魔王人生

神代寛地

魔王人生 第1章 第1話

この世界は理不尽だ。

どれだけ努力しても、一つの選択を間違えただけで全てが終わる。


この世界は嫌いだ。大切なものを容赦なく奪っていく。


この世界はクソだ。

「平等」「公平」などと言いながら、結局のところ弱者は強者に蹂躙される。


「弱肉強食」と何ら変わりはしない。


なぜ奪う? なぜ残酷な選択を強いられる?

ほんの少しの希望があったっていいはずだ。


人が嫌いだ。世界が憎い。神も嫌いだ。そして、弱い自分が何よりも嫌いだ。

例え嫌われようと、憎まれようと、そんなことはどうでもいい。


もうこれ以上、俺から奪わないでくれ。


「もっと強くなって守りたかった、そしてこの世界から――――」



それが俺の願いだ。




       第一章 ”目覚めの刻、空はまだ青く”



        ―― 第1話 ”逆襲リベンジ” ――




不幸は突然訪れる。

大小の差はあれど、それは人の人生を大きく変えてしまう。


俺は全てを失った。家族も、友人も、社会的な居場所さえも……。


最初は悲しかった。でも、不思議と今は何も感じない。


そんな俺は今、現在進行形で不良にボコボコにされている。

なんでって?


いや、こっちが聞きてぇよ。


不良は路地裏で、神代 諌大かみしろ かんたのポケットから財布を抜き取り、中身を確認する。

「ヒャハハ! こいつ、2000円しか持ってねぇぞ!」

「とりあえず、全部もらっとけ!」

不良たちは財布から2000円を抜き取り、そのまま逃げていった。


あー、めんどくせぇ。

普通に家に帰ってただけなのに、運悪くカツアゲされるとか……。


神代は仰向けに寝そべり、大の字になって空を見上げる。


「あ~あ、天使とか悪魔とか現れて、さっきの奴らをボコってくんねぇかな~」

まぁ、そんな都合のいいことが起こるわけもない。


神代はため息をつきながら起き上がり、殴られた箇所をさすりつつ帰路につく。

「あっ……そういえば、冷蔵庫に昨日の晩飯の残りあったっけ?」


そう考えながら歩いていると、空に厚い雲が広がっていく。

「雨降りそうだな……急いで帰るか。濡れるし。」


神代は足を速める。


その時――


突然、雲が晴れた。

神代は思わず足を止め、空を見上げる。

そして――

空から、翼の生えた人間のような者たちがゆっくりと降りてきた。


「……何だあれ? 新種の鳥か?」

冗談のつもりで言ったが、そんなことを考えている間にも、どんどん空から彼らが降りてくるな。


街の人々は困惑し、やがて防災無線が鳴り響く。


「……緊急避難警報。皆さんは、各学校の体育館へ避難してください。繰り返します……」


街には悲鳴やクラクションの音が響き渡る。

「何だあれ? 撮っとこうぜ!」

「急いで避難してください!!」


恐怖で泣き出す子ども、SNSに動画を投稿しようとする者、それを止めようとする警察官……。


瞬く間に街はパニックに陥った。


神代の脳裏に、先ほど自分が口にした言葉がよぎる。

……あれ? これ、さっき言った通りになってね?

……あんまり迂闊なことを言うのはやめよう。


神代は住宅街を走りながら、空を見上げる。

「……ん? あいつら、武器持ってね?」

降りてきた天使のような者たちは武装しており、街の人々を次々とどこかへ連れ去っていく。


その時――

「―――だっ、誰か助けてくれー!」


近くで助けを求める声が聞こえた。


神代は迷わず声のする方へと駆け出す。

「!?」

そこには、数人の天使のような者たちに囲まれた老人の姿があった。

咄嗟に神代は地面に落ちていた石を拾い、一人の天使に向かって投げつける。


ガンッ!!


しかし、投げた石は装備していた武器で弾かれた。

「いきなり石を投げてくるなんて、野蛮な方ですね…!」

天使は少し怒ったように言う。

だが、神代は言葉を聞くことなく、一直線に駆け出す。

「コスプレかなんか知らねぇけど、ジジイ相手に何やってんだ?」

神代の拳が、一人の天使を殴り飛ばした。


天使は壁に叩きつけられる。

「私たちは、天界からやってきた天使兵です! 貴方たちのためを思って、保護しているのです! 【作戦】の関係上、動けそうにない御老体の方を優先的に運んでいるだけです・・・・!」


神代は困惑した。


……天界? 【作戦】?

