹介が遅れました。来週から亜蘭君と交代で店先に立つ若葉君です」


「はじめまして。石水若葉いしみわかばと申します」


 少女がそう言ってぺこりと頭を下げると、宗吉が「飛田さん、この子は一番上の姉の娘で姪に当たるんです」と言った。


「へえ、姪御さんかい」


「はい、十七歳です」


 少女は流介の目をまっすぐ見据え、はきはきと言った。すると隣の弥右が小声で「僕より二つも下だ。それにしちゃ物怖じしないな」と驚いたように言った。


「善吉さん、交代でってことは亜蘭君はあまり来なくなるんですか?」


「うむ、写真館の方が最近、結構はやっているらしくてね。お家の手伝いもしなくちゃならんようだ。それと、何でも君の所の新聞社を手伝うようなことも言っておったよ」


「えっ、そんな話、初めて聞きましたよ。本当かなあ」


 ――もし本当ならとんでもなくにぎやかなことになるぞ。

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