魔王人生 第1章 第12話 無垢なる災禍
農園のような場所でナスカと出会い、ウリエルの言葉を聞かされた神代は混乱していた。
神代はナスカの正体にうすうす気づいてはいたが、確信には至っていなかった。
しかし、その正体は彼の想像をはるかに超えており、考える暇すら与えられないまま、正体が明かされた瞬間に元の部屋へと戻されてしまった。
「……まさか、天使たちの親玉とは……想像の域を超えてるって……」
そう独りごちる神代に応じたのは、部屋へ戻る途中で出会った
「いや~、てっきり分かっているものかと」
「最高神はないだろ……捕虜扱いなんてしてしまったし、終わった……」
神代はナスカとの出会いを回想しながら、深く後悔の念を抱いていた。
「はぁ~……絶対、判決は死刑か無期懲役だろうな」
「その割には余裕そうじゃの?」
白玖は隣に腰掛け、リンゴの皮を剥きながら話しかけた。
「まあ、そう簡単に死ぬつもりはないし、いざとなったら逃げる。死ぬにしても、やることを済ませてからだな」
「ふむ……まあ、ナスカは優しい奴じゃからの。お主のことを心配しておったし、大丈夫じゃろ」
白玖と雑談しながらしばらく過ごしていると、遠くの方から猛スピードで駆け寄る足音が聞こえてきた。
ガチャンッ!!!!!
「はぁ……はぁ……よりにもよって、さ、最悪の判決が出たわっ!!」
息を切らしながら勢いよくドアを開けたのは狐嶺だった。
「……?」
神代はリンゴをかじりつつ、目にも止まらぬ速さで逃走準備を進めていたが、狐嶺の姿を見て手を止め、呆然とした。
***
「とりあえず話すけど……判決の結果、死罪は免れたわ……というより、できなかったと言ったほうが正しいわね」
狐嶺は椅子に腰掛け、リンゴを齧りながら話を続けた。
「世界中で『災害』の被害が拡大し、人手不足が深刻化しているの。そんな状況で、『
狐嶺は胸元から一枚の紙を取り出し、神代に手渡した。
「……どこから出してんだよ……えっと? 『代案として、“ミエルと三か月間の共同生活を命じる”』……どういうことだ? てか、ミエルって誰だっけ?」
神代は渡された資料を白玖に見せながら、狐嶺に尋ねた。
「……ミエルは、私たちとは『違う』……危険なのよ」
「あぁ~思い出した……前に白玖が言ってた奴か。『危険』ってどういうこと?」
白玖は資料を狐嶺に返し、静かに語り始めた。
「ミエルは、元々『災禍』の魔物として認定されていた存在じゃ。危険視されていたのはまだ『知識』が乏しい頃の話じゃが……上の者たちは、罪人を密かにミエルの元へ送り込んでいたのじゃ。そして、そこから戻ってきた者は一人もいない……あくまで噂じゃがの」
「つまり、俺をミエルの元へ送って、死ねば好都合。生き延びたら“計画”に利用する、って魂胆か……」
神代は腕を組み、考え込んだ。
……ミエルって奴がどんな存在なのか分からないのが問題だな。
せめて話が通じる相手ならいいが……どこもかしこも同じような連中がいるな。
すると、狐嶺が顔を伏せながら口を開いた。
「……ミエルとは一度会ったことが……いや、戦ったことがあるわ……正直言って、強い」
「お前がそう言うほどか?」
狐嶺は小さく頷いた。
「あれは異常よ……変幻自在、抵抗すら許されなかった。少し辱めも受けたわ……ミエルは“能力の抑制”をしているにもかかわらず、あの強さ……正直、今の君じゃ勝てないわ」
狐嶺は立ち上がり、荷物をまとめ始める。
「どこへ行くんだ?」