こいつら、何を言ってんだ?

テロリスト……? いや、それにしては目立ちすぎる。何が目的だ?


「お前ら、本当に天使なのか? 本当なら、一回飛んでみろよ……」

神代の言葉に、天使兵たちは呆然としながらも、当たり前のように空へ舞い上がった。

「これで満足? 私たちは正真正銘の天使よ!」


神代はその様子を見て、拳を握り構える。

「……なるほどね。まぁいいや。」

そして、目の前の天使たちを睨みつける。


飛び方を見る限り、機械仕掛けのような動きはない。

しかも頭上には輪っかが浮かび、どう見てもコスプレ衣装とは思えない。

武器も剣と槍。女性が持つには重すぎるうえ、鎧まで着込んでいる。

――どう考えても普通じゃない。


神代は一瞬考え、構えを取る。

「よし、やるか……おいジジイ、そこにいると邪魔だ。避難所にでも逃げとけ」


彼の言葉に呼応するように、天使兵たちも構え、緊張が走る。

「ありがとう……」

老人は何とか立ち上がり、急いでその場を離れた。



――正直言って、めちゃくちゃ怖い。

死にたくはない。 でも、ここで何もしなければ、自分自身から逃げることになる、そんな気がする。弱い自分に戻りたくはない。

ならば、あらがって死ぬほうがまだマシだ。


神代の脳裏に過去が蘇る。


幼い頃の俺は、弱くて、いじめられてばかりだった。


だから父親は護身の名目で戦い方を叩き込んできた。

模擬試合では、一度も父親に勝てたことなんてない。


それでも、俺はずっと努力を続けてきた。

どんなに苦しくても、『強くなる』ために……!


とはいえ、実戦経験はゼロ。 油断は死に直結する。 タイマンなら……いけるか?


「……? 来ないなら、こっちから行くよ!」

その瞬間、天使兵の一人が槍を構え、神代に突っ込んでくる。


刹那、記憶がよぎる。


――そういえば、昔こんなことを言われたっけ。


槍の間合いに入る直前、神代は槍の軌道を逸らし、すかさず間合いを詰め、足を払う。 バランスを崩した天使兵は、そのまま神代の蹴りをまともに喰らい、壁に叩きつけられた。


「なっ……!?」


驚くもう一人の天使兵が飛び上がり、攻撃を仕掛ける。

しかし神代はそれを軽々と回避。


――いける。


手応えを感じたその時、天使兵の一人が驚きの声を上げた。

「君、本当に人間……? 天使兵を一瞬で倒すなんて……ありえない!」


そう言いながら、天使兵は仲間に増援を要請する。

「こちら第56部隊27番、エリューシャ! 救援を要請します! 隊長にも来ていただきたい!」


神代は何かに話しかける天使兵を見つめた。


無線も携帯も持ってねぇのに、どうやって連絡してるんだ?

まぁいい、とりあえず落としておくか。


道端に落ちていた石を拾い、天使兵めがけて投げる――

「了解! 直ちに救援を向かわせます。それまで耐えてください!」

「はい! どうか急――」


ガンッ!!


神代の投げた石が天使の頭部に直撃。 天使は住宅の屋根を突き破り、そのまま墜落した。


「悪ぃが、今までの憂さ晴らしに付き合ってもらうぞッ…!!」


――天使の拠点――

「エリューシャ……? 第56部隊27番エリューシャからの通信が途絶えました!」


焦りながら報告する天使兵に対し、大天使ウリエルは即座に指示を出す。

「分かりました。第56部隊隊長を含む5名の天使兵を派遣。万が一に備え、大天使ミカエルとラファエルにも向かわせてください」


「「「!?」」」


周囲の天使兵たちが驚きの声を上げる。

「お待ちください、ウリエル様! 相手は人間です。天使兵の隊長だけで十分では……?」


しかし、ウリエルは静かに首を振る。

「確かに、一理あります。しかし、忘れていませんよね? 我々がこの世界に来た理由を」


場の空気が凍る。 ウリエルは話を続けた。

「作戦の第1 ――この世界に住む全人類を『災害さいがい』から保護し、所定の場所へ集め、生活の補助と監視を行う」


手元の資料をめくる。


「第2――天啓の通り、他種族と協力し、【神災しんさい】を討つ」


そして、一枚の資料を取り出し、机に置いた。

「第3――【神災しんさい】と認定された【魔王まおう】、及びその適合者を見つけ出す……。もし、今戦っている者があの【魔王まおう】なのであれば、相応の対処をしなければ、我々が敗れる」


