155:降り立つ獅子は享楽の剣を振るう



■セイヤ・シンマ 基人族ヒューム 男

■23歳 転生者



 正門の前に立つ俺にワイバーンの影が重なる。

 どうやら【十剣】の一人が俺の捕獲担当らしい。



「エメリー、ウェルシア! ワイバーンを殺せ!」


「「はいっ!」」



 あのまま下りて来られたら、うちの屋敷だけじゃなく周りの家にも被害が出る。

 空に居るうちに通りに引きずり下ろすしかない。


 そうして撃たれたウェルシアの<風魔法>とエメリーの<投擲>。

 それは確かにワイバーンに命中し、ダメージを受けたワイバーンは飛ぶのを中断せざるを得なかった。


 しかしそのままでは家に墜落してしまう。

 エメリーは続けて『錘付きの鎖』をワイバーンの首に投げつけ、力でもって強引に通りへと引きずり下ろした。



 魔法と投擲がワイバーンに着弾した直後、上空から飛び降りてきた影があった。

 ビルの五階分くらいはあったであろう高さから、俺の前方へと音もなく下り立つ。

 もう、それだけで只者ではない。



 通りに叩きつけられたワイバーンが二人の手で蹂躙されているのを横目に、俺は目の前の老人・・を見やる。



「手痛い歓迎じゃのう、もっと年寄りを労わらんかい」


「労わった結果、殺されたら堪らんからな。だろう?―――【剣聖】ガーブ」



 メルクリオからの事前情報にあった【天庸】の指名手配犯の一人。

 世界一の剣の使い手と謳われた有名人。

 その獅人族ライオネルの老人は、人呼んで【剣聖】。



「そういうお前が【黒の主】じゃな?」


「確認するまでもないだろう。他に基人族ヒュームが居るなら教えて欲しいくらいだ」


「それもそうじゃな。どれ、本当にボルボラを斬れる腕前か、少し見せてもらおうかのう」



 ガーブは二振りの剣を両手に構えた。

 二刀流―――それも左右で長さの違う細身の剣。

 それは確かに西洋剣でありながら、どことなく二天一流・宮本武蔵を連想させた。


 切っ先を下に向けた完全な自然体は、まるでどこにも力が入っていないかのようにも見える。

 これから戦うというのに、闘志も覇気も感じない。

 それが却って恐ろしく、俺は逆に黒刀を持つ手に力が入った。背筋に嫌な汗が流れる。



 ―――シュッ! ギンッ!!!



 予備動作など全くない状態から、流れるように身体を動かし、いつの間にか目前に迫った剣。

 <カスタム>によって速さに慣れた俺であっても、どうにか捉えられただけだと感じる。



「ほう! なるほどなるほど!」



 感心したように目を見開き笑顔となったガーブは、接近した距離を維持したまま、左右の剣を振るってきた。

 その連撃を黒刀一本で全て受ける。正直、逸らしたりする余裕がない。


 このまま足を止めての打ち合いはマズイ。

 そう判断した俺は、正門前の通り、その幅を使って走りながらの剣戟に切り替えた。



「ほほう! やるのう!」



 それでも流水のような動きで付いてくる。

 俺の剣も躱し、逸らし、的確に反撃してくる。

 こっちは喋る余裕なんてないのに、楽しそうな声上げやがって……このジジイが!



