婚約破棄で娼館落ち、でも正義はわたくしにあり!

アソビのココロ

第1話

 ピロテシア・ラバーポート侯爵令嬢は、カレム王国一の天才であり、白銀の髪を靡かせる超美少女であり、第一王子の婚約者として知られていた。

 気さくで性格も良かったため、国民の誰もに慕われていた。

 ピロテシアはよき王妃たることを期待され、繁栄するカレム王国の未来を導くだろうと期待されていたのだ。

 ……すべて過去形だが。


 ピロテシアは何もかもを持つ令嬢だと思われていた。

 が、運だけは持っていなかった。


 父親のラバーポート侯爵タウロスが率いる軍が、隣国テッサールに敗北。

 タウロスは戦死し、敗戦の責任を問われてラバーポート侯爵家は取り潰された。

 カレム王国の財政は逼迫しており、ラバーポート侯爵家の財産を接収せねば賠償金も支払えないという事情があったのだ。


 かくしてピロテシアは戦犯の娘となった。

 第一王子との婚約は破棄され、娼館落ちとなった。

 ここに一四歳の娼婦が誕生する(注:カレム王国の成人年齢は一四歳です)。


          ◇


 ――――――――――娼館の女将視点。


 一四歳成人とともに娼館入りする娘は、実は珍しくないのさ。

 親の事業が失敗して売られる娘、孤児院を出て行き場のない娘なんかがいるからね。

 でもピロテシアみたいな、王子の婚約者の侯爵令嬢が転げ落ちてくるなんてのは、さすがに聞いたことがない。


 娼館入りする娘なんて、どいつもこいつも暗い顔をしていると相場が決まっている。

 ところがピロテシアはニコニコしながら現れたんだ。

 客の気を引くための卑屈な笑顔しか見たことのないアタシにとっちゃ、眩し過ぎたね。

 ……この子娼館が何をするためのところか、知ってるんだろうね?


 裸に剥いてみた。

 高位貴族は着替えやお風呂も侍女任せだというが、全然恥ずかしがりゃしないね。

 均整の取れた美しい裸身、磨かれた玉のような肌、発展途上の胸。

 思わず息を呑んじまったよ。


 う、美しい!

 これは売れる!

 安売りしちゃいけないよ!


「アンタはおぼこなんだよね?」

「はい。ただ一通りの閨教育は受けております」


 ハハッ、王子妃教育は閨事にまで及ぶんだね。

 うちの娼館のパトロンであるモダックの旦那に具合をみてもらおう。

 旦那は相当遊び慣れしているから、ピロテシアもそう痛がることはないだろうさ。


『あっ、あっ、あっ……』


 あれ? 旦那の声だね。

 まあピロテシアは見たことないような上玉だからね。

 旦那も年甲斐もなく興奮しちまっているのかね?


 おや、旦那がヘロヘロになって出てきたよ。


「ピロテシアはどうだい、旦那」

「天使だ……いや、女神か」

「旦那がそう褒めるほどかい? あっちの具合もいいんだね?」


 首を振る旦那。

 え? どういうことだい?


「本番はしてねえんだ。三分でイかされちまってよ」

「え? 旦那が?」


 おぼこの小娘に?


「ピロテシア、説明しな」

「はい、わたくしも習った技がありますので。旦那様の御立派な男性自身に試させていただきました。どういう時にお悦びになるか、コツがわかった気がします」

「お妃教育の閨房術って、そんなにすごいのかい?」

「いや、もうあの美貌だろ? また表情も囁くような声もエロいのよ。とどめに宮廷仕込みの閨房術ときたもんだ。持たないわ。一滴残らず搾り取られちまったわ」

「過分なお褒めの言葉、ありがとう存じます」


 どこまでも優雅だね、この子は。

 したが困った。


「……ピロテシアの初めては、旦那にお願いしようと思ってたんだけどね」

「女将何言ってやがんだ。必要ねえよ」

「は?」


 必要ないとは?


