4-16:次代の竜女王



■プラム 輝帝竜 雌

■2031歳



 偏に竜種といっても様々で世界を見ればその数は多い。

 もっとも人がその存在を知る事が出来る種は限られておるじゃろうが。

 住処とする環境が違うのじゃ。人と接する事のない種の方が多かろう。



 大きく分ければ、上位竜と下位竜。さらに下の亜竜も一応は竜種に含まれる。


 亜竜は人と竜の中間に住まうから人と接する事も多いじゃろうな。それが故に人がその害に遭うのも亜竜の方が多かろうが。

 やつらは馬鹿じゃからのう。竜にも喧嘩を売るし、人の群れる集落も襲ったりする。

 人の中にも強者は居るし、弱くとも数が集まれば負けうると分かっていないんじゃろうな。


 下位竜は亜竜ほどではないにせよ、そこそこ居るな。人に有名なのは四属性の下位竜じゃろう。

 火竜・水竜・風竜・土竜。これらは比較的人の住まう場所と近しい所に住処を持つ。

 それが故に人から狙われる事も多いが、やつらにしてみれば餌が寄って来る感覚じゃろう。


 上位竜となると極端に数は少なくなる。例えば雷轟竜や暗黒竜などじゃ。

 気高き山脈においてもそれは顕著で、しかし力と知能を持つが故、下位竜どもを統べる為には代えがたい存在じゃ。

 話に聞く人の世界の騎士団で言えば、亜竜が雑兵、下位竜が騎士、上位竜が隊長といったところか。



 そして王となるのが【輝帝竜】じゃな。

 【輝帝竜】という種は竜の中でも特別な存在じゃ。唯一にして絶対。

 全ての竜の主神である【竜神ドラウグル】様の神子としての力を授かり、そのお言葉を頂く事の出来る唯一の種。


 戦えば当然どの竜よりも強いし、知能に関しては抜きんでておる。人語を解せるのも【輝帝竜】のみじゃ。

 だからこそ魔法も他の種より巧みに操れるし、人の魔法を真似るような事すら出来る。



 ……まぁ妾はまだまだ足りんがのう。父の足元にも及ばん。



 神子を兼ねる【輝帝竜】となるのは一代に一体のみ。

 妾の母となったのは上位竜の嵐臥竜。それが父とまぐわい、生まれたのが妾であった。

 妾が嵐臥竜である可能性もあった。しかし実際は【輝帝竜】じゃったと。


 それは即ち、父の次代の【輝帝竜】が決まったと同じ。


 父は未だ二万にも届いていない年若い【輝帝竜】じゃ。

 現役で身体に不自由ない王であるのに、早くも次代が決まった。

 もちろん父は妾を歓迎した。妾を成長させようと様々な知識を与えてくれたし、同時に強くなるよう鍛えられた。



 そんな折、竜神様から神託が下りたらしい。

 久しぶりの神託に随分と話し込んでいるように見えた。

 妾に神託は聞こえん。だが父の様子は分かる。


 何事かと聞けば、女神ウェヌサリーゼ様の使徒が現れ、その者が気高き山脈に近づいていると言う。


 父から与えられた知識で知っている。

 世界は女神様によって創られ、竜神様も女神様によって創られた一柱なのじゃと。

 竜神様より上位の存在が女神様であると。それは【輝帝竜】に代々受け継がれて来た伝聞でもある。


 かつて世界を滅ぼそうと顕現した【邪神ゾリュトゥア】。

 それと女神様が遣わせた勇者の戦いを父は知っているらしい。


 もっとも、父は山脈から動けず、女神が創りし邪神の思惑も見えなかったから傍観するはめになったと聞いた。

 邪神が竜神様と同じく女神様が創られた存在であるならば、それが行う事は正しい事なのか、それとも過ちなのか。そこが読めなかったらしい。

 結局は勇者が現れた事で過ちであると気付いたそうじゃが。



 ともかく、その勇者と同じように女神様は再びこの地に使徒を下ろした。

 此度も邪な者を打ち倒す為に遣わされたのかと思えば、そうでもないらしい。

 父も色々と伺ったらしいが竜神様にも女神様の意図は読めなかったと。



『彼の者は基人族ヒュームであり、大河の交わる街で様々な種族の僕を率い、共に暮らしているそうだ』


『おおっ、それは話しに聞く勇者と同じじゃのう! 大河の交わる街というのは知らんが』


『うむ、勇者とは言及されていなかったが我も同じように思う』



 勇者は世界のあらゆる種族の者を率いて邪神を討ったという。

 今代の勇者も同様の事をしているわけじゃな。



『その者――セイヤ・シンマというそうだが、山脈に来た目的は竜を屠る為らしい。すでに竜人族ドラグォールの里まで来ているそうだ』


『なっ!? そ、それはつまり女神様の御意思で我らを滅しようと……!?』


『いや、それはないと竜神様も仰っていた。たまに山脈に上ろうとする人と同じく、おそらく下位竜を喰らう為だろうと』


『ほっ、そ、そうか……』


『ただやはり勇者に近しい存在なのであろうな。セイヤ・シンマが本気で戦えば山脈に住まう竜――我々も含めて皆殺しにする事も出来るだろうと。だからこそそれを抑える為にセイヤ・シンマと話すと仰っていた』



