もうひとつの物語2
ずっとくすぶっている人
第ニ部
第1話 調和の守護者たち
その回廊は、全面が石灰石による作りだ。白を基調としつつも、全体的にくすんだり、黒みがかったりしている。悠久の時が経過したように思わせる、いにしえの構造物である。天井はドーム型で、やや浮き出た曲線が等間隔にデザインされている。片方の側壁は、背の低い明り取りが並んでいて、外の光が反対側の空間まで伸びてきている。その反対側はアーチ状の柱が並んでいて、無限を思わせるほど何重にも連なり、薄暗さの中に消えている。外光が柱にあたり、対面に影を作る。陰影が無数に生み出される。床はおうとつがほとんど無く、滑らかだ。回廊の横幅は20人程度の人間が横並びで歩けるのほどの広さである。しかし、その空間には音がなく、ただ静けさを漂わせている。石がもたらす冷たく静謐な空気。弱い光と柱の陰影。回廊の先に小さな光が見える。その出口に向かい、空間がスクロールする。
小さかった回廊の先の光はやがて大きくなる。出口に至る。天井のある回廊は続くが、明り取りの側壁は消え、等間隔の柱に変わる。その先は広大な中庭だ。とてつもなく広い。対角にうっすら見える回廊は豆粒のほどの大きさ。光芒が差し込む。床は滑らかさを失い、均等に切り出された正方形の石がはめ込まれている。回廊は続くが、終わりは見えない。中庭に出る。眩しいほどの光が降り注ぐ。短く正確に手入れされた芝生。緑が美しい。中央には噴水がある。その噴水から遠慮がちに水が噴き上げている。太陽の光が反射し、きらきらと輝いてる。その噴水の頂点より少しだけ高い空間に、巨大な水晶のような球体が浮かんでいる。太陽の光は反射することなく、その水晶に吸い込まれているように見える。
白い布を纏った何人かの人影があった。噴水の淵に腰を掛けていたり、腕組みをして仁王立ちしていたり、どこかから持ってきた白い椅子に座り目を閉じていたり、噴水に溜まっている水を両手で掬い上げては流し落とすことを繰り返したりする者もいた。
「それで彼女は?」
「忘却の地に幽閉した」
「守護者ともあろうものが渇望に飲まれるなどけしからん」
「エラーの修正がうまくいっていないということか」
「それはまだわからない」
「完全を求めるべきではない」
「同感だ。今回のイレギュラーは許容範囲なのか、更なる修正が必要なのかは慎重に見極める必要がある。過度な修正は逆効果になりかねない」
「当面は我々で均衡を保たねばならない。負担は大きくなるが」
「一時は揺らぎが拡大したが、幸い大事には至っていない。ラムダは安定してる」
「娘は」
「力を失いつつあるわ。未熟なまま力を使った副作用でしょう」
「致し方ない。しかし新たな守護者の出現は当面望み薄か」
「何れにせよ現フェーズにおいて失敗は許されない。修復に注力することだ」
「他の異分子は」
「あの遣いはどうする?」
「ゲートへのアクセスキーは剥奪した」
「どうやらこちらも選定に誤りがあったようだ」
「あの男は?力の一部が伝播しているようだが」
「脅威にはならない」
「放っておいても調和が浄化するだろう」
「して、守護者は」
「彼女はまだ若い。同化に時間が掛かるということだろう」
「同化が浸透する前に強い想いに囚われてしまった。遣いの導きを超えるほどの。いや、遣いも不完全。イレギュラーが重なったのだ」
「偶然には裏で何かの因果が働いているものだ。軽視してはいけない」
「その通り。たとえ浸透しきならなかったことを差し引いても思念が超越したことには違和感を覚える」
「個人の愛などエゴに過ぎない。調和こそが真実の愛そのものであることを知る必要がある」
「彼女が選ばれたものである以上、エゴが消えるのは時間の問題だ。俗世界の出来事は忘却の地が何もかも忘れさせるだろう」
「少し我々の手で促す必要はある」
「そうだな。調和の揺らぐリスクが高まっていることは事実だ。彼女には一刻も早く真の守護者として目覚めてもらわねば」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます