162:貫け、忌まわしきを消す光となって



◎南東区(樹界国領):第九席 樹人族エルブスリリーシュvsミーティア、ポル


■リリーシュ 樹人族エルブス 女

■223歳 【天庸十剣】第九席



 私がいつから他人に恨みを持つようになったのかは覚えていない。

 殺す事に愉悦を感じるようになったのも。

 元々そういう気質だったのか、それともどこかで歪んでしまったのか。


 貶められた両親が殺された時だろうか。

 賊に連れ去られ輪姦まわされた時だろうか。

 初めてヒトを殺した時だろうか。

 それとも盟主様の手で強くして頂いた時だろうか。



 兎にも角にも、私はヒト、何より「権力者」というものが嫌いだ。存在だけで虫唾が走る。

 ろくに力もないくせに他人を虐げ、ろくに頭もないくせに他人を乏しめる。

 自分勝手に生き、守るべき民は家畜か金のなる木にしか見えていない。


 為政者、組織の長、大商会のトップ、どれも同じ。

 皆等しく害虫であり、皆等しく打破すべき存在だ。


 何も私が正しいとか、正義の為とか言いたいわけではない。

 単純に嫌いだから殺したい、それだけだ。



 盟主様の力を恐れ、それを罪とした魔導王国も壊すべき。

 私の故郷、樹界国もまた同じ。

 何事にも対応が遅く、関心が薄い。国内で何が起ころうとまるで動こうとしない。

 何年も停滞するのが自然だとでも言うように、大地に根を張り続ける。



 そしてそんな国の第二王女様が今、私の目の前に居る。

 王族、第二王女、『神樹の巫女』……メイド服を纏っているものの、間違いなく私が打破すべき為政者の一人。


 おまけに一度は辛酸を舐めさせられた相手だ。

 殺したい。その欲がどうしても出てしまう。

 しかし……



「はあっ!」


「くっ……! 貴女、本当におかしいわ……! どんな強化を受ければこんな……っ!」


「逃がしませんっ!」



 神樹の前で戦った時にも驚いた。

 これが本当にあの・・ミーティアかと。

 いくら歴代最高と称される希代の『神樹の巫女』であっても「ありえない」と断言できる強さだったから。


 竜人族ドラグォールの四肢を移植し、魔物の因子を組み込む事で身体能力を上げ、さらには能力上昇バフの魔道具を身体に埋め込み制御を可能とした。

 <短剣術><投擲>のスキルオーブを頂き、訓練や実戦も行ってきた。

 その私と対等に戦えるはずがないのだ。ただの・・・樹人族エルブスごときが。


 おまけになぜか<火魔法>まで使うという不自然さ。

 確実に何かしらの「強化」を受けている。私たちと同じか、もしくは全く別の方法か。


 さらには、あれからそんなに経っていないというのに、明らかに強くなっている。

 何をどうすればこの短期間でこれだけの強化が出来るのか。

 不自然極まりない。全くもって憎らしい。



 しかし、ミーティアの弱点はいくつもある。



「くっ……!」


「待ちなさいっ!」



 私は逃げるように崩れた店舗の中へ。そこを戦いの場所に決める。



 弱点の一つは、ミーティアが人や街を守ろうと戦っている点だ。

 根っからの『神樹の巫女』、それは罪人となっても変わらないらしい。


 周りに居る衛兵を巻き込まないように戦っているし、街を破壊しないようにと<火魔法>もほとんど使わない。

 私とワイバーンが壊した街を、さらに壊すのが怖いのだろう。



 もう一つは頑なに背中の『弓』を使わない事。

 以前戦った時とは違う長弓。おそらく新調したのであろうそれを使おうとはしない。


 まさか弓矢ごときで街が破壊されるわけでもあるまい。

 だというのに使わず、不慣れと思えるミスリルダガーでの攻撃に終始している。



 意図があっての接近戦だとは思う。

 しかし私の得物は両手のナイフ、そして投げナイフだ。

 接近戦は望むところ。むしろありがたく思う。



 だからこそ店舗の中を戦いの場とした。

 この狭い空間であれば、弓も魔法も使えず、短剣同士の勝負をせざるを得ない。


 力と速度はミーティアが上だろう。

 しかし短剣の技術となれば話は別だ。

 私のナイフには毒が塗ってある。一度でもかすればそれで終わり……!



