6-7:チュルアの帰郷
■チュルア
■35歳 セイヤの奴隷 細工職人
「申し訳ないデス、私なんかのためにこんないい馬車を……」
あれから二日後、私はシャムさん、ネネさん、リンネさんと共にカオテッドを出ました。
ご主人様のご厚意でウェイリーズの街へと一時帰宅する旅デス。
前日にはルートの確認や旅のための買い出しを行い、翌日の朝から出立という流れデス。
南東区で馬車を借りたのデスが、私が行商に来ていた時の乗合馬車とは比べ物にならないほどの高級馬車デス。
これを四人だけ、しかもウェイリーズの街へ行くためだけに使うとは……正直恐れ多いデス。
「構いません。これもご主人様の命ですので。それに高級な馬車を借りないとSSSランククランとしても変にみられてしまいますし、ご主人様は『なるべく街に金を落とすのも仕事』だと仰っていましたので」
「そうなのデスか……すごいデスね、ご主人様は」
「ネネさんなんかは走って行きたがってましたがね。まぁ今回はリンネさんに御者を教えつつゆっくり行くということで我慢してもらいましょう」
馬車よりも走るのが優先なのデスか……。
しかし獣帝国に行った時もご主人様、ネネちゃん、サリュちゃんの三人で、馬車で三日かかるところを半日程度で走り抜けたそうデスし……確かに【黒屋敷】の皆さんにとっては走るのが当たり前なのかもしれません。
「走ったほうが速いというのもそうなのですが、街道ではなく森や山道をショートカットすることで、ついでに魔物と戦ったり、山賊を狩ったりすることが多いそうです」
「えっ!? そんな理由なんデスか!?」
「ええ。ですので今回も山賊が狙って来てくれるのを、こちらが狙っているという感じですね、ネネさんに関しては。これも一応、治安維持の一環ですからミーティアさんも喜んで下さるでしょう」
た、たしかに高級馬車一台で御者席に侍女がいるのデスから、山賊からすれば恰好の的かもしれません。
私も戦う準備をしておいたほうがいいのでしょうか……一応杖をマジックバッグから出しておきます。
「大丈夫ですよ。チュルアさんの出番はないですし、私やリンネさんの出番もないでしょう。おそらくネネさんお一人で山賊を斃し、尋問した後アジトまで行って、残りの山賊を斃しつつお金などを回収してまた戻ってくる、という形になると思います」
「ええっ!? お一人でアジトの殲滅まで!?」
「ご主人様は『山賊が金とCPにしか見えない』と仰いますし、エメリーさんは『賊の持ち物を有効利用するのは侍女として当然の嗜み』など仰いますし……おそらく【黒屋敷】の結成当初からある考え方なのでしょう」
「そ、そうなのデスか……」
な、なんとも物騒な考え方デスね……逆の意味で怖くなってきました。
◆
カオテッドからウェイリーズの街までは馬車で三日の距離になります。
途中に宿場町、農村、
カオテッドに一番近い『大きめの街』ではあると思います。そこが目的地デス。
馬車旅は順調そのものでした。乗っているだけの私としては、デスが。
ネネさんは合計二回、出張のように山賊のアジトを潰しに行っていましたし、魔物退治なんかも行っていたみたいデス。馬車に乗っているだけでは外でそんなことが行われていたなんて分からなかったのデスが。
「んー、やっぱカオテッドの近くの山賊は警戒が強い。私たちのこともバレてる。だけど索敵に引っ掛かれば問題ない。出向いて殺す」
とのことデス。これが暗殺系種族と言われる
それでも大きな街の近くには山賊が住処を作りやすいとかで、案の定、いることはいたと。
今にして思えば乗合馬車も怖かったのですね……まぁ護衛の組合員の方々もいましたし、今の馬車のほうが山賊から見れば『カモ』に見えるのでしょうが。
ウェイリーズの街に入る際にも衛兵さんと一悶着ありました。
衛兵さん的にはどこの貴族がやって来たのかと思われたそうデス。
そうしたら黒いカードを提示され、そこにはSSSランクと書いてある。なんだそのランクはと。
そこから少しお話したら「ええっ!? じゃあ例の【黒屋敷】ってクランがあんたらなのか!?」とやっと納得して下さいました。
存在は知っていたけどまさか来るとは思わないし、SSSランクのカードなんてもちろん見た事ないし、見た目も強そうに見えないしと。
