139:勤勉なる天使



■シャムシャエル 天使族アンヘル 女

■5043歳 創世教司教位



 ウェヌス神聖国はエクスマギア魔導王国の北、マツィーア連峰にほど近い場所にある小国です。

 住んでいるのは、ほぼ天使族アンヘルと保護区に居る基人族ヒュームのみ。

 他国との繋がりも極めて薄く、排他的とも言えるでしょう。国の特性上仕方ないのですが。


 国の中心である大聖堂は、太古の昔から今も尚健在で、白い尖塔がいくつも束ねられたような荘厳で美しい外観は、何千年と見続けてもその感動が衰えることはありません。

 内部の装飾もまた、白が映えるように光を取り入れ、レリーフや彫刻像など、至るところで【創世の女神ウェヌサリーゼ】様のお姿を拝謁する事が出来ます。



 その日、私は大聖堂の中でも一番広い『本聖堂』へと呼ばれました。

 私だけではありません。私以外の司教、そして司祭や助祭など、大聖堂で働く全ての天使族アンヘルが集められています。

 これだけの規模の集会となるとここ千年は記憶にありません。


 やがて壇上にお姿を現したのは女教皇・ラグエル様。

 白い御髪おぐしは一万年を越える年齢を感じさせながらも、しっかりとしたその足取りは天使族アンヘルの長としての貫禄や敬意といったものを感じさせます。

 合わせて入場された四大司教の方々も壇下の最前列に並ばれました。


 一体何が始まるのかと不安な気持ちが過ります。

 しかしこの場で私語を話すような者はおりません。

 静まり、張り詰めた空気の中でラグエル様が話し始めます。



「――皆さんに集まってもらったのは他でもございません。昨日、わたくしの元へと神託が為されたのです」


『ざわっ』


「ええ、【創世の女神ウェヌサリーゼ】様から直々の神託がございました」



 な、なんという事でしょう……!

 女神様から神託とは……!

 ラグエル様が女教皇に就いてからは初めてではないでしょうか。

 確か前回の神託は三八七六年前にあったきりのはずです。


 その際は『元気で自由に生きなさい』といった旨の神託がありました。

 それもまた全ての天使族アンヘルへと通達され、健やかな成長を願う女神様の優しさに感激したものです。

 まぁ私も当時は千百七六歳。まだ幼く、助祭になり立てではありましたが。



 ラグエル様が女神様のお言葉を、ゆっくり全員に伝えていきます。


 どうやらかつてない長さの神託であったようですが、ラグエル様は一言一句逃さずに聞き取っておいでのようでした。

 それを、私たちも聞き逃さずに耳を傾けます。



『アイロスの地に一人の基人族ヒュームを下ろしました。名はセイヤ。現在、彼は大河の交わる街に少数の奴隷と共に住んでいます』



 女神様が基人族ヒュームをこの地に!?

 つまりは一万年前の勇者様と同じ……!

 私以外にも同じように考えた者が多数。息を飲む音が聞こえました。


 しかし神託はそれを否定します。



『彼はミツオ・・・とは違います。勇者ではありません。″邪″や″魔″と戦う定めにもありません。従って天使族アンヘルが手助けする事はなりません。むしろ接触しないよう心掛けなさい。間接的な援助もなりません。いいですね? 絶対に手助けはなりませんよ?』



 また場内がざわつきました。


 女神様の手によって【アイロス】に下ろされたのであれば、それは『女神の使徒』様ではないのか。

 しかし勇者ではないと仰り、手助けや接触も禁じようとする。

 これはどういう事なのかと、話し出す皆の気持ちは私にも分かります。



 静まれ、という四大司教のお一人、アズライール様の言葉で場内はすぐさま静まり返りました。

 ラグエル様は続けます。



「以上が神託の内容でございます。皆の動揺も分かります。わたくしも神託を頂いた時は同じように取り乱しました。『女神の使徒』様が降臨されたというのに、勇者様ではないと言う。そして天使族アンヘルのわたくし達が手助けしてはいけないとはどういう事なのかと」



 それはそうです。

 天使族アンヘルはウェヌサリーゼ様の手により作られた″眷属″とも言える種族。


 女神様の為に生きる種族であるにも関わらず、その使徒様の手助けができないというのは存在意義にも反します。

 女神様がそういった矛盾をするとは思えません。何かしらの意図があるはずなのです。



「わたくしは考えた末に、一つの結論を導き出しました。『勇者備忘録・第六章・第三五節』です」



 勇者備忘録。


 それは一万年前に勇者ミツオ様が降臨された時、それを手助けした全ての天使族アンヘルの手により文書化された、勇者様のお言葉の数々。

 一言一句逃さずに後世へと繋ぐ為、常に書記官が同伴したと聞きます。


 今ではその備忘録は創世教の聖典と同じように位置づけられ、また、他種族の誰もが目に出来ないよう、厳重に保管されています。


 私たち天使族アンヘルは聖典を覚えるのと同じように、備忘録の内容についても覚えます。

 これもまた垂教の一環なのです。



 だからこそ私も気付けました。

 ラグエル様が仰る事の意味が。



『勇者備忘録・第六章・第三五節』


『「押すな」と念を押されれば、それは「押せ」という意味である』



 これは一万年前の『女神の使徒』様……ミツオ様のお言葉。

 つまりは女神様の意を端的に表したお言葉の一つといっても過言ではないでしょう。

 なればこそ、今回の神託の意図も見えてくる。



「ウェヌサリーゼ様は神託の中で、手助けや接触をするな・・・と仰いました。繰り返し何度も、です。―――これはつまり『手助けしろ』『接触しろ』という事なのではないかと」