「さすがに私も黙っていられないわ。直接抗議してくる」
ドアを開け、部屋を出ようとする狐嶺を、神代が制した。
「……いいぜ、そのクソみたいな代案、乗ってやるよ」
「君、正気なの!?」
「どうせ強くならなきゃいけないなら、強い奴と戦うのが一番だろ」
神代は立ち上がり、狐嶺の前に立ちはだかる。
「いつまでも弱いままで居られるか。明日からでも行ってやるよ」
「……怖くないの?」
神代は少しの間、考え込み、静かに答えた。
「……もちろん怖い。でも今の俺には“
そう言い放った直後、神代は腹を押さえ、トイレへと駆け込んだ。
「……格好つかないのう、ふふっ」
***
翌日。
目を覚ますと、周囲の賑やかさが消え、静寂に包まれていた。
数時間後、天使兵数十名と、大天使ミカエル、ウリエルが部屋に現れた。
「では、これよりあなたをミエル様のもとへ送り届けます……最後に確認しますが、本当にいいのですね?」
ウリエルの顔には、微かに暗い影が差していた。
「問題ねぇよ。心配すんな、まだ死ぬつもりはねぇ」
「心配……はしておりません!」
神代は立ち上がり、天使たちとともにミエルの待つ場所へと歩みを進めた。
・・・・・
・・・・
神代は長い時間歩き続け、気づけば何もない壁の前に立っていた。
「……ここがミエルってやつがいる部屋か?」
「はい。ミエル様のいる場所は特殊で、外側からは普通に通れますが、内側からの脱出は外部の者が手を加えない限り不可能です……ミエル様の能力は、それほどまでに周囲への影響が大きいのです」
ウリエルは説明を終えると、その場から静かに離れた。
「この部屋が開いたら音が鳴りますので、その合図で入ってください……ご武運を」
しばらく待つと、ブザー音が鳴り響き、神代はウリエルから聞いた通りに部屋へ足を踏み入れた――
「―――……なんだ、この部屋?」
目の前に広がるのは、白一色の広大な正方形の空間。壁も床も天井も何の装飾もなく、ただ無機質な白が広がるだけ。
「……なんか違和感があるな」
神代が部屋の中心と思しき場所まで歩いたその時――
「―――ばぁっ!!」
突然、頭上から甲高い声が響き、逆さに降りてきた影が目の前に飛び込んできた。
「うおっ!?」
その影――ミエルは軽やかに着地し、神代に無邪気な笑みを向けながら近づいてきた。
「おにいさんが今回遊んでくれる人?」
「遊ぶ……?」
聞いていた話と随分違うな。見た目は……子供、と言うべきか?
しかし、よく見るとほんのり透けている。漫画やゲームに出てくるスライムのような感じか……。
「……お前がミエルで合ってるよな?」
「うん! ミエルはミエルだよっ!」
神代は、目の前のミエルの姿や言動が想像していたものとまるで違うことに、一瞬思考が停止した。
「それでそれで! おにいさんは何して遊んでくれるの?」
「……えっ? ……あぁ~、じゃあ――」
こいつの実力が分かる
「はやくはやくっ!」
ミエルは楽しげに目を輝かせながら待っていた。
「『鬼ごっこ』だ」
「やった!! いいよ!」
ミエルは一目散に駆け出し、すぐに位置につこうとする。
「待て待て、ルールは普通の鬼ごっことは違う。特別ルールでやるぞ」
もちろん嘘。ルールは完全に違うものに変えている。
神代は動き回るミエルを一旦落ち着かせ、ルールを伝えた。
「基本的には鬼ごっこ。ただし、逃げる側が鬼を触ってもタッチ判定にはならない。能力の使用は一つまで。そして、相手が降参したらゲーム終了。……分かったか?」
「んぁ???」
