第8話
今日もまた、昨夜と同じ夢を見た。
布団は汗ぐっしょりで、毛糸と肌が擦れ合った結果、身体中が真っかっかになってしまっている。
内容はさほど変わらないが、その後の後日談のような感じで、死装束ですすり泣く一人の女性と、二人の赤ん坊を認めることが出来た。その周りには、フラフラと青い火の玉がいくつか漂っている。
そこで、おもむろに私は目を覚ましたのだった。
隣に敷かれた布団に、人間は入っていなかった。
「おはよう」
「……おはよう」
母は、いつもの低いトーンで朝の挨拶をしてくる。
私は、線香の火みたいなイメージの挨拶を返した。
別に元から、そこまで愛想のいいひとじゃないけど、何となく今日の母はいつもに増して行動一つ一つに棘があるような気がした。
ジュゥゥゥゥゥゥ……
卵焼きの焦げた臭いが漂ってきた。
「おはよー!」
「おはよう」
「あれ、寝不足? ものすごいクマ出来ちゃってるよ?」
未稀が心配そうな顔をして覗き込んできた。
はらはらと降っていた雪が、徐々に
顔にビービー弾みたいにぶつかって、かなり痛いはずなのに感覚を感じない。
「なんか最近、変な夢ばっか見てて……」
「変な夢? どんな?」
「多分、オカルトじゃないと思うけど」
そう前置きして、私は地中に埋められる夢についてのあらましを話した。
「すご! ちょ、なんか起こるんじゃない? 気をつけてよ?」
案の定、興奮して未稀は話した。
――気をつけてよ? って、そんな何か起こってほしそうに語るものでも無いでしょうが。
「まあ、何も起こらないと思うけど」
「でも、お兄さん」
と、言ったところで未稀はハッとして口を噤む。
「ごめん、いや、違うの」
「……ったく、ホント空気読まない子だなぁ」
怒りたかったけど、もう沸点を遥かに通り過ぎて、欠伸みたいな声だけがほわっと出てきた。
「そういえば、鎮御山神社について、何か知らない?」
「おっ、彩華がついに怪奇現象に興味を持った!」
「ってわけじゃないんだけど、何となく」
「分かってるって。良いんだよ、素直になって。……で、まあ例の症状の話は良いとして、近くに沼があるの。なんかこわぁい沼。そこには人骨が山ほど折り重なって……」
「知ってる、ドッカラ沼でしょ」
「知ってんの?!」
大層嬉しそうに、未稀はハンドルから両手を話して手を叩いた。
「他は?」
「そうだなぁ――そう言えば、最近なんかね、神社の鈴鳴らしてる変な人見かけたのよ」
「……それは、どういう?」
小さな雹はいつの間にか止んでいた。
周りには他にも自転車を漕ぐブレザーの男女がたくさんいるのに、なぜかここには私と未稀しかいない空間のように思える。
「えっと、顔はまず梅干しみたいにしわしわの、カエルみたいな顔したおばあちゃん。川端康成の倍くらいのギョロ目なのよ。爆発した白髪でね」
どんどんとイメージが形作られてゆく。勝手に、衣装までコーディネートされていく。
「服は、十二単のボロボロバージョンみたいに、赤とか紫とかの着物……ほぼ、ぼろ衣だけどね、それを重ねてる。身長は百六十行ってるか行ってないかくらいかなぁ?」
コーディネートした衣装と全く相違点のない服装が、親友の口から飛び出てくる。
「で、靴が特徴的で。なんかさ、下駄の下から牙みたいな長い棘がいっぱい出てきてるのよ。そのおばあちゃんは、ずっと教祖様がどうのこうのとか、そういうのを唱えてたな。それで私は、なんか怖くなって逃げた」
「いつ、見かけたの?」
「うーん、多分、一昨日の夕方かな」
それだけで、私には十分だった。
「どうだ、見つかったか?」
自転車置き場に入ってすぐ、ばったり龍牙と会った。
「いや」
「そうか……多分、俺は鎮御山神社とかドッカラ沼が関連してるんだと思うぜ。沼の中から電波が飛んでる理由が分かれば、お前んとこの兄ちゃんを見つける手掛かりになるかもしれねぇ」
「……まあ」
「な、やっぱそうだろ?」
ニヤリと笑って、龍牙は分厚い胸板をこちらに張り出した。
「もしもし? ……ちょっとさ、今日サッカー休むわ。だからちょっと伝えといてくれない? ……理由はまあ、目的が達成出来たら伝える。……別に、遊ぶわけじゃないから、本当に。大丈夫」
公衆電話の向こうの母は、酷く焦っているように感じた。
焦燥感がひしひしと伝わり、寒波が襲来しているのに首筋に汗が這っている。
「お願い。……なんでって? それは、つまり」
母が唾を飲む音が聞こえた。
「兄貴を助ける手掛かりが掴めるかもしれないから」
返事を聞く前に、私は受話器を置いた。
アリガトウゴザイマシタ、カードヲオトリクダサイ
無機質でノイズの混じったアナウンスが胸の中を微かにくすぐった。
目的地へ向かう時に、鎮御山神社を通過する。
上り坂のてっぺんに、朽ちた焦げ茶色の鳥居はある。
重い足を懸命に動かしながら坂を上り切り、これから一気に下るという前にチラリと神社の奥を見た。
やはり古びていて、あまり整備が行き届いていないのが分かる。
だが。
シャッシャッシャッシャッシャッ
何かを削るような音が聞こえた。木ではない、もっと硬いもの……削っているよりは、削れていないような気がする。
意識を耳に寄せ集め、その音が何なのかを確かめようと思ったが、その時には自転車が猛スピードで坂を下っているところだった。
もう一度登る気にはとてもなれず、そのまま冬の風にボディブローを食らい続けた。
脇の辺りが収縮しているのを感じていた。
なんせ、私はこれから、母がこれまで隠してきたことを全て解き明かし、兄を闇の底から救うのだから。
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