「おぼこの超美少女侯爵令嬢が、オレでさえ体験したことのないテクニックで昇天させてくれるんだぜ? 本番なんか必要ねえよ」

「で、でも旦那……」

「むしろおぼこの高位貴族の令嬢っていうプレミアを演出して値を吊り上げろ」


 あっ、なるほど。

 客単価を引き上げるわけか。

 さすが旦那は商売人だね。


「上級娼婦の五倍の値を付けたって客は来るね」

「本番なしでもかい?」

「ああ、間違いない。そして一日五人以上客を取らせるな、レア感が薄れる」

「わ、わかったよ」


 モダックの旦那の言う通りにしよう。

 でもムリヤリ事に及ぼうとする客もいるんじゃないかね?


「いえ、大丈夫です。わたくしは護身術も修めておりますし、人を寄せ付けない魔法結界も張れますので」


 思わず苦笑いだよ。

 王子妃教育ってのは至れり尽くせりだね。


「それより嬢ちゃん。他の娼婦に嬢ちゃんの技を教えてやってくれねえか?」

「わたくしにできることならば喜んで」

「やったぜ! うちの娼館の格が上がる!」


          ◇


 ――――――――――二ヶ月後。


 一四歳の天才美少女娼婦ピロテシアの名を知らない者は、廓街にいなくなった。

 美貌の侯爵令嬢で最高のテクニシャンで処女。

 人気が出ないわけがあろうか?

 その超絶テクニックの虜になった者は多く、指名料は上級娼婦の二〇倍にまで跳ね上がっていた。


「嬢ちゃんのおかげで、うちの娼館も有名になったけどよ。すご過ぎねえか?」

「ピロテシアはねえ。特別としか言いようがないよ」


 ピロテシアの性技は娼婦達に伝授された。

 が、その技を完全に再現できる者はいなかった。

 美貌、表情、声、教養、洞察力等々。

 持っている資質や機微を察する力で、天才ピロテシアに敵う者など存在しなかったから。


 もっとも性技を教えられた娼婦達に対する顧客満足度は、確実に上昇したのだ。

 それでも娼婦達に『私の技はピロテシアにとても及ばないのです』と言われてしまうと、伝説の少女娼婦はどれだけすごいんだと期待値は高まる。


 大枚はたいてピロテシアを指名した、とある客は言った。


『まあ噂ほどじゃねえと思ってたんだよ。でも王子様の元婚約者だろ? 少なくとも話の種にはなるからよ。いや、もうあれほど美しい裸を見たのは初めてだわ。呆然としてたら艶やかに微笑みかけられて距離詰められてよ。で、声もメチャクチャ色っぽいじゃねえか。後ろから前からいいように弄られちまって降参さ。何べんイかされちまったかな。男なら一度は経験しとくべきだぜ』


 ますますピロテシアの名声は高まるのだった。


「他の娼婦達からの評価も高いんだろう?」

「ピロテシアは博識だからね」


 美容法を他の娼婦達にも教えたのだった。

 肌つやが違う、髪のつやが違うと評判になり、娼館の客も増えた。

 ピロテシアは一番年下なのに、皆から尊敬されていた。


「結論から言やあ、嬢ちゃんの話に乗ってみようと思ってる」

「薬屋かい?」


 『花の患い』と呼ばれる病気がある。

 廓街で感染るとされる病気だ。


「オレも長年悩まされていたんだが、嬢ちゃんの薬を飲んでたら半月で治っちまった」

「驚きだねえ」

「ああ、『花の患い』の特効薬なんてものがあるとは知らなかったぜ。あの天才少女の知識はどこまで及んでいるんだよ」


 ピロテシアはモダックの旦那に製薬業と販売を勧めた。

 『花の患い』の特効薬で信頼を得れば、他の薬も必ず売れると。

 ピロテシアは言った。

 その特効薬を病に苦しむ娼婦達に無償で分けてあげてくれと。


「『花の患い』から解放されれば、うちの娼館の評判はさらに上がる」

「ピロテシアは他の薬についても知っているんだろう?」

「ああ。商売が大きくなったら、客を取れなくなった娼婦を使ってくれって言ってたからな」

「泣ける話だねえ」

「泣けるだけじゃねえんだ」


 金を作る術も労働力を確保する術も知っている。

 ピロテシアはどこまで将来を見据えているのか?