……ダメだ、全然理解していない。
「要するに、逃げる側は鬼に触ってもセーフ。能力は一つだけ使用可。そして、降参したらゲーム終了。分かった?」
「わかった!!」
神代はミエルと距離を取り、振り返る。
「鬼は俺からな! ……10秒数えたらスタートだぞ!」
アイツの理解度が子供並みで助かった……
もし最初から本気の戦闘になったら、俺の負けは確定。だが、この遊びを利用すれば、相手の身体能力・行動パターン・魔力量・能力の詳細を把握できる上、降参すれば強制的に終わらせられる。
この
「いくぞ! ……10……9……8……7……6……」
―
「5……4……3……2……1……行くぞッ!!!」
神代は合図とほぼ同時に飛び出し、一気にミエルの間合いまで詰める――
「――はぁああッ!!!」
「うわっ! ……おっとっと――」
神代は身体の向きを変え、ミエルを追いかける。
一方その頃、外からその様子を見ていたウリエル、ミカエル、
「……いきなり遊び始めましたね。何をやっているのか……」
呆れたようにウリエルが呟く。
「まぁ、あの状態のミエルは“幼い”からね。相手してあげてるんでしょ」
ミカエルは退屈そうに眺めていた。
神代は五分間ほど走り続けたが、ミエルにまるで触れられない。
「ハァ……ハァ……マジかよ……途中から結構本気でやってるんだけどな……」
「おにいさん、もう疲れたのぉ? ……ミエル、まだまだ走れるよ?」
こいつッ……煽ってんのか?
スライムだからほぼ無呼吸で動ける上に、可動域が普通じゃねぇんだよ!!
「舐めんなよッ・・・!!!!」
神代はさらに速度を上げ、壁や天井を駆使してミエルとの距離を詰める。
「ハぁアあッ!!!!」
大きな衝撃音が部屋に響いた――
「……なんか、前より速くない?」
ミカエルが眉をひそめる。
「私たちと戦ったときから、そこまで時間は経っていないはずなのに……」
狐嶺はその言葉に頷き、口を開いた。
「私たちは、身体は神代くん、中身は『史上最強の魔王』と戦ったわよね?……そもそも依り代になった場合、本体以上の力を引き出すのは本来難しいの。例えば、私の『
ウリエルは狐嶺の例えに納得し、そのまま話を聞き続けた。
「でも、依り代にされていたとしても、筋力や経験は多少なりとも影響するわ」
ウリエルはその言葉に疑問を抱き、口を開く。
「それでも結局、私たちに負けましたよね? どうしてでしょう?」
狐嶺は腕を組み、少し間を置いて答えた。
「……そもそも彼が本気で戦っていなかった可能性があるわね」
「つまり……本気で戦っていたら、私たちは負けていたと?」
ウリエルはわずかに魔力を高ぶらせながら、神代の方へと視線を向ける。
狐嶺も足を組み直し、神代を見つめながら続けた。
「もちろん、あなたたちが確実に負けるとは言わないわ。ただ、可能性の話よ」
狐嶺の視線の先では、神代が必死にミエルを追いかけ続けていた。
「クソッ……全然……触れもしない……!」
もっと瞬発的な速さが必要だ。全身強化ではなく――
神代の「
「――なるべく足に……力を入れるッ……!!」
これは鬼ごっこ。強力な攻撃を繰り出す戦いではない。ならば――
――
「足をメインにして強化すればいいッ!!」
神代が生み出した「型」は、天使たちが徹底的に調査し、把握しているものの一つだった。
調査によれば、「
その「型」の種類は、およそ三つ。
「フゥッ――!!」
神代が踏み込んだ瞬間、ミエルの後方で壁に激突する衝撃音が響いた。
ドゴォッン!!!!!