 竜神様が直接お話しすると……さすが女神様の使徒と言うべきか。

 力にしても規格外のものを持っておるのじゃろう。

 その力が振るわれれば山脈から竜は消えるかもしれぬ。それを救って下さる竜神様には感謝じゃな。



『とは言え先代勇者と異なる点もまた多い。竜神様曰く、我らは斃せても邪神を斃すほどの力は持っていないらしい』


『む? そうなのか?』


『その代わり、僕を強くするような力があると言う』



 聞けば、彼の者の配下にはそれこそ戦う事が出来ない種族も居る。

 そして、それすら人並み外れた強さに鍛え上げるのが今代勇者の特徴の一つらしいのじゃ。

 元々戦闘の得意な者であっても種族特性を大きく上回る力を得ていると。


 つまりは配下を総じて強くするような……永続バフ魔法のような感じかのう? ……いやそんなものはないじゃろうが。



『どうだ? お前、セイヤ・シンマの僕になってみるか?』


『む? よいのか?』


『このまま我と過ごしてもお前は次代の【輝帝竜】として立派な竜になるだろう。しかし我は【輝帝竜】の力の限界を感じておる』



 父が言うには【輝帝竜】の威光を持って上位竜を統率出来ても、その下の下位竜の中には反発する者もおるし、さらに下の亜竜に至っては統率する気も起きないとか。


 山脈は広く、いくら父の目耳が良くても限界がある。全てに行き届く事など到底無理じゃ。

 言いたい事はよく分かる。

 それで苦労する事もないのじゃが、竜神様の御意思を十全に映しているかと言えば首を捻らざるを得まい。



『もしお前がセイヤ・シンマの力を得られれば、我を超える【輝帝竜】となるのは確実。試す価値はある。我もお前も、そしてセイヤ・シンマもまだ若い今が機会であると私は見る』



 そうじゃ。人の時の流れは速い。我々が悩んでいるうちにあっという間に老いて死んでしまう。

 今ならば父も若い。妾が山脈を離れても問題はない。次の機会などないという事か。



『それにセイヤ・シンマの僕には左手の甲に女神様の紋様が授けられるという。もしお前がそれを授かれば、そしてそのまま我の跡目を継げば、女神様と竜神様の威光を同時に携えた存在となる。間違いなく過去最高の【輝帝竜】となろう』


『おおっ! なんとっ!』



 妾は一にも二にもなく準備に取り掛かった。

 早く! 早く行こうぞ! 父よ!





 そうして妾はセイヤ・シンマと出会った。

 初めて見る基人族ヒュームは全く強そうには見えぬ。しかし父を前に臆することなく言葉を交わしていた。


 どの竜であれ父を前にすれば臆する。

 周囲の人を見ても、皆余裕のない様子。だと言うのにセイヤ・シンマの豪胆さはさすが勇者と言えるものじゃった。



 妾を僕とする条件の一つとして『竜の姿では共に暮らす事は出来ない』と言われた。

 この時ほど真面目に修練に励んで良かったと思った事はない。父の教えに感謝じゃ。

 おかげで妾の<変異ミューテーション>はちゃんと竜人族ドラグォールの姿を象った。


 妾はこの姿しか<変異ミューテーション>をした事がない。

 それは限られた山脈という空間の中で妾が上空から観察の出来るほぼ唯一の人だからじゃ。

 もしかしたら同じ竜神様の眷属であるからこの姿になるのかもしれぬ。比べようがないから分からんが。


 ちょうどよくセイヤ・シンマの後ろに竜人族ドラグォールの雌――いや人は″女″と言うのだったか――が居たから参考にさせてもらった。背や髪色は仕方ないがのう。どう頑張っても変えられるものではない。

 服もおそらくこれが『制服』というやつなのだろう。皆と揃えておくのがよい。



 そうして名付けまでしてもらった。名を貰うのは初めてじゃが何とも心躍るものじゃった。

 プラム。どういう意味かは分からぬが、妾はこれからプラムを名乗る事となる。……うむ、よいな!


 正式にセイヤ・シンマに迎え入れられ、彼の者の僕たちにも妾は紹介された。

 確かにどの僕にも女神の紋様が刻まれておる。

 妾も早く欲しいものじゃが、はたしてそれが許されるかどうか……。いずれにせよ住処に戻らねば分からぬらしい。


 ともかく今は同じ僕たちと友誼を結ぶ事にしよう。共に暮らす事になる仲間じゃからな!



「可愛いわね~、プラム。私はラピスよ、よろしくね~」


「うおっ! 急に抱きつくな! 人魚族マーメルとはこういう種族なのか!?」


「やめなさいラピス。申し訳ないですね、プラム。私はご主人様の下で侍女長をしておりますエメリーと申します。よろしくお願いしますね」


「おお、其方が僕の長か? セイヤ・シンマの僕の先達として色々と教えてくれると助かる」


「僕ではありません、侍女です」


「う、うむ」


「そして侍女となるからにはご主人様とお呼びするように」


「う、うむ」


「返事ははいです」


「は、はい」


「よろしい」



 ……もう少し力と知識を蓄えてから僕、あ、いや、侍女になるべきであったかのう。


 未熟ではあるとは自覚しているが、仮にも【輝帝竜】である妾が、全く敵わんといきなり思わされた。


 まさかこれほど死を感じるとは……セイ、いや、ご主人様の授けた力というのは相当なのだな。

 期待もあるが、今は不安が一気に大きくなった、かのう……。



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