「旦那、ピロテシアを身請けするって話もたくさん来ているんだよ」

「だろうな。すべて無視しろ」

「わかってるよ」


 ピロテシアはまだまだ金を生む。

 ただの娼婦じゃなくて、共同事業主としてだってこの上なく優秀なのだ。

 手放せるものか。


「まだ二ヶ月なんだねえ」

「そしてまだ一四歳なんだぜ? 空恐ろしいよな」

「もう娼館から身を引くだけの金は、自分で稼いじまってるのさ」

「え? マジか?」

「ああ。でもまだしばらく身を置かせてくださいって言うんだ」


 ピロテシアは何を考えているのか?


「……嬢ちゃんにはデカい構想があるんだろうな」

「そうなのかい?」

「ああ、デカいことやるためには金が必要だから」


 娼館に君臨して資金を作ろうとしている。

 そしてモダックとの共同事業でも。


「女将も嬢ちゃんについて行けば、いい目を見られるぜ」


          ◇


 ――――――――――二年後。


 廓街でこそ有名なピロテシアであったが、一般には王子に婚約破棄された侯爵令嬢という認識でしかなかった。

 一娼婦に過ぎないピロテシアの名を、再びカレム王国中の人々が耳にすることになる。


「国を、買う?」

「はい」


 旦那と女将は驚いた。

 何を言っているんだと。


「わたくしの調査によると、カレム王国の王制は持ちません。このままだと近々王家はパンクします」


 隣国テッサールとの紛争は激化し、カレム王国の財政は破綻寸前だった。

 王家の取れる手段は多くない。

 通貨の改悪を行うか、領地や爵位、鉱山などの各種権利を切り売りするか。

 王権を自ら弱める方法しかないのは、王家自身がわかっていた。


「混乱する前に国を買います」

「ええ? そんなことができるのかい?」

「可能です。王家の方々はバカじゃありませんから、今のままでは革命が起きて

打倒されるだけだと理解しているでしょう」

「国を買ってどうするんだ?」

「わたくしが見たところ、経営にかなりのムダがありますね。立て直しは可能です」

「嬢ちゃん、ちょっと待てよ」


 モダックがピロテシアにストップをかけた。


「省けるムダがあるなら、王家だってそうするだろ。嬢ちゃんがムダと見てるのはどこだ?」

「軍事費です」


 旦那と女将が驚く。

 隣国テッサールとは角突き合わせる仲だ。

 軍事費を削減できるはずがない。


「いや、ムリだろ」

「カレムとテッサールでは拗れてしまっているのでムリでしょうね」

「あ、嬢ちゃんがカレム王国を買えば……」

「少なくともカレム王家とテッサール王家の間の、もつれてしまって解消しようのない怨恨とは無縁になります」

「そうだ、テッサールだって軍事費でヒーヒー言ってるはずだもんな。嬢ちゃんがカレム王国を買って和平を持ち掛ければ……」

「和平までには至らないかもしれませんが、緊張は確実に緩和しますね」


 艶然と笑うピロテシア。

 モダックと女将は、彼女がまだ一六歳の少女だということを覚えているだろうか?