天使兵たちはウリエルの言葉を受け、静かに作業へ戻る。

「…了解しました。直ちにミカエル様とラファエル様にも出動要請を」


天使兵は司令室を飛び出し、別室へ向かった。

その時、軽快な声が響く。

「ウ~リちゃん! ミカちゃんとラファちゃんだけで良かったんですか?」

ウリエルは呆れた声で応じる。

「公務中にその呼び方はやめてください、ベル様……」


――ナール・レスト・ベル。

天使と人間のハーフ。彼女がでは王女だった。 最高神に救われ、現在は我々に協力している。 だが――


「も~、硬いですよ~! もっとリラックスしてください!」


――緊張感がないのが、少しダメですね……。

ウリエルは深く息を吐き、言葉を継ぐ。

「ミカエルとラファエルだけで十分です。ミカエルは武人で、状況を見極められる。ラファエルは回復魔法を使えるので、相手が負傷しても問題ありません」


「っ! なるほど! ウリちゃんの判断なら安心ですね~!」


「だから、その呼び方は……はぁ……もういいです……」



一方その頃――

神代は次々と天使兵を倒していた。

「ハァ……ハァ……っ!」

ここまで何とか戦い抜いたが、流石に体力が限界だ。

最後に残ったのは、隊長か……めんどくせぇ……。


「まさか、ここまでやるとは……あなたの実力を見誤っていたわ」

天使兵の隊長が讃えるように言うが、神代の耳には届いていない。


――どうする? 一度離脱するか?


しかし、神代にはその余裕がなかった。


無理だな。疲弊した状態で背を向ければ確実にやられる。

だが、真正面から挑んでも勝てる見込みはない……なら――


神代は決断し、天使兵隊長に向かって駆け出した。

「!? いきなり距離を詰めてくるか。悪くない判断だ……だがっ!」


攻撃を仕掛けるが、軽々とかわされ、すぐさま反撃を受けて地面に転がる。


「ぐっ……!」

「甘いな。ここまでは運良く勝てていただけだ。もう諦めろ。」


天使兵隊長が見下ろしながら告げる。


一撃が重すぎる……!

さっきの奴とは別格だ。全く立ち上がれない……。

急がないと、次の攻撃が来る――!


天使兵隊長が追撃に移る。しかし、神代はギリギリのところでそれをかわし、よろけながらも体勢を立て直した。

「ハァ……くっ……このクソ天使が……!」

つい口が悪くなるが仕方ない。もう限界が近い。骨が折れていないのは奇跡的だが、逃げるのは…無理か……。

ならどうする?このままじゃ埒が明かない……だったら――


神代は落ちていた鏡の破片を拾い、静かに攻撃の機を待つ。

「カウンター狙いか……いいだろう。正面から叩き潰してやるッ!」


天使兵隊長は嬉々とした表情で加速し、一直線に突撃してくる。


――かかったな、脳筋めッ!


