第6話士官先

 今日は、昼間からの待ち合わせ。

 待ち合わせ場所は、いつもの神木の下だ。


せん


きり


 合言葉も簡略化されている。


「ぶはは」

 開口一番、千歳が吹き出した。



「なんです、出会い頭に人を見て吹き出すとは?」

 夜霧は眉をひそめる


「だってさ、見事に尼さんに化けてるんだもん。合言葉を聞かないと、夜霧だってわからなかったよ。事情があって若くして仏門にはいった、敬虔な尼さんだ!」


「千歳こそ……。普段のガサツさがずいぶん薄まって、お澄まししているではありませんか?」


「何、その微妙な反応は……!? 虚無僧とかの方が、よかったかな?」


「いいですね! 千歳の虚無僧姿、見てみたいです!!」


「次は、それでくるよ」


「男に見えるようサラシとか巻くといいかもしれませんね! で、どこへ向かうのですか?」


「貯水池のほうへ行ってみるか。 そこの管理人夫妻がうちの使用人たちを仕切っていたんだ」


「では、参りましょう」


「南無阿弥陀仏」

 いたずらっぽく合唱する千歳。


「ふふふ。わらわ達、浄土親宗派なのですね。南無阿弥陀仏」

 夜霧も〝了解〟とばかり、手を合わせた。



♠️

 貯水池は、城の裏山より少し離れた位置にある高い山の上にある。


 千歳が前に立ち、夜霧が歩きやすいように山道の枝を小刀で切り払いつつ進む。


「この道を進むの久しぶりです」


「ここ、来たことあるの?」


「とあるお役目で」


「へぇ……」


(こんな山奥でやるお役目って、なんだろ?)と思ったかもしれないが、詳しくは聞かない千歳。


「櫛を見つけたら……千歳は、ここを離れるおつもりですか?」

 千歳の2歩後ろから投げかけられる唐突な質問。


「突然、何?」


「初めて会った時、〝前よりもどーんと成り上がるのが戦国のならい〟とおっしゃっていたので……。他国の誰かに仕えようとしているのかな?って」


「あれだけで、よく分かったね」


「それくらいのことは、分かります!」

(深窓の姫君と馬鹿にするのはおやめください!)とむくれる夜霧。


「現在、いろいろ仕官先を検討中」


「目星はついているのですか? 例えば、甲斐の武田とかどうです? 強いと聞きますが」


「あー、駄目駄目」


「どうしてですか?」


「甲斐は、京から遠いし。天下など望むべくもない。海もないし」


 問題は、地理である。



「天下!」


「そう。仕えるなら、天下を取れる大器じゃないと。地理や人や時なんかの運も兼ね備えていてね。こっちの出世もおぼつかない」


「そんな大器、どこにいるのでしょう? 駿河の今川ですか?」


 駿河の今川義元は、海道一の弓取りとして名高く、たびたび尾張に侵攻している。家柄もいい。駿河の地理も悪くない。


「あー、駄目駄目」


「今川も駄目なのですか。どこが?」


「あそこは名門だからか組織が硬直していてね。下のものがどんどん登用される家風じゃないんだ。こちらの出世もおぼつかないし。当の今川自体もその内、戦に負けて没落すると見るね」


「今川を負かす? 誰が」


「尾張を統一するだろう男さ」


「だから、誰?」


「織田信長!」


 織田信長はこの時、25歳。家督をついでから3年経過しており、尾張を統一しようと躍起になっていた。弟である信行も舅である斉藤道三もそれぞれ身内争いに敗れて既に無い。


「あの大うつけと評判の?」


「ただのうつけじゃない。大うつけというのが見どころがある。うつけなら大うつけ。聖人なら大聖人。悪党なら大悪党。傑物というのは、そういう常人よりどこかが突き抜けた者のことだと拙者は思うよ。仕えるなら、そういう人物がいい!」


 そう言う千歳の目は希望に満ちていて、キラキラと輝いている。


 その美しさに魅入られる夜霧。


「羨ましいですわ」


「何が?」


「夢を語れる、千歳が」


「夜霧に夢はないの?」


「わらわは……」


 夜霧が言い淀んだその時、目的地である貯水池が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る