結局は馬車からシャムさんが出てきたことで「ア、
そうして街の中へ。馬車を貸し馬車屋さんに預け、四人で歩きます。
侍女が四人デスしシャムさんが目立つので街行く人からの視線も感じるのデスが、それ以上に私は「やっと帰って来られたんだ」と感動の最中にいました。自然と涙がこぼれます。
街の景色は大体変わっていないのデスが、やはり二年ともなると所々変わってもいるようで。
懐かしさと同時に寂しさが出るような、不思議な気持ちで街中を見ていました。
「チュルアさん、お店はどちらに?」
「お店はもっと端のほうなのデスが……もう鍵もないのデス」
「ああ、そうなのですね……」
「デスからまずは商業組合と住宅組合に行って、もしまだお店が残っているようなら中に入らせてもらえるよう頼むつもりデス」
闇奴隷となった時に私は全てを奪われました。
家の鍵もそうですし、商業組合の組合員証もデス。
あの二年間で奪われたものを挙げればキリがないくらい。本当に色々なものを失ったと思いました。
それが今こうして生きていられるというのは本当に奇跡のようなこと。
ご主人様にも先輩侍女の皆さんにも感謝しかありません。
組合は街の中心部にあります。どこの街でも同じでしょうがウェイリーズの街も類に漏れず、色々な組合が近い場所に固まって建っています。
用事があるのは私なので一応私が先頭で入ったのデスが、おそらく後ろのシャムさんが目に入ったのでしょう。職員さんがすぐに声を上げました。
「も、もしかして【黒屋敷】の皆さんですか!? どうしてこの街に……」
そして職員さんは「ちょっとお待ち下さい!」と組合長さんを呼び、そのまま応接室へと直行デス。
私は窓口で全て済ませるつもりだったので困惑と緊張。もちろん応接室なんか入ったこともありません。
【黒屋敷】と騒がれてしまったのなら私が対応しましょうと、シャムさんが先頭に立って下さいました。本当に申し訳ないデス。
組合長さん曰く、どうやら昨年カオテッドで起こった【天庸】事件を受けて、カオテッドを離れた職員さんが幾人もいたそうデス。
それは恐怖もありますし、物理的に商業組合が潰れていたので一時的に離れるという意味も含め、大幅な人事異動があったとか。
ここにいる職員さんにも幾人かはいらっしゃるそうで、おそらく入口で騒いでいたあの方がそうなのでしょう。
ウェイリーズはカオテッドに近いデスし、【天庸】事件や【聖戦】のこともよくご存じなのだとか。
当然、【黒屋敷】のこともよく知っていると組合長さんは仰います。「
「それで今日はいかがなさいましたか?」
「こちらのチュルアさんが二年前までこちらの街で工房を営んでいたのです。訳あって今度【黒屋敷】で働くことになりましたので、その手続きと家の様子を見に来たのでございます」
「左様でしたか。では組合員証はお持ちでしょうか。もしくは当組合の証書などでも結構です」
「すみません、全て紛失してしまったのデス。証書が家に残っているか分かりませんが家の鍵もないため入ることも出来ません。このあと住宅組合に行くつもりではあったのデスが……」
「なるほど。では屋号は分かりますか。それと最後にいつ組合の更新手続きを行ったか覚えておいででしょうか」
「屋号は『チュルア工房』です。更新は……多分二年半くらい前だったと思います」
「分かりました。調べて参りますので少々お待ち下さい」
そう言って組合長さんは退室しました。
明らかにただの小さな工房主にするような対応ではなかったと思います。
やはり【黒屋敷】という名前が大きいのデスね……もしくはシャムさんを神聖国の司教様だと分かっての対応なのかもしれませんが。
組合長さんは書類を抱えてすぐに戻ってきました。
そこから私に関する情報を拾い出し、いくつかの頁をめくって見つけてくれたようです。
どうやら二年間、商業組合の更新を滞らせていた影響で、私はウェイリーズの商人として『停止』の状態だそうデス。
手続き的なものは特に必要なく、もし今後カオテッドで再登録するようなら新規という形で登録を行えるとのこと。
あとは組合長さんのほうで『ウェイリーズの商業組合としては正式に退会』という形で処理しておきます、と言われました。
