彼女が歌手ですが、僕はただの一般人です。

しらたきこんにゃく

第1話

 歌を歌うことを職業としてしている人のことを、世間は「歌手」と呼ぶ。

 歌が好きだから、などの理由で歌手をやっている人もいるが、大体の人間が歌手を趣味のような形でやっているのだと思う。

 歌手で食べていける人間は、その界隈でも一握り。年収百万円にもいかない歌手・アーティストもいる中で、年収七億を稼ぐ歌手・アーティストもいる世界だ。

 そんな世界で、波に乗っている歌手がいる。

 ゆずあおい

 流星が如く歌手界に現れ、圧倒的歌唱力と作詞・作曲能力で人気をかっさらった。

 そんな彼女だが――。


「作詞も終わったし、あとは作曲するだけだよね。じゃ、かーくん。イチャイチャしよ」

「僕の仕事が終わってないからあとでね」

「どぉぉしてだよぉぉぉぉぉぉ!!」


 学生時代から付き合っている、僕の彼女である。





 都内某所。

 オフィスビルが立ち並ぶ大道りに、僕は来ていた。

 なぜ来ているのだろうか。僕は心底不思議に思いながら呼び出した本人を待つ。


「ごめん、待った?」

「待った。それで、用件は?」

「そこは『ううん、今来たところ』なんて言う所でしょーが。やり直し」

「いや、あの……」

「やり直し」

「ハイ」


 圧がすごい。

 僕をオフィスビル街に呼び出した張本人――遙の指令に従い、彼女が少し離れたところから走り、僕のそばで立ち止まった。

 

「ごめん、待った?」

「ううん、今来たところ――てぇいっ!」

「いたーい?!」


 僕による復讐の軽チョップ!葵には効果抜群だ!

 葵が頭をさすさすとしながら「反撃はよくないよぅ」とブツブツ言っていた。


「それで、僕を呼び出した理由は?」

「ここにある事務所から是非って言われて、断りたいから一緒に来て」

「まさか断るためだけに呼び出されるとは」


 ただ一つ、僕には疑問があった。

 なぜ葵はかたくなに事務所へ所属しないのだろう。事務所に所属したほうが何かと便利だと思うのだが。


「なあ。事務所に所属しない理由ってなんだ?」

「単純にかーくんとイチャイチャする時間が無くなるから――なんてのは半分本音、半分建前。事務所に所属しちゃうと、より『芸能人感』がでちゃうんだよ。私はあくまでも『趣味で歌手をやっている』という体裁を貫くつもりだからさ。私の活動理念に反するわけ」


 意外としっかりした理由だった。

 面倒くさい、というような小学生染みた答えが返ってくるものだと思っていたものだから、少し思考が止まる。

 少し葵をなめていたかもしれない。

 

「失礼なことを考えているような波動を感じるけど、まぁ見逃そう。さぁいかん決戦の地へ!」

「断るだけじゃん……」


 袖を引っ張られながら、僕は半ば強引にオフィスビルへ連行された。





 オフィスビルの中は、すごかった。

 バリバリ仕事ができそうな人間しかいない。中にいた人間は当たり前のようにマルチタスクをこなしていて、できなきゃこの場ではやっていられないと空気で伝えてくるようだった。

 今回お断りする(予定)の事務所は【The best of entertainment】。

 所属芸能人数は実に百五名、トップタレントも多く在籍しているらしく、事実受賞した主要音楽賞や映画賞なんかも芸能界トップレベルの実績らしい。

 

「本当に断るのか?」

「あたまえ。早く帰ってスラブラやりたい」


 変わらないなぁ、こいつ……。

 事務所に着き、担当説明者から責任者のいる応接会議室へ通される。

 東京の街並みが一望できる程広い窓を背に、ガタイのいい大男が腕を組み肘を机につきながらこちらを凝視してくる。

 

「あなたが柚木葵さんですか?」

「えぇ。はじめまして。私のとなりにいるのは幼馴染です」

 

 葵からの紹介を合図に、軽く会釈する。

 目の前の大男は、「ふう」と少し息を吐き、言葉を発した。


「初めまして。私の名前は強豪こうごうたけし。この【The best of entertainment】の最高取締役責任者だ」


 声が野太く、机に響く。顔と声がよくマッチしており、軽く根源的恐怖を感じる。


「今日お呼びしたのはほかでもない。ぜひ、我が事務所に入っていただき、ともに日本、いや、世界の音楽シーンを席巻しようではありませんか!さぁ、この契約書にサインを――」

「お断りします」


 言ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!もう僕の心臓はバックバク。

 体中の血管が表に出てきそうなほど僕の胸は脈打っている。

 葵はうっすらと作り笑顔でにっこりと笑い、強豪さんを見据えている。対して、強豪さんはまさか断られるとは思っていなかったようで、きょとんと状況が呑み込めていないようだった。


「――は? 今、なんと?」

「ですから、お断りさせていただきます」


 バチバチと、静かに目線が交わり、火花を散らしているのが見えた。





 お疲れ様です、しらたきこんにゃくです。

 言わせてほしい。第一話からこんなにぶっ飛ばす小説なんて聞いたことがない。

 基本、塗りつぶしの♦記号は場面転換、塗りつぶされていない♢記号はあとがき、という形で使い分けていきたいと考えています。

 

 のんびり投稿するので、よろしくお願いします。

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