「大儲けできそうな話じゃねえか」

「協力していただけますか?」

「まあ嬢ちゃんの資金だけで国は買えるんだろうけどよ」


 娼婦として至高の地位にあり、モダックとの共同事業も絶好調のピロテシアは、二年前からは考えられないくらいの資金を持っていたのだ。


「嬢ちゃんは落としどころをどう考えているんだ?」

「戦争をなくしたいですね」

「ふむ、因縁ができちまってると難しいぜ?」


 王家が降りても、兵士同士、民同士の敵対感情は消えまい。

 しかし天才娼婦はこともなげに笑った。


「わたくしのお客様にはテッサールの方もおりますから」

「「あっ?」」

「愛は世界を救うのですよ」


          ◇


 ――――――――――さらに一年後。


 ピロテシアはカレムを買い取り、さらにテッサール第一王子の婚約者に収まった。

 要するにテッサール第一王子を手練手管で骨抜きにしたのだ。

 話題の美少女娼婦にちょっと興味があった程度の王子が、生ける伝説ピロテシアの超絶テクニックに敵うわけもなかった。


 カレムとテッサールは一つの国になることが予定されている。

 名目上はテッサールによる併合とされるものの、事態を主導したのがカレム人の天才娼婦であることは誰もが知っていた。

 カレム人の待遇が悪くなることはあり得ないとされたので、誰からも文句はなかった。


 ピロテシアが一人のものになってしまうことを残念に感じる者は一定数いた。

 しかしそれ以上に祝福する者の方が多かった。

 かつて繁栄の未来を導くであろうと言われた少女が、娼婦に身を落としながら期待を実現しつつあったからだ。

 オレは次期王妃にお相手してもらったことがあるんだぜ、と自慢げに話す者も多かった。


 テッサール国王夫妻も、初めは娼婦なんてとピロテシアに難色を示した。

 ところが勇猛にして高潔なラバーポート侯爵タウロスの娘と、軍部からの評価が高かったのだ。

 国王夫妻はピロテシアを召した。

 すると広い知識と教養が王妃を唸らせ、希代のテクニックが王を唸らせた。

 何やらせてんだ王様。


 合併の象徴として立太子された第一王子は、美しき婚約者に問うた。

 そなたは予を愛してくれるのか、と。

 ピロテシアは艶然と答えた。

 わたくしは国と民を愛します。

 殿下と一緒ですね、と。


          ◇


 ――――――――――カレムとテッサールの合併後。モダックの旦那と女将の会話。


 今や王太子妃の御用商人として飛ぶ鳥を落とす勢いのモダックが言う。


「何がすげえって、運じゃねえところなんだよ」


 もちろんピロテシアの成り上がりがだ。

 状況が味方した面はあったが、全てがピロテシアの実力であったことは否定できない。


「むしろあの子は運がない方だと思ったけどねえ」

「侯爵令嬢が娼館落ちだもんな」

「……旦那には言ってなかったかもしれないけど」

「何だ?」

「あの子、初めて娼館に来た時、ニコニコしてたんだよ。娼館落ちする子なんか希望を失ってどんよりしているものだろう? だからやけに印象に残ってるのさ」


 女将も人権と衛生に配慮した娼館の管理を、国から任される身分になっていた。

 実力さえあれば娼婦であっても認められる社会の現出を、最も身近で見てきた生き証人だ。


「いつもの笑顔か?」

「いや、今よりもっと純粋な。それだけに本当に楽しもうとしてたんだなあって、わかったのさ」

「じゃあ嬢ちゃんは初めからある程度今が見えてたのか。どんな天才だよ」

「アタシもあの子を見習おうと思ってね」

「え? どこを見習うんだ?」

「欲張らずに、身の丈に合ったことをしようと思うんだ」


 モダックが心底驚いたように女将を見つめる。


「……強欲な女将が言うことじゃねえな」

「あの子はいつだって、自分だけが得しようとはしなかったよ。もうアタシは十分いい目を見たからね。モダックの旦那も注意するべきだよ」

「……一考の余地があるな。ありがとうよ、肝に銘じるぜ」


 ピロテシアの躍進は調子に乗っていたわけではない。

 あれが身の丈なんだと言われると、妙に腑に落ちた。

 モダックと女将が酒杯を掲げる。


「カレム=テッサールの未来に乾杯」

「あの子の幸せに乾杯」

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