神代は鏡の破片を使い、太陽の光を天使兵隊長の目に反射させた。

「なっ……!」

一瞬の隙を突き、槍の持ち手を掴んで峰打ちを食らわせる。

「ぐはっ……!」

しかし、隊長は倒れなかった。神代はさらに数発、峰打ちを叩き込んだ。


「~~っ! よし……! さすがにここに居続けるのはマズい。一旦離れ――」


そう思った矢先、空から二つの影が降り立つ。

「ありゃ~、えらく派手にやったねぇ。もしかして、これ全部君の仕業?」

「皆さん、大丈夫でしょうか……ミカちゃん、もう少し皆さんの心配をしてください!」

神代の前に現れたのは、小柄な赤髪の少女と、長身で長い青髪の女性だった


何だ……? 赤髪のチビと、青髪のでけぇ女……。

緊張感がない、というか、ただただヤバい。


その直感は当たっていた。

気づけば、ミカエルと名乗る赤髪の少女は、倒れた天使兵の傍にいた。


「大丈夫? 動けそうか?」

「……は……い……ミカエル様……」

「!? いつの間に……?」

確かに目の前で見ていたはずなのに、一瞬で移動していた。

こいつは……。


神代は警戒しながら問いかける。

「……お前ら、他の天使兵とはかなり違うな。名前は?」

ミカエルは笑顔で答えた。

「いいだろう! 私は大天使の一人、ミカエルだ。ほら、ラファエルも自己紹介して。」

「え、えっと……私は、大天使の一人、ラファエルです。よろしくお願いします……。」


……あれ? ちょっと想像と違う。

「頭が高いぞ、人間」とか言うのかと思ってたが、意外と礼儀正しいな……。


そんなことを考えていると、ミカエルが唐突に尋ねてきた。

「…少年の名前は?」

「それで素直に答えるバカがどこにいると思ってんだ? バーカ。」


ミカエルは眉間にシワを寄せながらも、表情を崩さず答える。

「……まぁ、答えなくてもいいさ。後で調べるし! それより、ここにいる天使兵を倒したのは君かな?」

「……そうだったら?」

「すごいね! だって隊長は、人間が十人束になっても勝てない強さだから。君一人で倒したのなら、天使兵からしたら脅威だよ。まあ、倒したのは見てたけどね!」


「!?」

こいつ……空から見ていたのか?

戦いに集中していて気づかなかった。

とりあえず――


「大天使様がわざわざこんな所になんの用だ? 観光か?」

「っ……まぁ、簡単に言えば、神様からの天啓を受けて、ある【作戦】を遂行するために来たんだよ。」


「【作戦】……?」

そういえば、さっきの天使兵も【作戦】がどうのこうのと言っていた。


「【作戦】の詳細は教えられないけど、私たちはある人物を探しているの! かつて史上最悪、そして最強と謳われた【魔王まおう】をね!」


魔王まおう】? 天使と対極の存在じゃないのか?


疑問を抱きつつも、神代は質問を投げかける。

「【魔王まおう】なんてこの世界にいるわけがない。てか、いたらすぐに分かるだろ?バカなのか?」


「ゴルァ!! こいつ……! こっちは丁寧に話してるのに態度が悪いぞ!」

ミカエルがブチ切れるが、ラファエルが慌てて押さえ込む。


「す、すみません! ミカちゃんは短気なもので……!」

暴れるミカエルを抑えながら、ラファエルが話を続ける。

「君の言う通り、その【魔王まおう】が生きていればの話です……。私たちは以前もこの世界を訪れましたが、見当たらず、生まれ変わった可能性を考えて、今回動いているのです。」


「で? その【魔王まおう】の生まれ変わりを見分ける方法はあるのか?」


ラファエルは躊躇いがちに答えた。

「……実は、まだ保護されていないのは君だけなんです。」


「……は?」

いやいや、冗談も大概にしろ……

天使たちが侵略してきて、まだ一時間しか経ってないんだぞ。

こんなの絶対……そう、俺を動揺させるための嘘に決まって…る…?