『おおっ!!!』


「翻って考えれば、その『セイヤ様』という使徒様は、″邪″や″魔″と戦う定めにある『勇者』様であるとも言えます。今の世に邪神などは確認出来ておりませんが、確認出来ていないだけで復活の予兆があるのかもしれません。むしろ女神様がそれを予期して勇者様を降臨させたと考える方が自然でしょう」



 それはそうです。女神様ならば一万年前の世界の危機の時代を憂い、それを防ぐべく予期して動かれたとしても何もおかしい所はない。

 創世の女神様であるのならば、それくらいは容易いだろうとさえ思えます。

 未然に防ぐ為に勇者様を降臨させ、我々にもその補助を、と。



「しかしながら、未だ世に″邪″や″魔″が姿を現したわけでもなく、一部の魔族が時折顔を覗かせる程度。天使族アンヘルが総出で手助けに行くとなれば世界に余計な混乱をもたらせます。何よりその一部の魔族から【原初の種族】たる基人族ヒュームを守る為にも、国を空けるわけにはいきません。少なくともわたくしと四大司教は動けません」



 ラグエル様と四大司教の皆様は大聖堂と国を守る結界を維持するのがお役目。

 確かに国を離れれば、たちまち魔族が基人族ヒュームを狙ってやって来るでしょう。

 彼らはかつての勇者ミツオ様……邪神ゾリュトゥアを打ち倒した基人族ヒュームに恨みを持っているのですから。



「当面の間、セイヤ様と仰る勇者様と接触するのは最小限にします。大勢で伺えば勇者様の不満を買うかもしれません。まずは事実確認と勇者様の為人ひととなりを確認する事が第一でございます。その後、勇者様の御意向を反映しながら、いざという時に動ける体制を作る必要があります」



 なるほど。勇者様がどういった方で、どういった考えをもっていらっしゃるのかが分からない以上、大人数で押しかけては面倒にも捉えられかねません。


 しかし誰も行かないというのは天使族アンヘルの存在意義に反します。

 誰かしらが手助けに向かい、そのお言葉を新たな備忘録に収める必要があるという事ですね。



「先陣として向かうのは司教シャムシャエル。そしてその付き人、助祭マルティエル。貴女方二人です」


「「えっ!?」」



 わ、私たちが……!?

 先輩方を差し置いてそのような名誉を、なぜ……!



「理由は先に述べた通り、わたくしと四大司教が動けないのであれば司教の中から選ぶ他ございません。その中でも一番若い貴女が適任だと言うことです。少しでも年齢が近い方が勇者様も心を許して下さるかもしれません」


「し、しかし私はともかくマルティエルは未だ千八九六歳という若輩の身でございます! 外へ出すのは危険では!」



 私の後ろで、私の胸元くらいまでしか背丈のないマルティエルは身を固めたまま喋れないでいます。

 指名された驚きで呆然自失となっているのでしょう。

 無理もありません。まだ幼いのですから。



「万が一にも勇者様に天使族アンヘルが嫌悪されるわけにもいきません。こちらが手助けしたくとも拒否されようものならば、それも叶わないのですから。だからこその貴女でありマルティエルなのです」


「なぜ……」


「勇者備忘録・第十八章・第十二節、同じく第十三節を思い出しなさい」


「……はっ!」



 言われて瞬時にその節を思い出しました。

 文章がそのまま脳裏に映し出されます。




『勇者備忘録・第十八章・第十二節』


『幼い容姿の女子を好む者の事を「ロリコン」という』


『同じく第十三節』


『ただし真のロリコンは紳士であり、女子に触れてはいけない。この精神を「イエスロリータノータッチ」という』



 そうか……!

 私はラグエル様の意図に気付きました。

 もし勇者様が「ロリコン」であった場合、マルティエルならば邪険にされる事はない。


 今回の任務は勇者様のお傍に居ることが求められる。

 拒絶されればそれも叶わないのであれば、私なりマルティエルなり、どちらかが気に入られればお傍にも置いて下さるだろう。

 だからこそ、若輩の私であり、幼いマルティエルなのだ。



 私は改まって、ラグエル様に頭を下げました。



「謹んで、その任お受けいたしますでございます」


「マルティエルもいいですか?」


「は、はイっ! だ、大丈夫でござるっ!」


「それでは頼みましたよ、二人とも」



 その後、場内の皆から激励の言葉を多くもらいました。羨望や嫉妬の声も多かったのですが仕方ない事だと思います。

 四大司教の皆様からも直々にお言葉をもらい、事の重大さを改めて痛感しました。


 私は未だ混乱するマルティエルを連れ、すぐに出立の準備を整えました。


 なるはやで神聖国を出る為に。


 なるはやで勇者様の元へと行く為に。




『勇者備忘録・第二一章・第四節』


『「なるはや」とはなるべく早くの意味である』





■ウェヌサリーゼ 創世の女神



 ……おかしい。何かがおかしい。


 私の眷属種族が私の意図しない考えをもち、意図しない行動に出る。

 予想し得ない未来は面白いものだが、これは少し逸脱しすぎている。


 真逆だから。

 私の意図と真逆だから。


 はぁ、と頭に手を当てる。

 どうしようか。眷属だというのに滅ぼしたくなってくる。


 いや、それこそ干渉ではないか。さすがにダメだ。

 とりあえずもうヤツらに関わるのはしばらく止めておこう。そうしよう。



 頭痛くなるわぁ……。



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