7-7:とある博物館マニアの日常
■ティップス
■44歳 北西区 宿屋経営
俺はカオテッドの北西区で宿屋を経営しているティップスという。
自称『博物館マニア』だ。月に一度は行っているし、何か新しい展示物が出来た時には真っ先に行くようにしている。
まぁその時は母ちゃんに宿を任せてしまうことになるからしょっちゅう怒られているんだけどな。俺の数少ない趣味の一つなんだ。許してくれ。
カオテッド自体が迷宮都市ということもあり、俺たちみたいな一般街民にとっても迷宮は身近なものだ。
余所の街の連中に比べても感心は大きいだろうし、知識もあるほうだと思う。
その上、博物館が出来たことでそれはさらに加速した。
迷宮に入ったこともない連中が平然と迷宮内のことについて語れたりする。他街の連中は変に思うだろうな。
俺も「元組合員ですか?」なんて聞かれたりもしたさ。もちろん戦ったことすらないわけだが。
北西区にとっては【黒屋敷】の存在が大きいというのも博物館の人気に繋がっているだろう。
【天庸】事件では商業組合の周りで
だから北西区では他の区よりも【黒屋敷】を英雄視しているやつが多いんだと思う。
その【黒屋敷】が為した偉業を見たいと博物館に通う連中は、俺以外にも大勢いるだろう。
俺がいつも一緒に行っている
こいつはうちの隣の道具屋なんだが、事あるごとに店を抜け出すから俺以上にかみさんに怒られているらしい。
この日も二人で早朝から博物館へと足を運んだわけだが――。
「ん? 見ろよ、ミエーニュ。なんか貼り紙があるぞ。来週から十日間、博物館休みだってさ」
「十日間!? 珍しいな。【聖戦】の時でさえ七日間くらいだったってのに」
「なになに? ……は? 移転? まじか! おい、今度は大ホールのところが博物館になるらしいぞ!」
「大ホールだって!? そりゃとんでもない広さになるんじゃないか!?」
この博物館だって貴族が住むようなお屋敷だ。決して狭いわけじゃない。
しかし大ホールってあれだろ? 迷宮組合の近くにある、あの一番大きな建物。
俺は入ったことなんてないが、外観からでもその大きさは想像がつく。
あそこが博物館になるってことは……とんでもない規模になるな。
展示物が置ききれなくなったのか? そんなにドロップ品を集めたと? 【黒屋敷】ならばありえるのが恐ろしいところだ。
もしくは単に入客数が多すぎるのが原因か。毎日朝から長蛇の列だからそれを解消するためかもしれねえ。
最近は他の街からわざわざ見に来るやつらもいるって聞くしな。
その日はミエーニュと予想しながらの博物館見学となった。
これらの展示品がどう並ぶのか、どんな展示物が増えるのか、大ホールがどう博物館に改装されるのか。
期待を込めてわくわくしながら、その日の休みは終わった。
◆
それから二〇日後、いよいよ博物館、新装開店の日がやって来た。
俺はミエーニュと共に早朝から中央区へとやって来たが、すでに大ホールの前には長蛇の列ができていた。
いつもの三倍くらい並んでやがる。まぁ予想できたことではあるが、みんなそれだけ待ちわびていたってことだろう。
以前の博物館であれば住宅街の道沿いにずらっと並ぶ感じなんだが、さすがは中央区の中心地。
大通りは広く、長蛇の列ができていても交通自体に影響はなさそうだ。
それにしても列が長すぎて交通整理の警備傭兵とかは大変そうだが。当然のように【黒屋敷】のメイドも加わってるし。
俺たちは行儀良く列に並び、開館となる朝二の鐘を待った。
そしてやがて列が動き出す。これだけの客が一度に入れるのだから、さぞかし大きな展示場となっているのだろう。
そんな期待をしながら俺たちはゆっくり一歩ずつ前へと進んでいった。
入口の近くまで行くと、前のほうで何やら騒がしい。
何か問題でも起きたのかと思ったんだが、そうじゃないとすぐに気付いた。
「おい! ミスリルソード売ってるぞ! こっちはポーションも!」
「なんだこれ! 博物館の土産!? ここでしか買えないのか!」
「おいこれヒイノの白パンじゃねえか! ここで売るようになったのか!」
「店が潰れてからずっと気になってたんだ! 久しぶりに食おうぜ!」
どうやら前の人の声を拾うに、博物館の入口となっている大扉の先には売店があるようなのだ。
そこでは『博物館でしか買えないもの』が売られているらしい。それも雑多な売り物だ。パンもあれば武器もあると。
俺はミエーニュと共に期待を膨らませながら入口へと向かった。
入って、正面には受付が見える。これは以前の博物館と同じ。
だが広いエントランスの左右にはそれぞれ店がある。
列に並んで受付に向かっているからここから抜け出して店に入ることはできないが、売り物が書かれた貼り紙もある。遠目で店内も覗けて何が売られているのか見ることはできた。
右の店には剣・槍・短剣などがケースに入れられている。おそらくその全てがミスリル製だ。
その手前にはポーションなどの薬品類。これもまた多い。どれほどの種類があるのか。
つまり右の店は組合員専用の店というわけだな。
左に目を向けると、チャームや革製のバンド、シャツにズボンなどのアクセサリーや服が並んでいた。
どれも奇妙なマークが入っている。看板や扉にも描いてあったが、おそらくあれが博物館を示すマークなのだろう。
つまり『これは博物館の土産ものですよ』と表しているのだ。俺は商売人の視点で感心した。
「はぁ~、これは【黒の主】の発案なのか? それとも商業組合か?」
「本部長かもしれんぜ? 大ホールの場所を博物館にしたのだって本部長が動かなきゃ無理だろうしさ」
