滝野夜霧と簗田ちとせ。それから、織田信長〜戦国伊賀くのいち姫忍法帖【ドラゴンノベルコンテスト】
ライデン
第1話城への潜入
♠️元亀2年(1571年)9月12日比叡山延暦寺
秋の夜長に、火が
祝事ではない。
今起きていることは、
有名な〝比叡山焼き討ち〟である。
ここは、女人禁制の聖地。そのはずなのに雑兵に追われて火の中を逃げ惑う人々の中には、
「「「ぎゃあっつつつーーーーー!」」」
「あはは……燃えろ燃えろ、燃え尽きてしまえ。旧時代の遺物! 世を惑わす
火の中心で怪しげに高笑いをする美しくも中性的な女が一人。
その者の髪は、燃え盛る火に劣らないほどの赤色。瞳の色も同様だった。
表情は怒りと憎しみに燃えているようだが、同時に泣き叫んでいるようにも見えるかもしれない。
そして、(どうして、こうなった?)と過去を回想しているようにも見えるかもしれないのだった。
♠️永禄元年(1558年)1月1日
血で血を洗う戦国時代。下克上という物が横行していた。
鎌倉時代あるいはそれ以前から続く名家も没落し、家臣が主を殺したり追放したりすることも日常茶飯事。
ここ伊賀では最早、国主というものが存在せず小さい豪族達が
これは、永禄元年(1558年)正月(旧暦)深夜の出来事である。場所は…いろいろ呼び名があるが、〝
草木もねむる丑三つ時。今宵は新月。闇夜を照らす月も無し。
小高い山の側の窪地に建つ滝野城に、ひっそりと忍び込む者がいた。
この日は正月の宴が行われており、皆、酒をたらふく飲んでいる。眠りこける者も多く、警備が手薄だったのだ。
小柄な侵入者は、闇夜に溶け込む真っ黒な忍者服に身を包み、頭にも黒い被り物をしている。背には一本の忍者刀。
「何が〝滝野城〟だ」
侵入者は、面白くなさそうにボソリと呟いた。
勝手知ったる他人の城。城主の家族が居住する奥向きの部屋まで侵入するのも、とても簡単だった。
〝滝野城〟とは、つい半月前からのこの城の呼び名。通称である。その前は〝
「さっさと目的の物を見つけてずらかろう」
なんとなく居心地の悪さを感じながら目的の場所の
「誰?」
寝床からすっと起き上がる衣擦れの音と共に、静かだがよく通る鈴の音の如き涼やかな声が
♠️
「えっと〜。その〜」
「威勢の悪い
平静すぎる若い女の声。
侵入者がビクビクしているのは、(「きゃあ」とでも叫ばれたらどうしよう?)という恐れからである。
深夜ゆえ、てっきり中の娘は眠りこけているだろうと油断していた。
この娘の言う通り、口封じに即座に殺す程の恨みもなければ害意も無い。(叫ぶ間もなく即座に殺す手段はある)だが、
この部屋の主からは、驚嘆や恐れといった物がほとんど感じられない。むしろ、平静すぎるというか、
「まぁ、この部屋の前の主が失せ物を探しにきただけというか〜」
「この部屋の前の主……ということは……あなた、簗田殿の姫君かしら?」
「い、いかにも」
「そう」
この部屋の主は、呟いたきり何かを考え込む。静かだが凛とした不思議な雰囲気を持つ娘である。年の頃は侵入者と同じ13歳といったところだろうか?
この時代では大人と子供のちょうど境目といった年頃である。あたりは暗く、夜目のきく侵入者にも部屋の主の容姿はしかと見えない。
侵入者はこの思考が終わった時、相手が今度こそ叫ぶのではないかと気が気ではない。
お互いがしばしの葛藤をしたのち……
「とりあえず、こちらにお越しください。お話しをうかがってから協力するかどうか決めるとしましょう」
「へ?」
侵入者は、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
「〝本当に自分の失せ物を探しにきただけなら、協力して差し上げましょう〟と申し上げているのです。〝その前に詳しいお話しをお聞かせください〟と。それとも問答無用で〝賊です! 皆の者、であいなさい!!〟とでも叫びましょうか?」
「……それは、どうかご容赦願いたい」
侵入者はふるふると首を横に振って、この部屋の主たる姫が長座している布団の元へと遠慮がちに忍び寄った。
なんとなく(この姫は、そんなことを叫ばないんじゃないか?)と初めてまみえた政敵の娘に不思議な信頼と好感を覚えながら。
(なんでこんなに肝が座っているのかな?)という疑問も少々抱いているかもしれない。
「ふふふ」
部屋の持ち主は、いたずらっぽく微笑む。
そして、明かりもつけず布団の上に正座した。
間近で対面した滝野の姫からは、山桃のような甘酸っぱい、いい匂いがした。
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