「くっ! 急に苛烈に……っ!」


「ここが貴女の死に場所よ! ミーティアっ!」



 攻守交代。今度は私が攻勢に出る。

 私の強化とて盟主様の手で尋常ではないものになっている。


 特に竜鱗を移植された四肢は、その強度、パワー、柔軟性、弾力性、さすがは竜人族ドラグォールと言えるほどのものだ。

 いかにミーティアと言えども耐えきれるものではない。



「くっ……!」



 苦し紛れにミーティアは右手に付けた指輪を光らせた。


 あれは火魔法の魔法触媒。

 店舗内、しかもこの接近状態で火魔法を?

 離れるのも危険と判断し、ナイフを振りながらも警戒を強める。



「<身体能力向上ビルトコート>!」



 しまっ……! 火属性の能力向上系バフ魔法か!


 <火魔法>=攻撃魔法という固定概念!

 数少ない攻撃以外の<火魔法>の存在を頭から抜かしていた!


 それは短時間ではあるものの、戦えない草人族グレイスを熟練の樹人族エルブスに変えるような能力向上系バフ魔法。


 ミーティアの身体がうっすらと赤い光に包まれた。

 元から勝っていたパワーがさらに上がり、それをもってミスリルダガーが振るわれた。



「がっ……!」



 咄嗟に両手のナイフで受ける。吹き飛ばされはしないものの、距離が離された。

 しかしまだ喰らいつける。技術の差が改善したわけではない!

 そう思い、再度突貫しようとした矢先、私の目に入ったのは……



「仕方ありません」



 ダガーを持っていない左手で、背中の弓を握るミーティアの姿だった。


 まだ近距離と言えるこの状況。右手にダガーを持ち、矢を番えることなど出来ない。

 だと言うのになぜ弓を……?


 一瞬の混乱に出来た空白の時間に、ミーティアの左手・・が振るわれた。



 ―――ドガン!!! ドゴオオオン!!!



 それ・・に叩きつけられた私の身体が吹き飛び、店舗の中の家財に埋もれた。



 弓……!? 弓で殴ったのか……!?


 馬鹿な! 能力向上系バフ魔法をかけた上に打撃武器でもない弓で殴れば、弓の方が壊れるはずだ!

 強化された私を吹き飛ばし、こんなダメージを与えるなど……!



 再度の混乱を必死に振り払い、何とか身体を起こす。

 急いで起き上がらないと……!

 そう顔を向けた先、そこに居たミーティアは……






「終わりです」






 光のような矢を番え、その鏃を私に向けていた。



「ぁ……」



 ―――シュン―――ズガアアアアン!!!





■ミーティア・ユグドラシア 樹人族エルブス 女

■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』



「ふぅ……」



 溜息を一つ、弓を下ろし、背中に収めます。

 いくら犯罪者とは言え、やはり同族を殺めるというのは心苦しいものですね。

 これも務めだとは思いますが。



「ミーティア様ー! 助けに来たのです……あれ? もう終わっちゃったです?」


「ポル。ええ、今終わりました。そちらは大丈夫でしたか?」


「ワイバーンは殺したです! 私と衛兵さんたちも頑張ったです!」


「そうですか。無事で何よりです」



 私は瓦礫を足場に、大通りへと戻りました。

 近寄ってきたポルが、戦場となった店舗を覗き込みます。



「うわ~~~、派手に戦ったのです」


「強敵でしたからね」


「【天庸】の人を突き抜けて、裏の家までめちゃくちゃです」


「……強敵でしたからね」


「これじゃワイバーンに壊された建物のほうがまだマシです」


「……きょ、強敵でしたからね」



 出来れば市街地で『神樹の長弓』は使いたくなかったのですが。

 早く確実に終わらせる為とは言え、確かにやりすぎたかもしれません。


 おまけに<身体能力向上ビルトコート>した上で殴っちゃいましたし……。

 神器ならば早々壊れないだろうと、ついやってしまいました……。

 大丈夫ですかね、一見、弓が壊れているようには見えませんが。


 神器はジイナでもメンテナンス出来ませんし……まぁ大丈夫でしょう。多分。


 樹神ユグド様、改めて強い武器をありがとうございました。



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