197:蹂躙と決断の迷宮



■サリュ 狼人族ウェルフィン 女

■15歳 セイヤの奴隷 アルビノ



 大迷宮に潜り始めてから五日目。今日から『黒岩渓谷』方面の調査を始めます。


 四階層自体の調査もそうですが、私たちが前回行った探索の報告内容が正しいかも調べる為、同じルートを通りたいようです。


 という事は『黒岩渓谷』の次は『溶岩池』ですかね。

 まさか亀さんとは戦わないと思いますけど……。



「ん? あいつらさては全員で潜ってるな?」



 途中でご主人様がそう呟きました。



「あいつらって、うちのみんなですか?」


「ああ、CPの増え方が異常だし、レベルが上がってるのがちらほら居る。多分もう二~三日は潜ってるぞ」


「大丈夫ですかね……と心配するだけ無駄かもしれませんけど」



 二階層ですしそんなに強い敵とか、嫌らしい敵もいないはずです。

 でもご主人様とかエメリーさんが居ない状態で集団探索しているというのが、どこか不安になります。



「<ステータスカスタム>で全員のHPとかは見られる。だから何かあれば分かるはずだ。ちょっと注視しておくわ」


「よろしくお願いします」



 そんな事を言いながら『黒岩渓谷』に入ります。

 ご主人様とエメリーさん、ネネちゃんは前回探索していますが、私とイブキさんとウェルシアさんは初めてです。

 暗い断崖に挟まれた幅広の一本道。逃げ場がない状態で、向かう先にはすでにサイクロプスが見えます。

 なるほど、ここは何かと怖いエリアですね。


 後ろを歩く各クランの人たちもランタンを照らしながら付いて来ます。

 私もランタンを持って、前を照らす担当です。ネネちゃんの<暗視>が羨ましい。



「ほんととんでもないエリアだね、ここは……セイヤたちはよく探索したもんだ」


「罠魔法陣も多いから気を付けろよ。罠じゃない普通の落石ってパターンもあるかもしれん。十分に注意してくれ。あとヘルイーグル……だっけ? そいつが上から強襲してくるからな。上と後方も要注意だ」



 ご主人様がそう注意を促します。幅広の道と行っても、四つのクランが横並びになんかなれません。

 自然と縦長になるので、後ろは後ろで警戒しておかないと危険なようです。


 サイクロプスとも一応は全クランが戦いました。一体相手の時だけですけど。

 やはり地形が悪いせいか、トロールよりも相当戦いにくいようです。やはりこの『黒岩渓谷』は難しいと。



 さらに問題は、渓谷のどこかでキャンプを張る事が出来ないという事です。

 ちょうどいい洞穴みたいなものもありません。だから嫌でも一日で突破しないといけないという事です。


 最初は慎重に調査を続けていた皆さんも、それを聞いて速度を上げました。

 もはや全ての敵を私たちで薙ぎ払いながら進む感じです。



「すごいのう……魔剣二本ってのも尋常じゃないが、セイヤのその剣は何じゃ。まさかそれも魔剣か?」


「企業秘密だよ」



 さすがにもうエメリーさんは【魔剣グラシャラボラス】を常用していますし、ご主人様の黒刀も普通ではないと気付かれていますね。

 まぁ神器とは言えませんけど。



 天候が変わらないせいで時間の感覚も曖昧なまま、魔物と罠を潜り抜け、やっと最後の広場へと到着しました。

 そこには仮称ヘカトンケイル……六本腕の赤いサイクロプスと、普通のサイクロプスが十体居ます。



「うっわ、なんだありゃ……」


「あれが噂の……確かに知らない魔物ですね……」



 これ前回はご主人様、一人で倒したんですよね? よくやりますねーこんなの。

 今回はどうするんでしょ。



「あいつ相手だとイブキは相性が悪いと思う。タイマンでやるんならエメリーか俺だがどうする?」


「では私がいきます」


「分かった。じゃあエメリーがヘカトンケイルな。サリュはエメリーのフォローを頼む。イブキとネネ、ウェルシアであっちの五体。俺はこっち側の五体をやるから」


『はいっ』



 六本腕のヘカトンケイル相手だとイブキさんの接近戦はダメなようです。打ち合っても空いた手で掴まれそうですしね。

 動き回れるエメリーさんの方が確かに有利かもしれません。

 私はフォローですから、いつでも魔法が撃てる体勢で見守りましょう!



