第2話 畏怖城の残光1-⑵
「御集りの紳士淑女の皆々様、本日はようこそおいで下さいました」
花見の桟敷席のような縁台風の椅子に流介たちが並んで座ると、横長の幕の向こうからがっちりした体格に口ひげをたくわえた男性が姿を現した。
「本日の興業は前半が手玉芸や綱渡り、曲乗り。そして道化による無言劇。休憩を挟んで後半が大脱出となっております。皆様、新しい団員が多く不慣れな芸もございますが、どうぞ最後までごゆるりとお楽しみ下さい」
団長は恭しく一礼すると、「まずは挨拶代わりの芸、道化師によるお手玉芸でございます」と言った。団長が下がると、代わりに幕の向こうから赤白の服に身を包んだ人物がひょこひょこと姿を現した。人物は一切喋らず派手な色のお手玉を取り出すと、次々と空中へ放り投げ始めた。
――あの手つきの鮮やかさ……そうだ、あれは厳島神社の境内で見せてもらったジョナサンと言う船乗りの芸だ。
流介は道化師の白い顔に以前会った人物を重ねつつ、見事なお手玉芸に我を忘れて見入った。
ジョナサンは料理人の失踪事件を追う過程で知り合った外国人だが、知っている人物が舞台の上で演者となっているのを見るのは奇妙な気分だった。
「さてお次は軽業名人、
道化の芸がひと段落し拍手が起こると、口髭の団長が広場の一角にある二つのやぐらを目で示した。やぐらは高さが十五尺ほどで、間隔は五間ほどだった。二つのやぐらの間には綱が渡され、一方の上から天秤竿のような長い棒を持った男が手を振っているのが見えた。
「あれを渡るってことですかね?」
隣で弥右が囁き、流介は「そうだろうな。まかり間違って落ちたら大事故だ」と返した。
「それでは名人の素晴らしい身のこなしを、とくとご覧あれ」
前口上が終わると軽業師の男は、洋風の足袋を履いた足を探るように動かした。
「わあ、危ない」
右に左に身体を傾ける軽業師を見て、弥右は怯えた声と共に腰を浮かせた。
「瑠々太君、もう少し声を抑えたまえ。ほら、刹那さんなんて物音一つ……んっ?」
流介は反対側の刹那を見て唖然とした。手に汗握る芸のひとつひとつを、刹那は膝の上に広げた紙に真剣な顔で描いていたのだった。
「……僕も絵を描いたらいいんですか?」
「いや、まあ大声さえ出さなければいいよ」
流介たちが間の抜けたやり取りを交わしているうちに、軽業師は細い綱の上を難なく向こう側まで渡り切っていた。
「ひゃあすごい、相当練習したんだろうな」
弥右が拍手しながら声を上げると、刹那が「ああ、もうちょっと腕の動きを描きたかったのに」と残念そうにため息をついた。
「よくあんな遠い場所にいる人間の動きが見えますね」と流介が言うと刹那は「素敵な絵を描くためですもの、細かい特徴だって見逃しませんわ。例えばあの綱渡り師の方、手首に腕輪をしてますでしょ?龍が巻きついたような奴。それも当然、描き込んであります」と得意げに鼻を鳴らした。
「へえ、腕輪まで描くんですか。やっぱり絵描きを志すような人は違うなあ」
流介は刹那の絵に賭ける情熱に感心するとともに、まだこの街には自分の知らない凄い人たちが大勢いるのだなとひとしきり唸った。
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