ミエーニュの言うことはもっともだ。こんな場所を確保するだけでも大変なことだ。
中央区を牛耳っている本部長が率先して動かなきゃそもそも移転なんか無理だろう。
そして中央区の商業組合が迷宮組合の傘下だからこそ、こうした売り物も出せると……腑に落ちた感じがした。
いずれにせよ俺たちは博物館の中を巡ったあと、この店に寄ることになるだろう。
今は博物館に入ることを優先するしかない。
しかし今後、列に並んでまで店に入ることを優先するやつが出て来るかもしれないな。そう思った。
俺たちは受付でいつもと同じ値段の入場券を受け取り、第一展示室へと向かう。
もちろんその入口にはデカデカと注意書きがあった。一応目を通すと、どうやら書いてあることは変わっていない。
やはり近づけば警報が鳴り、触れば麻痺になるらしい。
展示室へと足を踏み入れた俺たちは思わず「おお!」と声を上げてしまった。
広い。そしてレイアウトが大きく変わっている。
最初がカオテッド大迷宮の説明から入るというのは変わっていないが、見た目からして一新されていると感じた。
以前は通路で道順がほぼ決められているような展示の仕方だったが、今回は壁際や中央に展示物が置かれている。
ある程度の順路はあるが自由に見て回っていいですよ、と言われているようだ。
広い道は人が混雑することもない。「手前が混んでいるから奥から見ていこう」といったことも出来るだろう。
道の真ん中にベンチが置いてあたったりもする。それほど余裕があるということだ。
天井高もあるから開放感もある。
以前の博物館は暗く、重々しい感じがして、それはそれで迷宮の恐ろしさを表しているような雰囲気があったが、今回の博物館は新鮮で煌びやかな印象さえ受けた。
俺とミエーニュは感嘆の溜息しか出ない有様で、ただただじっくりと見回していた。
その後、展示室を巡る。一階層から五階層までの展示物はほとんど変わりないだろう。
二階層の【人喰大花の花弁】くらいじゃなかろうか。追加されたのは。
五階層は相変わらず説明ボードのみで新発見の何某かは特にないらしい。
まぁ説明を読む限りでも探索さえ厳しそうな印象を受ける。俺たち非戦闘職でもな。
おそらく組合員ならもっと厳しいと感じるのだろう。
展示物が何もないのも仕方ないことかと思う。
それが終わったら【黒屋敷】が攻略した他地方の迷宮の展示室だ。
獣帝国のイーリス小迷宮、鉱王国のザラ小迷宮、トルテーモ中迷宮、魔導王国のツェッペルンド中迷宮。
いくつかの展示品と共に説明ボードがあるが、おそらくここは今後も展示物が増えるんだろうなぁと期待しながら見て回った。
それから聖戦展示室へと移るのだが、ここには【天庸】事件のことも追加でボード化されていた。
カオテッドで起きた大事件であり、【黒屋敷】によって解決されたからこそ、こうして説明が為されているのだと思う。
首謀者は魔導王国の犯罪者集団という噂も聞いているし、もちろん詳細なことは載せられていない。
だが昨年起きた忌まわしい事件ということで、こうして記録に残すのはアリだと個人的には思う。
北西区を襲ったあの
最後の展示室。俺たちは二体の竜の頭が並んでいるものと思っていた。
しかしまるで様子が違う。まず部屋に入ると、牢獄のようになっているのだ。
通路と展示物の間は『鉄格子』で完全に隔離され、絶対に近づけないようになっている。俺たちが出来るのは通路から檻越しに眺めるだけだ。
そして鉄格子の先に並ぶのは――四体の竜の頭。
二体は俺も見た事がある。風竜と水竜だ。
もう二体は説明ボードを読む限り、土竜と牙竜らしい。
「牙竜って何だよ。初めて聞いたぞ。怖すぎるだろ。なんだよあの口は」
「マツィーア連峰で狩ったらしいな。年末に二月くらい出掛けていた時か。まさかこんなの斃してきていたとは……さすが【黒屋敷】だな」
感嘆の声を上げるのは博物館に慣れた客だろう。
当然、中には叫んで驚くようなやつもいる。俺だって初見だったら腰を抜かしていたかもしれない。
これに慣れてしまっているんだからカオテッドの住民も逞しくなるもんだ。
そして【黒屋敷】の偉業に慣れてしまっていることも否めない。
俺たちはたっぷりと時間をかけて見て回り、エントランスへと戻って来た。
いつもならこのまま帰るところだが、今日はこれから売店を見るのだ。
終わってからも楽しいとは博物館はやっぱり最高だな。
「おい、ティップス、やっぱり白パン売り切れらしいぜ」
「まぁそうだよな。話題性があるし買いやすい。他に買いたいものがなくても『とりあえずパンは買うか』ってなっちまうよ」
「来たからには何かしら土産を買いたいんだが……」
「道具屋らしく向こうの店でポーションでも見て来ればいいんじゃねえか?」
「馬鹿野郎、貼り紙の値段を見た時点でゴメンだよ。ありゃおそらく最高品質のものばかりだ。うちで売ってるような
なるほど、ミスリル製の武器が並んでいた時点でそうかとも思ったが、あの店は高ランク組合員向けの店なんだな。
それこそ普通の店では置かないような武器や薬品が売っている。
売れる数は少ないだろうが、ここでしか買えないって意味ではこっちの土産物屋と同じことなんだろう。
それから俺たちは店内を見て周り、俺は革のベルトを買うことにした。
バックルが金属製で例のマークになっているやつだ。これなら普段でも使えるからな。
北西区へと帰る道すがら、俺たちは満足感に溢れていた。
だが余計な金と時間を使ったことでまた母ちゃんに怒られるのかと思うと、少しげんなりもした。
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