 ……まぁ、見守るだけだったんですけど。



 エメリーさん、ほんと強いなぁ。

 動きも手数も段違いだし、あの魔剣は卑怯ですよ。なんですか″腐蝕″って。

 ヘカトンケイルの腕が一本一本、死んでいくんですよ? 恐ろしい話しです。



「死神か……」



 後ろで誰かが呟いています。

 あー、ハルバードの斧が鎌みたいですもんね。確かに死神っぽいです。

 絶対言えませんけど。


 ともかくこれで『黒岩渓谷』を走破しました。やっとキャンプを張って眠れますね。

 明日は『溶岩池』かなぁ……あまり良い思い出がないんですが。





■ヒイノ 兎人族ラビ 女

■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親



「もう……限界かのう……色々と……」



 四日目の朝、皆さん表情はどこか暗いままです。数日前まで高かったテンションも今は見る影もありません。



「ミスリルもマジックバッグ何個分とったか分からん。容量的にももう限界だ」


「うぅぅ……寝ててもカンカン、掘ってる音が鳴るんですよぉ……」


「もう一生分のミスリル掘ったんじゃないですかね……アハハ……」



 採掘組も単調な採掘作業で限界のようです。ジイナちゃんも虚空を見つめています。

 それにマジックバッグ的にも。やはり<インベントリ>は偉大だという事ですね。



「こっちもマジックバッグが限界です。見つけた傍から全部採取しましたから……」


「なのに全部回り切れないんです……二階層の森広すぎです……」


「魔物部屋マラソンの方が楽に思えてきたでござる……」


「あははははは錬金し放題ですあははははは」


「ふふふふふふふふふふふふふふ」



 採取組は壊れてきていますね。

 延々と採取し続けるとこうなるものなのでしょうか。



「レアドロップが……レアドロップが出ないのよ……」


「使命を果たさなければ……天使族アンヘルの代表として……」



 我々、討伐班も同じようなものですが。

 一応全ての【領域主】は回ったつもりですが、全てのドロップを集めるというのはさすがに無理です。

 一体にそんなに時間をかけてもいられませんし、そもそも【領域主】がリポップしない場合もあるので。


 しかし元気がない主な原因は食事です。

 二日目くらいまでは良かったんです。屋敷から持ち込んだ食料を簡単に温めて、普通に食べられたので。


 ですが三日目からは食料が傷むので、組合員御用達の携帯食料と固形スープに変えました。

 これが大不評。私も全く美味しいとは思えません。

 組合員の人たちはよくこれを食べながら探索できるものだと、逆に感心したくらいです。


 代わりに私の堅焼きパンがどんどんと減っていきました。

 美味しい美味しいと皆さん食べてくれるのは嬉しいのですが、他に食べるものがないという事ですからね。評価も微妙です。



「あたし、口に入りゃあ何でも食えるタイプだったんだけどなぁ……いつの間にか舌が肥えてたんだなぁ……」


「お母さんのパンが世界一美味しい……私、改めて思ったよ……」



 普段誰より元気なツェンさんとティナがこんな調子です。

 皆さんも大差ありませんけど。



「よし! 帰るぞ!」


『おお!』



 フロロさんの鶴の一声。返事も皆さん早かったですね。

 そうと決まればキャンプの撤収も早いです。

 これはもう今日中に屋敷に帰るつもりですね。私も賛成ですが。



「大通りの屋台で熱々の串焼き買って食うぞ! それで帰ったら風呂に入るのだ!」


『おお!』



 フロロさんの力強い宣言。

 何となく言う事がご主人様っぽくなってきましたね。

 私も賛成ですが。串焼きも食べたいですしお風呂も入りたいです。


 さあ帰りましょう! さあ! さあ!





■モンタナ 熊人族クサマーン 男

■55歳 中央区 串焼き屋台 店主



 うちの屋台は中央区の大通り沿い、迷宮組合本部の近くにある一等地だ。

 カオテッド広しと言えどもこれだけ立地の良い屋台はそうそうねえ。

 まぁ味付けには自信があるし、使う肉にも妥協しねえ。その代わり値段は少々高めだけどな。


 迷宮帰りの組合員がターゲットだから、疲れた身体に元気が戻るよう濃いめの味付けと香りも強くしている。

 俺が元組合員だから分かるが、探索の帰りには味の濃いものを欲するんだよ。携帯食料とか味が薄いからな。


 そんな狙いもあっておかげさまで繁盛しているわけなんだが、この日はいつも以上に賑わう事態となった。



 もう夜になろうかって夕方だ。迷宮から出て来る組合員も多くなってくる稼ぎの時間帯でもある。

 そんな時、いきなり俺の屋台に群がってきたのは大量のメイド……。



「親父ぃ! 串焼きくれ!」「私も下さーい!」「ああ~いい匂いね~生き返るわ~」「まさかこれほど串焼きに惹かれることがあろうとは……」「ゴクリ……ゴクリ……」「ほれ、順番だ! 順番を守らんか!」



 く、【黒屋敷】のメイド……だよな?

 なんなんだいきなり!? いつもは俺の屋台なんか無視するだろうに! なんでいきなり来た!?

 とりあえず俺はテンパったままひたすら焼き続け、売り続けた。



「うめえっ!」「美味しいっ!」「ああ、生きてて良かった……」「一本じゃ全然足りませんね」



 買った傍から食べては、大声で賛辞を上げる。

 ま、まぁそう言ってもらえて嬉しいんだが、それどころじゃないと言うか、えっ、何なのこれ、本当に。


 屋台の前で散々騒いだあと、メイド軍団は帰っていった。



 後に残された俺はしばらく放心状態だったんだが、周りの客がそうはさせてくれない。

 ただでさえ目立つ【黒屋敷】のメイド軍団が大声で宣伝していたようなものだ。周りだって何事だと思うだろう。

 あのメイドたちがそれほど絶賛する串焼きなのか、と客がなだれ込んで来た。


 少しは休ませてくれ! って言うかそんなに在庫ねえよ!


 俺はこの日、初めて店を早くに閉めることとなった。

 すげえ客寄せ効果だな……さすが【黒屋敷】だ……。

 ありがてえけど、毎日は来なくていいぞ?



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