「ふむ、こりゃ確かにボルボラが殺られるわけじゃのう」


「爺さんは余裕そうだがなっ!」


「お主は確かに能力は高いが、経験が圧倒的に不足しておるからのう。おそらく一撃で倒せる敵ばかりだったんじゃないかのう?」



 図星だ。だけど言いたい事はよく分かる。


 これまでの打ち合いで、俺の方がステータス……力と速さと、そして武器は圧倒している。

 だけど技量や経験の差が段違いだ。それは<カスタム>では埋められない所。


 俺が最速で全力で斬りかかっても、技量で以っていなされる。

 俺より遅いのに。俺より力がないのに。まるで当たる気がしねえ。


 どうにかして意表を突かないとジリ貧だ。



 ……しょうがねえ。無茶するか。



「むっ?」



 俺は力任せに剣を押し返し、強引に距離をとった。





◎南西区(獣帝国領):第十席 鳥人族ハルピュイスィーリオvsヒイノ、ティナ、アネモネ


■アネモネ 多眼族アフザス 女

■17歳 セイヤの奴隷



 あのスィーリオとか言う鳥人族ハルピュイは何なんだ……。

 ヒイノさんとの戦いを横目にするが、思わず見入ってしまいそうになる。


 天使族アンヘルのシャムさんたちのように、絶えずふわふわと浮いている。それはいい。

 しかしその状態で、素早く巧みな空中機動をし、足技の連撃を繰り出している。


 その素早さ、動きの異質さもさることながら、問題は「足技」だ。


 ただの蹴りではない。

 両の足先が″剣″になっている。『剣のついた靴を履いている』のではなく、『足先が短剣になっている』のだ。


 それも普通の短剣じゃない。おそらく魔法剣か何か。



 そんな足で連続して放つ蹴り技は、ヒイノさんを防戦一方にしている。

 いや、この場合、受ける事が出来ているヒイノさんがすごいと言うべきか。



「ふむ、やはり【黒屋敷】のメイドは只者ではないな。どういう強化をしているのか興味深い」


「くっ! はあっ!」


「おっと……その黒い剣と盾も普通ではない。情報にないところを見るとこの短期間で手に入れたか? 何とも異質な素材……まさか私の剣で斬れないとは思わなかったぞ。だが素晴らしい剣も当たらなければ意味がない」


「っ!」



 やっぱり【十剣】は強い……早く加勢しないと。

 ティナちゃんも同じ気持ちだろう、さっきから焦っている。



「アネモネお姉ちゃん! 早く!」


「うんっ……<闇の重力ダークグラビティ>」



 最近、本で勉強した闇魔法には、私が知っていた以上に多種多様な魔法があった。

 知識として知っていても効果や現象がイメージ出来ずにいた物もある。

 それを補完し、練習し、実戦訓練する日々が続いた。まだ短期間ではあるけれど実戦に堪えうる魔法もある。


 この魔法もその一つ。重力系闇魔法。


 ご主人様の勧めがあり、元いらした世界における「重力」という物の説明を懇々とされ、何とかイメージが形になった魔法。

 そんなに力は籠められないが、それでもワイバーンを地面に引きずり下ろすくらいなら……!



「ギャウッ! ギャウッ!!!」


「ティナちゃん……今っ」


「はいっ! 風の槍ウィンドランス!」



 私がワイバーンを抑えつけ、そこにティナちゃんが突貫する。

 風の槍ウィンドランスからレイピアの連続刺突攻撃。

 それをまとめて首にくらえば、如何にワイバーンと言えども無事では済まない。



「ギャアアアアウ!!!」


「危ない……っ!」


「大丈夫! ツェンお姉ちゃんの攻撃の方がよっぽど強いよ!」



 重力で抑えつけられながらも嘴や翼で反撃を試みるワイバーンは、さすがは亜竜と言えるかもしれない。


 でも破れかぶれのその攻撃も、ティナちゃんのレイピアで受けられ、同時に躱されていた。

 私は<闇の重力ダークグラビティ>を使っている最中、他の行動はとれない。

 攻撃の全てをティナちゃんに任せるしかない。



 ワイバーンってツェンさんが単独で倒した事があるって聞いた。ご主人様に<カスタム>される前に。

 それがこんなにも強いとは、こんなにもタフだとは思わなかった。

 もしかしたらワイバーンも強化されているのかもしれない。



「アネモネお姉ちゃん! まだ大丈夫!?」


「大丈夫、MPポーションあるし。ティナちゃんは倒すの、集中して」


「はいっ!」



 そう。<闇の重力ダークグラビティ>を使いながら他の魔法は使えないけど、マジックバッグからポーションを飲むくらいなら出来る。

 ご主人様からの支給品は潤沢。持久戦で負けるわけがない。

 あとはティナちゃんが倒してさえくれれば……



「ギャアアアアア!!!」


「よしっ!」



 そう思っていたら、やっとレイピアが首を貫通した。

 ワイバーンがぐったりと倒れ伏す。

 ふうっ、と息を吐き、死亡したのを確認してから魔法を解いた。



「お母さん! 今行くよ!」



 よし、次はヒイノさんを助けないと!

 念の為、今のうちにMPポーション飲んでおこう。



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