190:見習い錬金術師の初錬金



■ユア 人蛇族ナーギィ 女

■18歳 セイヤの奴隷



 迷宮は恐ろしいところです。

 全力で行くのを拒否したい所ですが、そんな我が儘言えるはずもないです。奴隷ですし。


 ご主人様を始め、皆さん気を使って下さり、私を強くして下さろうという思いも伝わってきますので。それを拒否するのも恐れ多いと言いますか、何と言いますか。



 一緒に付いて来てくれるマルちゃんとかポルちゃんとかティナちゃんとか、みんな小っちゃいのにすごく強くて、そんな子たちに教えてもらいつつ、励まされつつ、何とか少しずつ慣れていっている状態です。


 まぁマルちゃんは私の百倍以上年齢が上らしいのですが……どう見ても幼いのであまり考えるのはやめましょう。



 そのおかげと言いますか、慣れと言いますか、無我夢中と言いますか。

 魔物部屋でも魔法が撃てるようになりました。


 自分でもへっぴり腰だと分かるくらいの撃ち方なんですが、魔物部屋なら外れようがどこに撃っても何かしらに当たるので、私は逆に魔物部屋の方がいいのかもしれません。



「その考え方は危険だぞ……ユアよ、汝は染まってはならん。今のままでおってくれ」



 フロロさんは私の肩に手を当て、真剣な表情でそう語ります。

 どういう事なのかよく分かりませんが、今のままだと弱いままですし、ろくに戦えないですし、皆さんにご迷惑をかけてばかりなので、何とかしなきゃと思ってます。



 そんな折、いよいよ錬金術をやれる日がやってきました。

 ドーティさんの魔道具屋さんに新しい錬金設備一式と、材料などをもろもろ頼んでいたのですが、やはり北東区の商業組合があんな感じですから、その調達にも手間取ったらしいです。

 それでもご主人様の為、そして私の為にと苦心して下さって本当に感謝しています。



「とりあえず並べていこうか」


「はいっ」



 ご主人様の用意して下さった私の錬金工房は、本当に綺麗で、山ほどの素材も収納できます。


 とは言え、ポーションの瓶なども、空き瓶が<インベントリ>にすごい量あるらしく、さらに皆さんが毎日迷宮から持って帰ってくる魔石の量がとんでもないです。

 さすがにこんなに使えないです。というか魔石だけで棚が埋まります。ちょっと勘弁して下さい。


 新品の工房に新品の錬金道具が並ぶと、とても気持ちがいい。思わず笑顔になります。



「ふふふ……錬金素材は問題なし……個別に棚に収納して、おきます」


「ありがとうございます、アネモネちゃん」


「こっちの棚には、風竜の牙と鱗、爪も入れておき、ました……ふふふ……この棚だけで屋敷が買えそう……ふふふ」



 そんな高級素材を渡されても私が使えるとは思えないのですが……。


 ちなみにアネモネちゃんは私の錬金のサポートに付いてくれる事になりました。

 材料の買い付けとその品質チェック。私が作った品の確認と品質チェック。

 そういったもろもろをお願いする感じです。商業組合の担当さんのような立ち位置です。



「任務は嬉しい。役に立てないと捨てられてしまうから……ふふふ……」



 商業知識に明るく、鑑定もでき、迷宮でも活躍しているアネモネちゃんでも危機意識を持っているようです。

 私も錬金術でお役に立てないと捨てられてしまう。

 何とか結果を出さないと……!


 ……って、いつもこれで失敗するんです。冷静に、冷静に。

 深呼吸しましょう。


 そんな私にご主人様が声をかけて下さいます。



「最初だし設備と材料の確認がてら、失敗は気にせず気楽にいこう」


「はいっ」


「とりあえず普通のポーションってどうやって作るんだ? ちょっと見てみたい。教えてくれ」


「わ、分かりましたっ!」



 どうやら最初からちゃんとした物を作れという事ではなさそうで一安心です。

 ご主人様も錬金術に興味があるのか、一つずつ私が説明しながら作り方を教えます。

 なんかまるで先生になったようで浮かれそうになりますね。気を引き締めていきましょう。



「―――それで、この薬草の粉末と魔石の粉末を混ぜます」


「魔石はどの魔石でもいいのか?」


「普通のポーションでしたらそれこそゴブリンとかでも問題ないです。属性持ちの魔物だとか、強い魔物のヤツとかだと逆にポーションには使わない方がいいです」


「もったいないから?」


「えっと、それもありますけど、無属性のほうが変質しにくいので。火属性の魔物の魔石は耐火ポーションとか火傷薬とかに使った方がいいです」


「なるほどなー」



 そうして説明に気を取られながら、身体を動かしていますが……なんかすごくスムーズです。

 あれ? いつもならこの辺りで躓くんだけど……説明しながらだから余計な考えが入らないという事でしょうか。

 それとも<カスタム>で【器用】を上げて頂いたおかげ?