ミエルが振り返ると、さっきまで目の前にいた神代が、いつの間にか背後に立っていた。
「いって……思ったよりも速く動けたな……」
「すごぉいっ! おにいさん、しゅんかんいどうしたみたい!!」
驚いていたのはミエルだけではなかった。
外から様子を見ていた天使たちや狐嶺も、先程の神代の動きに驚愕していた。
「な、何ですか今のは……!?」
ウリエルは思わず机に手をつき、驚きの表情を隠せなかった。
「えぇ……」
ミカエルは呆気にとられ、開いた口が塞がらない。
「……なるほどね」
私たちがカガーマと戦ったとき、動きを捉えられなかったのは、この「型」が原因だったのね。
ミエルも目で追えてはいたけれど、反応しきれていなかった……。
「まだ強くなるのね……もう、めちゃくちゃよ」
狐嶺は神代の「
神代は壁に手をつき、激突した部位を確認しながら身体を動かす。
「問題なし……。ミエルだっけ? あいつも反応できていない……これならいけるッ!」
神代は激突の勢いを利用し、壁や天井を縦横無尽に飛び回った。
ミエルがその場であたふたしていると――
「タッ――――チィイイッ!!!!!!」
横から神代の手が伸び、ギリギリでミエルの肩に触れる。
「よっし――」
―――ドゴォォンッ!!!
神代は勢いのまま壁に激突した。
「ぐおぉおお……痛っ……てぇ……」
痛みに悶える神代を見て、ミエルはくすっと微笑みながら話しかける。
「これでおにいさんの勝ちだね! 次はミエルがおにだよ~!!」
「イテテ……もうちょっと待ってくれ……今、位置に戻る……」
神代は背中をさすりながら、スタート地点に戻る。
「まずは……俺の勝ちだな。次はお前が鬼な……」
「うん!」
神代は軽く身体を整え、ミエルに合図を送る。ミエルは無邪気に数え始めた。
「い~ち、に~い、さ~ん、し~い、ご~お――」
神代はミエルが数えている間に、次の一手を考える。
「……」
さっきは俺が鬼だったから、そこまで考える必要はなかった。
でも次は違う――。
俺はこいつから逃げ続けなきゃいけない。
……地獄じゃねぇか。
時間制限を作ればよかったな……。
「ろ~く、し~ち、は~ち、きゅ~う――」
後悔しても遅い。
とにかく相手の能力が何なのか、それを見極めるまで逃げ切るしかない。
――
「――じゅうっ!!」
ミエルが数え終わった瞬間、神代は「
「よしッ! これなら!」
このスピードなら、追いつかれずに逃げ続けられる!
「おにいさん、はやいよ~!」
「オメェも十分速かっただろっ!!」
手加減なんてする気はない。
そうしないと、こいつから逃げ切れる気がしない。
そう思いながら飛び回っていた神代は、ふと違和感を覚えた。
「……」
そういえば、さっき壁に激突したのに、あまり痛くなかった?
『
この壁や天井……なんか妙に柔らかい。
体育館のクッション付きの壁みたいな感触……。
あと、能力を発動するときの違和感がある……。
まさか――!
神代がその正体に気付いた瞬間。
目の前に、突如スライムの壁が現れた。
「くっ――!」
避ける暇もなく、神代は勢いのまま激突し、そのまま張り付いてしまった。
「おにいさん、つかまえたッ!」
「く……そっ―――――」
神代は抵抗する間もなく、意識が途切れた。
________________________________________
「あー……さすがにここまでやられたら、どうしようもないですね……」
ウリエルは気絶した神代を見ながら、同情するように呟く。
「神代くんは途中で気付いたけど、もう遅かったわね……。この部屋、本当はもっと広いの。でもミエルが部屋全体にスライムを敷き詰めて、部屋の八割を埋めていたのよ……。見ての通り、手のひらで踊らされていたってわけ」
「えぇ……」
ミカエルは呆然とした表情を浮かべた。
「まるで子どもみたいに無邪気だけど、それがかえって武器になる……。『現代最強』と呼ばれるだけのことはあるわね……」
ミエルは優しく、気絶した神代を地面へ降ろした。
――第13話に続く
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