第3話合言葉

 待ち合わせ場所である御神木は、樹齢千年を超えるだろう巨木。夫婦木めおとぎと呼ばれて、夫婦円満のご利益があるとされている。

 この夫婦木は杉とひのきが根本から絡み合うように生えており、世にも珍しい【異種共存の神木】なのである。


 御神木の前には小さなほこらもある。


 新月から次の満月までは15日かかる。

 つまり、千歳と夜霧が再会するのは、初めて会ってからおよそ2週間後のこと。旧暦で一月十六日の夜である。



 千歳は満月と満天の星空の下、祠の前でただ一人、焚火をしながら夜霧を待っていた。

 この時節の伊賀は、昼夜の寒暖差が激しく深夜は底冷えがする。


 周囲の者が寝しずまるのが早いこの時代。千歳は、圧倒的な静寂の中でこの世界にただ一人取り残された存在のような孤独感を覚えているかもしれない。


♠️

 千歳は、待ち合わせ時間より半刻(1時間)くらい早く待ち合わせ場所で待っていた。しかし、一刻(2時間)たっても夜霧は来ない。


(あれ、待ち合わせの日は今日じゃなかったかな? 待ち合わせの日時をもっと詳細に決めておくべきだったかな??)などと疑念が湧いてきただろうその時、



 がさがさと、誰かが近づいて来た。


 千歳は、反射的に身構える。



「合言葉」

 

 正面に立つ黒装束の少女。


 なぜか、遅れた方が偉そうに「合言葉」と発したのだ。


「〝春霧はるがすみたなびく山のへなければいもにあわずて月ぞにける〟」

 千歳は、和歌をそらんじた。


「えーっと。〝わらわが来るのが遅いから、わらわに会えないまま何ヶ月も待たされるかもと思って、泣いちゃいそうになってしまいました〟の?……なら、〝千歳ちとせまでかぎれる松も今日よりは君にかれて万代よろずよむ〟」


「……〝愛しいわらわに会うためならば、千年どころか万年でも待てるでしょ?〟ってこと!? ひどいっ」


 合言葉は、〝知ってる和歌を状況に応じてそらんじること〟だった。お互いの教養と機智が試される課題だ。


 ちなみに春霞とは、冬から春に移りかわる寒暖差の激しい時期に発生するきりのことである。夜霧は秋の季語。厳密に言えば夜に発生する春霞はおぼろ詠むよむし、霞が発生するのは二月からとされていたりするが……千歳は、そういう細かいことは気にしない性格なのだろう。


 それに対する返歌は、千歳を呆れさせる物だった。


「ごめんなさい。城から抜けた出すのに想像以上に手間取ってしまいまして。お酒も草餅もちゃんとたっぷりとかすめとってきたので、平にご容赦くださいませ」

 夜霧は、千歳の顔を覗きこんで手を合わして謝って見せた。


「なら、許す。寒いし、火にあたりなよ。ついでに草餅を焚火で炙って熱々のとろとろにしよう」


「良い考えです!」


 お互い、黒い頬かぶりをしている。


 決められた合言葉を確認し合ったので、もう頬かぶりを解いても良いだろう。


「「あ」」


 月あかりと目の前の焚火の光に照らされたお互いの容姿を初めてくっきりと見た時……


 同時に驚きの声を上げてしまう2人なのだった。


—————————————————————


        [あとがき]


 設定の補足をしておきます。


 まず登場人物ですが、滝野夜霧と簗田千歳は架空の人物であり、この地に伝わる伝承もフィクションです。


  滝野城(柏原城)は三重県名張市に本当にあります。しかし、滝野城が以前に簗田城

と呼ばれていたというのも作者が勝手に付け足した設定です😅


 裏山に生えている御神木にもモデルはあるけど、実際に生えてる場所は違っていまして……滝野城と同じ三重県名張市にある国津神社の御神木なんです。ややこしくてごめんなさい🙏


 他にも気になる点がございましたら、下記の🤍マークを押して❤️状態にして(応援)コメント欄にて気軽に質問してくださいませ。最新話か目次の下部にある⭐︎⭐︎⭐︎の部分を★★★状態にしてくださったり、この作品をフォローしてくださったりしてくださったら、作者が小躍りして喜びます

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る