「……できちゃいました」


「ほお、なんか淡々と終わったな。いつもはこれも失敗するって事か?」


「多分、半分くらいは……成功してもこんなに綺麗なポーションにはならないです」


「ふむ、アネモネ。どうだ?」


「高品質。普通のポーションより、少し高く売れ、ます。ふふふ……」


「いや売らないけど。しかしユア、すごいじゃないか。高品質だってさ」


「わ、私が高品質ポーションを……初めて作りました……」



 ちょっと泣きそうです。手が震えてますし。

 誰より失敗が多くて、成功しても低品質だったはずなのに、最初から高品質ポーションが作れるだなんて。

 信じられませんが、これはもうご主人様のおかげでしょう。<カスタム>ってすごい。感謝しかありません。



「ネネの斥候能力とかもそうだったんだけどな、必要なステータスを<カスタム>で補うと、種族特性とか今までの鍛錬の成果とかが目に見えて分かるようになるんだ。今までステータスが低くて埋もれていたものが、やっと顔を出す。俺はユアのステータスを上げただけで、こうして成果が出たのは今までのユアの努力があってこそだ」


「ありがとうございますっ……ご主人様っ……うぅぅ……」



 その後、泣き止むまで待って下さったご主人様から、言われるがままに錬金を試しました。

 一番多く使うらしいMPポーションや、眠気覚ましポーションなどの特殊なものも、一通り試しました。

 知識は持ってましたし、お師匠様の作っていた姿を覚えていたので何とか作ることが出来ました。



 ……そう、作れてしまったんです。


 ……こんな難しい、特殊なポーションが。


 ……一度の失敗もなく。



 ご主人様はそれを「ユアの力だ」と仰いますが、さすがにこれは異常です。

 作った事のないポーションが失敗もせず作れるわけがないですから。

 これ本当に<カスタム>で【器用】を上げただけなんでしょうか……深く考えると負けな気がします。



「とりあえず現状は問題なさそうだな」


「はい、本当にありがとうございます」


「まずは各種ポーション関係、薬品関係を一通り作ってくれ。余剰になっても<インベントリ>に入れるから問題ない。それとユア用の杖を自分で作ること。これは試行錯誤して何本も作っていいからな」


「はいっ」


「アネモネは材料の手配と完成品のチェックを頼む。錬金に関しては二人に全面的に任せるから」


「了解、です」「はいっ」



 とりあえずは一安心。

 まだレベルもステータスも低いらしいので迷宮には行かないとダメですが、家事仕事をほとんど免除されて、その代わり錬金するようにとお達しを受けました。

 本当にご主人様には感謝するばかりです。



「その代わり、ここの衛生管理は徹底しろよ? 工房は極めて綺麗に扱う事。掃除も欠かさずに。ポーションとか皆の口に入るものだから、くれぐれも素材にホコリが被ったり、瓶を汚れたまま使ったりしないように。汚らしく扱ったら工房取り上げるからな」


「は、はいっ!」



 お、お掃除頑張らないと……!

 作れるようになったからって浮かれている場合じゃないです……!





■ツェン・スィ 竜人族ドラグォール 女

■305歳 セイヤの奴隷



 掃除とかめんどくせっ!



『お前の部屋だけ汚すぎる。日頃からちゃんと掃除しろ』



 そうご主人様に言われたからしょうがなく掃除しているが……。

 いや、あたしだって侍女らしく屋敷の掃除とかはやってるよ?

 時々手を抜いて適当にやるから怒られたりするけど。一応はやってるさ。


 でも私室くらいあたしの好きでいいんじゃないかと。

 服だってどうせすぐ着るんだし、わざわざタンスに仕舞うことないだろ?

 酒飲んだコップだってまとめて洗ったっていいんじゃないか?

 どうしていちいち片付けなきゃいけないんだ……。



 ―――ガラッ


「ツェン?」


「ひぃっ!」



 なんで口に出してもいないのに、こういうタイミングでエメリーは来るんだ!?

 こいつあたしの脳内に直接……監視してる……!?



「貴女はまだ侍女としての自覚がないのですか? このお屋敷もこの部屋も全てはご主人様のもの。意に反してそれを好き勝手に使うなど言語道断です。そもそも―――」


「あーあーあー! 分かりましたっ! ちゃんと片付けますっ!」



 ったく、毎日毎日チェックしに来やがって。

 そんなに暇じゃないだろうに、あたしの事は少し放っておいてくれてもいいじゃないか。

 そう頭の中で愚痴りつつ、怒られるのも嫌なので仕方なく片付ける。



「ラピス、貴女もですよ? なぜ整理が出来ないのです」


「えー、私こういうの苦手なんだけど。もっとごちゃっとした感じの部屋が好きと言うか……」


「貴女には王女としての自覚の前に、侍女としての自覚が必要ですね。いいですか?―――」


「わーわーわー! 分かりましたっ!」



 ……あいつとは旨い酒が飲めそうだな。




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