「……あれ?」


神代はふと、周囲の静寂に気づいた。

つい先ほどまで響いていた悲鳴やクラクションの音が、すっかり消えている。

まるで世界が一瞬にして静止したかのようだった。


「……っ! マジかよ……本当に俺しかいないのか……?」


背筋が凍る。驚きと恐怖で冷や汗が流れる中、ミカエルが口を開いた。

「ん~~ばぁっ……さて、少年。君には二つの選択肢がある。一つは降参して我々と共に来ること。そして、協力すること。もう一つは……私たちと戦うこと、だ!」


静寂が、まるで空間を支配しているかのようだった。

神代は険しい表情で考え込む。


――相手は「大天使」。まともに戦って勝てる見込みは、限りなくゼロに近い。

でも、だからといって降参し、「仲良く協力しようね」なんて都合のいい幻想を抱くつもりもない。


俺たちは「」、相手は「使」。力の差は歴然だ。


彼らは魔法のような力も使える。

その圧倒的な差を考えれば、交渉が対等に進むわけがない。


ならば選択肢は一つ……だが、今ここで決断を下すのは得策じゃない。

…そうだ、一か八か交渉してみるか。


「…今決めるのはさすがに無理だ。明後日、山の近くにある運動場で決めさせてくれ」


ミカエルたちは意外にも、あっさりとその提案を受け入れた。

「いいぜ! じゃあ明後日までは、天使兵たちに君を襲わないように伝えておくから!」  

「良い返事を期待しています……では、また」


そう言い残し、ミカエルたちは倒れた天使兵を連れて撤退していった。



― 数時間後 ―


「……交渉はうまくいった。でも、どうする?」


自宅へ戻った神代は、明後日までにすべきことを考えた。

「降参は論外。戦うしかない……が、問題は武器だ」

この世界で真剣や暗器を手に入れるのは容易ではない。

そもそもどこにあるかも知らん

それに木剣では折れてしまう。


「……木剣じゃ切れ味はないが、打撃ならいけるか?」

とりあえず木剣は用意するか。


必要なものを整理し、翌日にはすべての準備を終えた。



― 約束の日 ―

運動場には、大天使たちの姿。

そして、離れた場所には見物する人々や天使たちの群れがあった

「一体、これから何が始まるんだ?」

「知らねぇ。でも、なんか話し合うらしいぜ?」

ざわめく群衆の中で、ミカエルはふと気配を察した。


「……っ! 来たな?」


視線の先には、悠然と歩み寄る神代の姿。明らかに戦う気満々だった。

「いや~、久しぶり! 一昨日ぶりだね。考えはまとまったかい?」


ミカエルが気さくに話しかけるも、神代は無言のまま。

「……そうか。ならば構えなさい! これから、君を見極める!」


ミカエルが剣を抜き、構える。しかし神代は依然として動かない。

「……怖気づいた? 今さら?」


ミカエルが煽るように言うと、神代は静かに剣を抜き、低く構えた。

「もし俺がお前たちに勝ったら、頼みたいことがある。もし負けたら……お前たちの言うとおりにしてやる。負けたらな」

この戦いは、大天使にとっては単なるエキシビジョンマッチ。


だが、俺にとっては殺し合いだ――


「…見届け人は、私、大天使ウリエルが務める。では……始めッ!」


ウリエルの号令と同時に、神代が動いた。

猛攻撃を仕掛ける神代。しかしミカエルはそのすべてを防ぐ。


やはり圧倒的な実力差――。


だが、神代は怯まなかった。

戦いは次第に過酷さを増していく。

木刀は折れ、隠していたクナイを投げるも弾かれる。


「……チッ、やっぱりか」


次々と策を繰り出す神代。チャクラムのようなモノを投げるが、やはり通じない。

「君・・・面白いね!」

楽しげに笑うミカエル。


――ふざけるな。

俺は本気で命を懸けているのに。


攻撃の手を止めず、戦い続ける神代の体力はどんどん消耗し、息も荒くなっていく。

肺が悲鳴をあげようが、手首が痛もうが諦めなかった。


「っ……テメェのような奴がいるから……!」


怒りと執念が混ざった叫びが響く。

そして、ミカエルはついに本気を出し始めた。

「そろそろかな・・・ちょっと判断が甘かったかな~。――じゃあ本気で!」


 さらにそこへ加わったのはラファエルだった。


二対一。


「……はぁ? 二人がかり? ふざけん…――」


最悪の状況に追い込まれる神代。


そして、息をつく暇も与えず、ラファエルの魔法が放たれる。


― アクアスプラッシュ ―


神代の目の前を細い水の刃がかすめ、背後の壁を貫いた。

「っ!? あっぶねえ…!!」


そして、次の瞬間――


神代の左手と右脚を、鋭い水圧カッターが貫いた。

「ぐっ……!」


躱しきれずに倒れ込む神代。


「ごめんなさい……でも、止めるためには仕方ないの……!」


・・・はっ、これじゃあほとんど殺し合いだ。

相手に情けなんてかけるな・・・ 謝るな、攻撃を止めるな。

・・・止めるなよ、戦えなくなるじゃねぇか・・・


「っ・・・ハァ、ハァ・・イッテぇ・・」


神代はふらつきながらも立ち上がり、構え直して叫ぶ――

「――――・・来いやッ!!クソ大天使共ッ!!!」


ラファエルは目を逸らしながらも攻撃を再開し、ミカエルも手を緩めなかった。


― 数分後 ―


もう何回殴られた? 何回吹っ飛ばされた?