「組合長さん、あともう一つお聞きしたいのですが」
「なんでございましょう」
「実はご主人様からスキルオーブの買い付けを頼まれているのです。もしこの街で扱っているようなら探してきて欲しいと」
「スキルオーブですか……あっても非戦闘職用のものだとは思いますが、一応『魔道具屋ジッテルゥド』という店が大通り沿いにございます。そこになければ難しいかと存じます」
「分かりました。ではあとで覗いてみます。ありがとうございます」
こうして商業組合への訪問は終わりました。
当然のように組合長さんが入口までお見送りに出てこられて……私なんかが分不相応デスよね。
それからすぐ近くにある住宅組合に向かいます。
住宅組合ではざわざわとした雰囲気があったものの、「【黒屋敷】ですか!?」と言われることもなかったので、そのまま私が窓口に行きました。
二年間も工房を離れていたので今、どうなっているか分からない。
鍵も失くしたので入ることもできない。
カオテッドで暮らすことになったので、もし残っているようなら引っ越しの手続きもしたいと。
調べて頂いた結果、ローンが滞っていたので工房自体は差し押さえの状態だそうデス。
これが三年を経過すると家財も含めた全ての権利が住宅組合に移るらしいのデスが、私はどうやら間に合ったらしいデス。
そこから工房の売却手続きと延滞していたローンの返済分の差し引き、退去手続きなどを行いました。
どうやら職員の方が工房まで同行して鍵を開けて下さるとのことでお願いし、私たちはその足で工房へと向かいました。
大通りから南へ。幾本もの道を行き、職人が密集する区画へ。路地の奥まったところにあるのが私の『チュルア工房』デス。
こんなに小さな店、こんなに人が入らなそうな店。
それでも年端もいかない細工職人の私が頑張ってお金を溜め、やっとの思いで手に入れた店でした。夢の工房デス。
職員さんが鍵を開けている間、私は店の前で立ったまま、ただ眺めていました。
頬を伝う涙の意味が、安心なのか、悲しみなのか、自分でもよく分かりません。
シャムさんたちは何も言わずに後ろにいてくれています。
「開きました。どうぞお入り下さい」
私は心の中で「ただいま」と言いました。実際には一回も言ったことなんてないのデスが。
店の中は、おそらく出た時と変わっていないのでしょう。すでに記憶が曖昧なのですが、見ていて思い出してきたものもまた多い。
それを眺めて、また私は立ち止まってしまったのです。
「チュルアさん、お辛いとは思いますが整理をいたしましょう。なるべくカオテッドに持っていけるように」
「……そうデスね。お手数おかけします」
お屋敷から持って来たマジックバッグはいくつもあり、私はそれに手当たり次第に入れていきました。
余計なことを考えるのはいつでも出来る。今は何も考えずに詰め込もうと。
皆さんに工房をお任せし、私は私室やキッチンなどの荷物を出来るだけ入れていきました。
なんだかんだ夕方頃まで掛かったでしょうか。急いだつもりではあるのデスが職員さんをずっと待たせる形になってしまって申し訳なく思います。
それでも一通りのものは仕舞えたと思います。
私は職員さんに鍵をかけてもらいました。これでもう、本当に「さようなら」デスね。
その日は宿に泊まりました。職員さんに聞いて一番良い宿を教えて頂いたのデス。
これもまた街にお金を落とすということ。シャムさんはそう仰いましたが、多分お風呂が目当てだったのではないでしょうか。
もちろん一人用の浴室でお屋敷のものとは比べ物にならないのですが、私もゆっくり入らせて頂きました。全てを洗い流すように。
翌日、朝一で『魔道具屋ジッテルゥド』に行ってみましたが、やはりお目当てのスキルオーブはなかったようデス。
この街の近くに迷宮はないデスし、やはり難しいのでしょう。
そうして馬車を引き取り、そのまま街を離れました。
段々と小さくなっていくウェイリーズの街。それを私はずっと窓から眺めていたのデス。
おそらくもう来ることはないでしょう。
だからこそ、ずっと思い出に残るように。
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