もう分からねぇ・・・ 痛みも感じねぇ、音も遠い、視界がぼやける・・・


ああ、これ死ぬな。


ドガッ!!


神代はミカエルの打撃を受け続け、ラファエルの魔法も直撃し続けていた。 体はボロボロで、まともに立つことすら叶わない。

もはや戦いではなく、一方的な暴力だった。


「・・・もうやめよう・・・っ」

ラファエルの瞳には涙が滲んでいた。

ミカエルも、気力のないまま攻撃を繰り返していた。


「君はもう立つな・・これ以上やるのは、私でも気が引ける」


ミカエルがそう言うも、神代は歯を食いしばり、再び立ち上がる。

ウリエルはその戦いを上空から見下ろしていた。


見届けるのが役目とはいえ、もはやこれは戦いではない。

だが、止めることは彼の覚悟を否定することになる。


天使たちも、観戦していた者たちもその光景に目を逸らし始めていた。

ウリエルは沈黙したまま、この結末を見届けるしかなかった。

そして、終わりの時が迫る――


「・・・ラファエル、彼にとどめを」

ミカエルの言葉に、ラファエルは首を横に振る。


「・・・やれよ、クソ天使・・・お前らはっ・・・そんなこともっ・・・できねぇのか? 」


神代は口元に血を滲ませながら、ラファエルを煽り立てる。


―  水撃重圧弾すいあつじゅうげきだん  ―


ドンッ!!!


大きな衝撃音と共に、神代は吹き飛ばされた。


ラファエルは目を見開き、その場に座り込む。

「・・・そんな! 威力は下げたのにっ・・・!」


ミカエルは違和感を覚え、急いで撃ち抜いた場所へ向かう。

そこにあったのは、神代の靴だけ――


「っ!?・・・アハハッ! 最後の最後まで諦めの悪い人間だよ!」


ミカエルは乾いた笑いを漏らす。

「最初から勝つ気なんてなかったんだ! 彼は死ななければ負けじゃない、負けそうなら意地も捨てて逃げることもできる! 彼はいろんな意味で『化け物』だよ! 」


ミカエルがそう言い放つと、

「天使兵たち! 彼を捕えなさい! 今が絶好の機会です!」


ウリエルは即座に命令を下した。

一方、神代はラファエルの魔法の衝撃を利用し、戦場から脱出していた。


―― よしっ、逃げれた!

あとは天使兵を振り切って家に戻るだけだ。

応急処置用に、病院から薬や包帯、消毒液をありったけ取ってきたんだ!

まだ終わってねぇ・・・!


とにかく今は逃げることが最優先――!


神代は全力で駆ける。だが天使兵たちが執拗に追いかけてくる。


―― まずい! 全然振り切れねぇ! このままじゃ本当に捕まる・・・!


焦りが募る中、突然、背後から何者かに斬りつけられる。


「ぐぅっ!? がぁあぁあ!!!」

それでも止まらず。痛みを振り切り、ただひたすらに逃げ続けた。



― 数十分後 ―



神代は物陰に隠れ、天使兵が去るのをじっと待つ。


何とか逃げ切った。

もう日が落ちて、やつらも目視での追跡が難しくなったようだな。


撤退していく天使兵の姿を見送りながら、無意識のうちに自宅へと向かっていた。

――はは・・・もう限界だ。


痛い・・・何も聞こえない。

・・・視界がぼやけ、ほとんど何も見えない・・・


――たぶん、自宅の近くだ・・・


あれ? 俺、何してたんだっけ・・・?


「・・・くっ・・・!」

誰かがいる。何か言っているが、よく聞こえない。


・・・女の・・・人?


ドサッ!


「・・・丈夫で・・か! 出血・・・い・・どこか・・・」


・・・・


運ばれてる・・・

ダメだ、もう眠い・・・・



・・・・・・


神代の意識が途切れた。



「・・・に・・・託・・・・」


・・・?


何か聞こえる。目の前が真っ暗だ・・・


「・・前に・・力を・・・託・・・」


何を言っているのか、聞こえねぇ・・・もっと大きな声で言え・・・


「お前に俺の・・・を、力を託す。任せ・・・」



―― 神代は目を覚ますと

そこは、自宅のベッドの上だった。






――第2話に続く

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